医学界新聞

2010.08.30

社会に求められる医学教育とは

第42回日本医学教育学会開催


 第42回日本医学教育学会が,7月30-31日,都市センターホテル(東京都千代田区)にて田尻孝大会長(日医大)のもと開催された。今回のテーマは「社会と共に歩む医学・医療教育を求めて」。安全・安心な医療に対する社会ニーズの高まりや医学部定員の増加を受け,質の高い医師を育成するための医学教育は今日いっそう求められてきている。本紙では,急増する医学部入学定員をめぐって議論が交わされたシンポジウムならびに,医師のプロフェッショナリズム涵養に不可欠な“生涯教育”を取り上げたパネルディスカッションのもようを報告する。


急増する医学部入学定員を多面的に議論

田尻孝大会長
 医師不足の顕在化により,わが国の医師養成政策は削減から増加へと舵を切り,今年度の医学部入学定員は過去最高の8846人へと急増した。一方で,定員増は教育の負担増大を招くことが指摘され,地域の医師不足解消に貢献するかどうかについては,多くの議論が巻き起こっているところである。シンポジウム「医学部定員増をめぐって」(座長=近畿大・平出敦氏,高知大・瀬尾宏美氏)では,急激な医学部定員増がはらむ諸問題に対し,多面的に議論がなされた。

 まず,医学教育の現状について新木一弘氏(文科省)が概説。氏は医師不足問題をどのように解決するかが行政の課題と語り,医療のグランドデザインをつくる作業に取り組んでいるという。また,医学教育の見直しにも着手し,基本的診療能力の向上,地域医療を担う医師・研究マインドを持った医師の養成を達成できるよう,評価システムの構築ならびに教育指導体制の充実をめざし具体的な検討を開始していると報告した。

 続いて登壇した小川彰氏(岩手医大)は,急激な医学部定員増がさらなる医療崩壊を招くとの懸念を表明した。現在,医育機関で働く医師(約4万7千人)は医学生(約4万8千人)とほぼ同数であり,教育の質を保つためには大学において学生の増加分と同数の医師を増やす必要があると説明。その場合,病院勤務の医師が真っ先に大学に戻る候補となるため,地方の医療崩壊はますます進む可能性があるという。氏は,医師養成数の増加は重要としつつも激変は医療崩壊をもたらすことから,定員の増減には慎重な政策決定が必要との意見を示した。

 医学部の教育センターの立場からは後藤英司氏(横市大)が口演。同大では定員が60人から90人に増えたが,氏は定員増に対し学生の質を保てるかという部分に悩みを持っているという。同大では定員増にあたり教員を3年間で9人増やすことが決定しているが,臨床や研究など多くの業務があるなかで教育を充実させることができるかは,今後の検討課題であると述べた。

 医学部入学定員増に合わせ急増した「地域枠」は増員分の多くを占め,医師不足地域における期待は大きい。大森豊緑氏(名市大)は,地域で導入した定員増の一例として和歌山県での取り組みを紹介した。和歌山県では地域医療を担う医師の養成のため,県立医大の入学定員を増やすとともに地域医療センターを設置。個人のキャリアパスに応じた研修プログラムを組むことで県内定着率も上昇してきているという。氏は,単なる入学定員増では地域医療を担う医師は育たないと主張。地域を担う医師を増加させるためには,大学と行政,地域の医療機関が一体となり,積極的に地域医療に取り組める仕組みづくりが不可欠であると総括した。

 最後に医学部定員増の功罪という視点で吉田晃敏氏(旭川医大)が発言した。文科省との交渉を踏まえ,同大の入学定員における地域枠は全80医学部中最も多い「50人」となり,入学者における道内出身者が7割となったと定員増の“功”を報告。また,地域の高校生に医学を教えるなど早期から医師を志す人材の養成に努めているという。また“罪”として,PBLなどマンパワーが必要な教育カリキュラムが導入されるなか,教員の増加が追いついていない部分を提示。小川氏と同様,定員増と同じ割合で教員も増加させる必要があるとの考えを示した。

 総合討論では地域枠の学生の質についての質問が会場から挙がったが,吉田氏が「目的意識を持った学生が入学してきており,むしろモチベーションが高い」との見解を示した。

専門職の責務でもある生涯教育をいかに充実させるか

 パネルディスカッション「生涯教育の新しい潮流」(座長=光風園病院・木下牧子氏,日本医師会・三上裕司氏)では,まず座長の木下氏が,これまで医学教育のあり方は,学部教育,研修医教育の8年間という短い期間しか議論されてこなかったと指摘。医師のプロフェッショナリズムが問われる今,生涯教育についてディスカッションする場を設けることは医師の責務の1つであると,本パネルディスカッションの趣旨を説明した。

 続いて座長の三上氏が,日本医師会の生涯教育制度の変遷と,2010年の改定の内容を紹介。改定の経緯について,これまでの生涯教育制度下では,修了証取得者が就業している医師の約35%に過ぎなかったことから制度自体の底上げが必要だったと説明した。その上で,改定の主なポイントを解説。(1)日医雑誌やe-ラーニングの自己学習の単位取得に評価を導入したこと,(2)「連続した3年間の単位数とカリキュラムコード数の合計数が60以上の者に日医生涯教育認定証を発行すること,(3)日医生涯教育認定証に3年間の有効期間を設けること,を挙げた。さらに,生涯教育制度はあくまでも医師の自己研鑽を支援するものであり,国等が推進する,いわゆる総合医認定制度とはまったく異なると強調した。

 田中丈夫氏(国立病院機構広島西医療センター)は,グローバル社会から求められる潮流を把握するためにも,文化,環境の異なる諸外国における医師生涯教育制度および継続的専門職能開発を知ることが重要だと主張した。その上で,欧米をはじめとする諸外国の生涯教育制度事情を紹介。さらに,職能集団として,医師個人の研鑽を担保する自主的な制度を社会に提示することが不可欠だと述べた。

 清水貴子氏(聖隷浜松病院)は,日本医学教育学会生涯教育委員会が,自己の診療の質を客観的に把握することを目的に導入を検討しているQI(Quality Indicator)について紹介した。QIの開発には,エキスパートパネルによるmodified RAND appropriateness methodの導入を検討しており,氏らは試験的に症候別QIの開発を行ったという。その結果,QI導入の有用性とともに,科学的根拠の批判的吟味や,プライマリ・ケア診療の実情に精通しているエキスパートパネルの人選の重要性などが明らかになったと述べた。

 生涯教育の受け手である開業医の立場からは,松村真司氏(松村医院)が登壇。開業医の多忙な実態を明らかにするとともに,生涯教育のいちばんの動機付けは,自身が普段かかわっている患者のメリットにつながることであると言及した。そのため,到達目標や学習内容は,開業医に整備させてほしいと要望。さらに,日本医師会の生涯教育制度に評価が導入されたことについては,評価されること自体はプロとして抵抗はないが,評価だけで終わらせるのではなく,力をつけていくための学習支援のツールも整備すべきと述べた。

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