医学界新聞

2010.06.07

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


運動負荷心電図 第2版
その方法と読み方

川久保 清 著

《評 者》牧田 茂(埼玉医大国際医療センター心臓リハビリテーション科科長)

この分野で唯一の専門書

 川久保清先生執筆の『運動負荷心電図 (第2版)』が発刊された。本書は川久保清先生のライフワークとも言える心電図学と運動循環器病学の集大成である。2000年に刊行された初版は多くの関係者に読まれたものと思われる。

 循環器領域における運動負荷試験は,かつて大学病院でも運動負荷研究班があったほど隆盛を誇っていたが,今日徐々に研究の対象になりにくくなってきており,そのことは大変憂うべきことである。また,臨床的にその重要性が薄れたわけでは決してないにもかかわらず,運動負荷心電図に焦点を当てた専門書がほとんど刊行されなくなってきており,そういった意味で本書の果たす役割は非常に大きいと考える。第2版の発刊を私同様心待ちにしていた方も多いのではないだろうか。

 第2版は,184ページと若干ページ数が増えているものの,定価は5250円(税込)と初版の4700円(税抜)とほとんど変わらず,コメディカルにも購入しやすい価格となっている。紙質はより薄く良質となり文字が大変読みやすくなっている。また,新たに2色刷りとなっており,大項目や図表などが見やすくまとまっているのもうれしい限りである。

 第2版の内容は読者の意見を参考に,例えばサイドメモを大きく割愛したり,ACC/AHAや日本循環器学会のガイドラインに準じた内容,さらには心臓リハビリテーションに関する項目を取り入れるなど,最新の情報が盛り込まれている。これを読めば運動負荷心電図に関するわが国の標準的な知識はもちろんのこと,エビデンスや専門的な内容にも触れているため,専門医であっても十分満足できるテキストとなっている。

 初版と比較しながら読んでいくと,新たに登場した項目が多いのに驚く。例えば,負荷心エコー,PCI後の負荷試験,冠スパスム,Brugada症候群,QT延長症候群,弁膜症,ペースメーカといった専門用語の解説が加筆されている。これらは初版以降循環器領域でトピックになった項目であり,随所に川久保先生の細かい配慮がうかがわれる。

 あえて言わせていただくとすれば,運動負荷試験における緊急時の対応面で,緊急薬品や配備すべき器具についての記載が足りないことぐらいではないだろうか。また,わが国における運動負荷試験の状況(実態調査)内容が,1994年の調査をもとにしているため古い内容になっていることも残念である。今後,日本循環器学会や日本心臓リハビリテーション学会等が指導力を発揮して,川久保先生を中心にわが国の運動負荷試験の実態調査を再度実施してくれることを切望する次第である。

 先ほども述べたが,近年運動負荷心電図に関する詳細なテキストが発刊されていない状況下,本書はこの分野で唯一の専門書といっても過言ではない。運動負荷試験を担当している循環器科やリハビリテーション科の医師のみならず,リハビリテーションに携わる理学療法士,作業療法士や看護師,臨床検査技師はもちろんのこと体育系の運動指導者にもぜひとも読んでいただきたい良書であることを保証する。

B5・頁184 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00873-0


Disease 人類を襲った30の病魔

Mary Dobson 著
小林 力 訳

《評 者》岩田 健太郎(神戸大大学院教授・感染治療学)

読むに快楽,病気を歴史で切った本

 「将来の人々は,かつて忌まわしい天然痘が存在し貴殿によってそれが撲滅されたことを歴史によって知るだけであろう」トーマス・ジェファーソン「エドワード・ジェンナーへの1806年の手紙」(本書134ページより。以下,ページ数は本書)

 われわれは,ジェファーソンの予言が1979年に実現したことを知っている。個人の疾患は時間を込みにした疾患である。社会の疾患は歴史を込みにせずには語れない。目の前の患者に埋没する毎日からふと離れ,俯瞰的に長いスパンの疾患を考えるひとときは貴重である。

 本書は病気を歴史で切った本である。非常に読みやすい。美しい絵と多くの逸話,そして箴言(しんげん)がちりばめられている。

 むろん,職業上,学問上の必要からも本書は有用である。かつて麻疹は死亡率の高い疾患だったこと。シャーガス病のような現在でも猛威をふるう疾患でもわれわれはしばしば無視(ネグレクト)してしまうこと。壊血病のような疾患の原因を突き止めるのに,先人は多くの努力と困難と時に失敗を経てきたこと。

 しかし,そのような「お勉強」を離れても本書は単純にページ・ターナー(先が読みたくなる本)としても秀逸である。もともと私は古い映像や写真を眺めるのが大好きな性分で,本書にちりばめられた美しい挿絵や写真はかの時代への想像力をかき立てるのに十分であった。フランクリン・ルーズベルトとポリオの逸話(166ページ),ヤウレッグがいかに梅毒とマラリア(のナイスなコンビネーション)でノーベル賞を受賞したか(32ページ)。こうした逸話も純粋にただただ読むに快楽である。インフルエンザと同意の言葉がアラブの言葉ではアンファル・アンザとそっくりだ(177ページ),なんて何の役にも立たないウンチクを知るのも楽しいではないか。本とは詰まるところ,面白くてなんぼ,である。

 30の逸話のうち27までが感染症であるのは示唆的である。別に著者が感染症オタクだったから,というわけではなかろう。歴史から医学・医療を語ろうと思えば,こうせざるを得なかったのだろう。そのくらい,かつて病といえば感染症であったのである。人々は,ペストにおびえ,コレラに恐怖し,梅毒におののき,インフルエンザに戦慄した。これが歴史である。そのような世界を克服したと思ったとたん,エボラ出血熱が見つかり,エイズが見つかり,SARSが見つかる。これも歴史である。2009年は,21世紀になってもわれわれが感染症に引っかき回される存在であることをあらためて認識させた。別に,脂質異常や骨折やうつ病が無視されてよい疾患だと言っているのではない。歴史という観点から切ると,「うつる」感染症がより切りやすい,というただそれだけの話だ。

 ダニエル・エルマー・サーモンという魚のような名前の男が医学の歴史に何を残したか,本書はこういうほとんどくだらないことに拘泥し,にやにやしながら,豊かな気持ちで読んでほしいと思う。

B5・頁268 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00946-1


個人授業 心臓ペースメーカー
適応判断から手術・術後の管理まで

永井 良三 監修
杉山 裕章,今井 靖 執筆

《評 者》山下 武志(心臓血管研究所常務理事・研究本部長)

心臓ペースメーカーへの門戸を開く本

 「心臓ペースメーカー」という言葉はそれ自体が人を遠ざけてしまう傾向があるのではないだろうか? ペースメーカー適応患者の担当医となった研修医のころ,まったく理解できないことの連続で,挙げ句の果てに教授回診で頭が真っ白になった記憶が評者には残っている。評者が研修医だった1980年代後半,ペースメーカーは「マニアもの」の存在だった。ペースメーカーを勉強するための書物は英語のテキストに限られ,さらにその本は開いたとたんに脳が拒絶してしまうような内容だったのである。

 あれから20年あまり経ち,ようやくどんな読者でも受け入れてくれるペースメーカーの良書が上梓されたことを大変喜ばしく思う。著者の一人は杉山裕章先生,まだ30歳代前半の新進気鋭の若手である。彼は内科研修後,心臓血管研究所付属病院でレジデントを3年間修める中で,不整脈,心臓電気生理学,不整脈デバイスを自らの専門に決めたという経緯があり,評者はその著しい成長ぶりを熟知しているつもりである。

 本書のすばらしさはその間口の広さにあるようだ。現在,不整脈関連デバイスに関する日本語テキストがいくつか出版されているが,本書は他書より格段に「マニアもの」を脱している。研修医,看護師に限らず,すべての医療関係者にペースメーカーをより身近なものに感じてもらおうという著者の気概がそうさせているのだろう。

 テキスト構成としてはほぼ5部構成で,(1)心電図の基本を押さえるためのイントロダクション,(2)ペースメーカー植え込みを要する病態・適応,(3)ペースメーカー手術の実際,(4)ペースメーカーの機能,(5)ペースメーカーの設定となっており,読者のレベルや必要に応じてどこからでも読めるように工夫されている。

 加えて,ベテラン医師と若手医師の対話形式で話が進められているため,あっという間に読み終えてしまう(評者の先輩である村川裕二先生によれば,これが良書の基準だそうである)。

 若手医師がどうしてこのようなテキストを著すことができたのだろう。杉山先生がレジデント時代に必死になって自分が学んだことをきちんと記録していたノートの存在を評者は知っているので,きっとそれが本書の種になったものと想像している。もちろん,共著者の今井靖先生,監修の永井良三先生がそれをより洗練させたであろうことも。

 いずれにせよ,未曾有の高齢化社会を迎え,ペースメーカー装着患者が増加している現在,専門家以外にもペースメーカーの門戸を開こうとする本書の価値は疑いようもなく,医師に限らない医療関係者すべてに推薦できる良書である。評者は関西人なので,会話が関西弁ならもっと親しみやすかっただろうにと,あり得ない希望を抱いてしまったことを最後に打ち明けておく。

A5・頁264 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00952-2


ワシントン集中治療マニュアル
The Washington ManualTM of Critical Care

田中 竜馬 監訳

《評 者》橋本 悟(京府医大病院集中治療部)

集中治療に関心のある若手医師のための良書

 本書は有名な『ワシントンマニュアル』の姉妹書である。本家の『ワシントンマニュアル』は40年にわたり出版され現在第33版を数えるが,本書は2008年に初版が上梓されたいわば「ワシントンマニュアル」のニューフェースである。集中治療領域,特に感染症で高名な,そして日本にもよく来られるDr. Marin Kollefが監修されている。

 原書は米国の医学生・レジデント向けに書かれており,平易にそして詳細に集中治療領域の各項目を解説している。最も特徴的なのは,治療や診断の手順を示す「アルゴリズム」であろう。実際の臨床に役立つよう,項目ごとにアルゴリズムがわかりやすく示され,読んでいて楽しくなる。原書の本文が550ページに対し,日本語版本文は625ページとややボリュームが多くなっており,また紙質もよいので,その分やや分厚いが持ち歩くのに邪魔にはならない。各章末に参考文献(原書ではsuggested readingと書かれており直訳すれば推奨論文となる)が示され,そのほぼすべてに概略synopsisが掲載されており,さらに学びたい気持ちを駆り立ててくれる。望むらくはPMIDも併記してほしかったがこれは原著にも採用されていないので致し方あるまい。監訳者の田中竜馬先生は大学卒業後,沖縄県立中部病院,St. Luke<02bc>s-Roosevelt Hospital Center, University of Utah,亀田総合病院などに勤務され,日本と米国を行き来する新進気鋭の集中治療医である。その呼びかけに応じて,米国,豪州などでの豊富な臨床経験を持つ若手医師を中心に,多くの優秀な現役臨床医が集まって各章の邦訳を担当されている。その結果,原書も非常に読みやすいが,日本語版はさらにわが国の諸事情にも配慮が行き届いており,初学者にも親しみやすい内容となった。また上級医にとっても知識の整理に役立つであろうし,私も本書に出会えて非常に感謝している。

 残念ながらわが国の集中治療医およびそれを取り巻く環境はまだまだ恵まれているとは言い難く,病院の不採算部門と揶揄されることさえある。その一方で若手医師の集中治療に対する関心は高く,将来の進むべき道として集中治療をめざそうと考えている学生や研修医は少なくないだろう。このような良書が呼び水となってわが国の集中治療分野がますます発展することを願ってやまない。

A5変・頁688 定価7,350円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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