医学界新聞

2010.05.24

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


多飲症・水中毒
ケアと治療の新機軸

川上 宏人,松浦 好徳 編

《評 者》阪本 奈美子(国立病院機構東京医療センター救命救急センター・医師)

命の危険の“前”と“あと”を考える

 臨床医として仕事を始めて,もう10年以上になる。いろいろなことを,それなりにわかっていたつもりだった。しかし,本当は何もわかっていなかった。何かにガツンと頭をたたかれた,そんな一冊だ。

 タイトルを見ると,専門書に思われた。あるいは教科書かとも。しかし,そうだとしても常識を覆す構成である。普通だったら,定義や解説から始まるだろう。本書はなんと「Q & A」から始まる。意外であったが,「なんとなく」知っている多飲症や水中毒に対する抵抗感が一気になくなったのは事実である。そしてのめりこんでいく自分に気づいた。平易な文章でつづられているため,入り込みやすい。それでいて内容の深さにどんどんとはまりつつ進んでいくのである。

 読み進めていくうち,まず知ったのは自分の「無知」であった。私は水中毒を知っていたのではなく,低ナトリウム血症に伴うけいれんや意識障害の治療に当たっていただけであった。低ナトリウム血症を呈してけいれんを起こすような状態で患者さんが救急車で運ばれてくると,背景に精神疾患があり,飲水を制限できなかったゆえに「水中毒」に陥ったのだろう,という程度に考えていた。その状態,つまり命が危険な状態になる“前”のことや,そして元の鞘に収まった“あと”のことを気にかけたことはなかった。単に私は全身管理を行いながらけいれんを抑え,教科書通りのナトリウム補正をして,状態が安定したら,退院あるいは精神科依頼をして自分の手を離す,ということをやっていたのだ。そのことに思い至った。

 Q & Aに続く第2部では,山梨県立北病院が水を安全に飲んでもらえるようになるまでの苦難の歴史が,さまざまなエピソードとともにつづられている。ふと気づくとコラムの「たった1杯の攻防」に目頭が熱くなっていた。誰だって(少なくとも私は)思い通りにならない患者の立ち居振る舞いに,陰性感情を抱いてしまう。「患者の飲水行動のみにとらわれ,その患者の人間性を尊重していない,スタッフ中心の看護であった」という反省の一文に象徴されるように,全身状態を悪化させる飲水行動を阻止することばかりにとらわれ,なぜ飲水するのかを考えていなかった。「飲みたい」という気持ちを受け入れ理解を示すことから始まる意識改革のくだりは,その行間に著者らの語りつくせぬ思いが詰まっているに違いない。

 そして第3部ではその病因や合併症などが丁寧に解説されている。この一冊が出来上がるためには,実際には書かれていないものの,多くの汗と涙が流されたことだろう。そんな苦労をしてまでもやらなければいけないのか,と思われるかもしれないが,豊富な経験と膨大な文献資料に裏打ちされていたからこそ,越えられた山なのかもしれないと感じた。この本は,多飲症治療のマニュアルではない。「知る」ことだけではなく,何より大切な「考える」ことも教えてくれる本だ。

 まぁ,そこまで重くとらえないまでも,まずは手にとってページをめくってもらいたい。表紙のさわやかさもさることながら,その装丁の妙に気づくであろう。部ごとにはそれぞれ「水」にかかわる写真があり,ページ左下の欄外のランニングタイトルには蛇口が描かれている。心憎い演出が,やわらかな文体の奥に秘められた著者らの細やかな心配りと重なり,それに気づいた自分にほくそ笑んだものである。

 確かに,多飲症・水中毒について詳しく述べられた書であるが,その向こうには普遍的な,患者と医師の関係,患者とナーススタッフとの関係,また医療スタッフ間の関係の持ち方が示されている。患者さんは何を思い,何を望んでいるのか。日々の診療の中で,病気だけをみてしまい,患者さんの気持ちや家族の思いを置き去りにしてしまってはいないだろうか。「流して」しまっていないだろうか。患者さんは一人ひとり顔も違うように考え方や感じ方が異なる。私でもできる小さなこと,「今日はお加減いかがですか?」そんなひと言から始めてみようと思う。

B5・頁272 定価2,730円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01002-3


神経診断学を学ぶ人のために

柴﨑 浩 著

《評 者》水野 美邦(順天堂越谷病院院長)

いかにして正しい診断に到達できるか

 このたび,柴﨑浩先生が『神経診断学を学ぶ人のために』という本を書かれた。わが国における臨床神経学・神経生理学の第一人者である先生の単著である。アメリカでのレジデント生活の経験もお持ちの先生の著書で大変期待の持たれる単行本である。先生は,京大臨床神経学講座の主任教授を務められ,今は退官して武田総合病院の顧問をしておられる。

 目次を拝見すると,神経疾患の診断(総論),病歴聴取,診察の手順,意識状態の把握,脳神経領域と脳幹と続き,さらに嗅覚,視覚から舌下神経まで,詳しく記載されている。次は,頸部と体幹,四肢の運動機能,腱反射と病的反射,不随意運動,体性感覚系,自律神経系,姿勢・歩行と続き,神経学的診察が完了する。さらにその先には,精神・認知機能,失語・失行・失認,認知症,発作性・機能性神経疾患,心因性神経疾患,視床下部と神経内分泌,神経内科的緊急症,日常生活障害度,機能回復と予後,検査方針の立て方と続き,神経学的診察の結果から,どのようにして病因診断に進むのかがわかるように配慮されている。

 最初の神経疾患の診断の項目をひもとくと,神経疾患の三段階診断法の重要性をまず強調され,部位診断,病因診断,臨床診断の順になされるべきことが強調されている。病歴聴取では,若年者の脳血管障害の重要性が強調されている。若年者にも,高血圧,高脂血症,糖尿病などの危険因子が広がり,脳血栓や脳出血がまれでないことが強調され,さらにSLE(全身性エリテマトーデス)やホモシスチン尿症などにも気をつけることが記されている。脳神経に至っては,図での詳細な解説を含みながら,種々の症候が出てくる状態が記載されている。

 不随意運動の項は,柴﨑先生の専門領域で,各不随意運動の詳細が,ご自身の研究成果を踏まえた図を取り入れながら解説されており,専門家にとっても貴重な内容である。例えばミオクローヌスの項では,皮質反射性ミオクローヌス,脳幹起源のミオクローヌス,脊髄起源のミオクローヌス,分類未定のミオクローヌスに分け,それぞれどのような疾患があるか記載されている。さらにうれしいことには,主な疾患の解説が,Columnの形で随所に挿入されていることである。

 本書は神経症状を有する患者さんを拝見する神経内科医が,いかにして正しい診断に到達できるか,最初の診断からのプロセスを丁寧に解説した素晴らしい書物である。病歴聴取での大切な要点,すなわち,部位診断,病因診断,臨床診断に分けて診断を記載することに始まり,そこからどのような検査プランを立てればよいかがわかるように記載されている。さらに,診察の過程で生じるさまざまな疑問に答えるべく,それぞれの異常を来す,主な疾患にも触れ,さらに視床下部と神経内分泌や神経内科的緊急症にも触れ,どのような患者さんに接しても不自由を感じないように配慮されている。

 本書は,神経内科の臨床を始めた初心者のみならず,初心者の指導に当たっている熟練の神経内科医にも読むことが薦められる良書である。この本の作成に当たられた柴﨑浩先生に深甚の謝意を申し上げたい。

B5・頁352 定価8,925円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00799-3


《シリーズ ケアをひらく》
リハビリの夜

熊谷 晋一郎 著

《評 者》岩﨑 清隆(群馬大准教授・作業療法士)

透徹した目で語る「動きの誕生」

 本書の著者は,脳性まひを抱えた小児科医である。本書には,著者の幼少時からの運動学習,モノや人への働きかけの学習のプロセスがある種の感慨をもって描かれている。感慨と言っても独りよがりな情緒論に陥ることなく,全体が透徹した公平な視点で貫かれている。適切な内容に,それに見合う適切な言葉が用意周到に選ばれているので,味わい深いと同時にその描写がとても美しくも感じられる。

きらりと光る表現
 本書のコンセプトの一つに,セクシュアリティがある。「官能」「快楽」などドキッとするような表現があるが,「敗北の官能」など,「そうとしか表現できないだろうな」と思われるようなきらりと光る表現が随所にみられる。

 非日常的な次元にわれわれの視点を向けるのに本書のイラストも有効である。はじめは少し不気味な気持ちを抱かせるようなイラストであるが,透徹した論理とともに軽みと遊びも同時にそこに用意されている。

 脳の障害に由来する運動障害が,「身体内・身体外協調構造」という概念から説明されているが,著者の体験に裏打ちされた理解なので,とてもわかりやすい。感覚・運動コントロールシステムの最新の知見も踏まえて書かれているが,それらの紹介が巻末の注などにほどよく整理されているので,冗長にならず,文章の流れを遮ることはない。

人間関係の在り方が動作を決める
 リハビリの体験と,トイレ動作,注射の動作など新しい動作の学習のプロセスの記述は圧巻である。

 著者は,これらの学習が促進されるかどうかの背景としての人間関係の在り方を指摘している。人が「ほどきつつ拾い合う関係」にあるときにのみ,運動学習が良き循環の中に進行していくという指摘は,著者でなければできない指摘であろう。反対に悪意はなかったとしても,運動学習が健常の規範に同化させるような,著者の言う「まなざし/まなざされる関係」の中で行われると,決していい効果を生まないばかりか,治療者/被治療者関係が容易に「加害/被害関係」に移行しうる危険性が容易に想像される。これらの指摘は,発達障害の医療・教育・福祉に携わるすべての人々に有益である。

 著者は「あとがき」の中で,2次障害を診察してくれた整形外科医の対応について触れている。これを読むとすべての医療・教育・福祉関係職種は,それを手がかりに,自らの臨床の場に患者,生徒との「ほどきつつ拾い合う関係」がどのように実現されているか吟味したくなるのではないだろうか。

多元的な視点が動きをひらく
 「動きの誕生」の章では,脳性まひを抱えた人のモノや人との出会いと適応には,彼自身が健常者と自分自身の二つの異なる運動イメージを持つ必要があったことが述べられている。すべての医療・教育・福祉関係職種にとっても,そういう多元的な視点の獲得こそが,対象者との「ほどきつつ拾い合う関係」を築きあげる手がかりと思われる。

 この著作からは,著者の透徹した目を感じると同時に,著者の人と世界に対しての信頼と,生きる上でのしぶとさ,粘り強さが感じ取れる。本著のタイトルが『リハビリの夜』とあるように,リハビリを受けた夜に感じた「敗北の官能」が,著者の学習の原動力になってきたからであろう。

 ここに描かれている敗北,悲哀,希望は,運動障害を持った一人の医師の学習過程にとどまらず,人間の生き方の普遍的なモデルの一つのように見えてくる。

A5・頁264 定価2,100円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01004-7


臨床家が知っておきたい「子どもの精神科」
こころの問題と精神症状の理解のために 第2版

市川 宏伸,海老島 宏 編

《評 者》牛島 定信(日本児童青年精神医学会元理事長)

子ども問題に接したときの支えとなる書

 この数年のことであろうか,「広汎性発達障害」「注意欠陥多動性障害」はお茶の間でごく普通に使用される病名になった感がある。子どもの精神医学的問題はその数といい,質といい,ますます深刻の度合いを増しているが,上記の2つはその代表的疾患と言ってよい。加えて,子どもの精神疾患のカバーする領域の広いことも忘れてはならないだろう。小児科のみならず,教育現場をも直撃しているし,児童相談所をはじめとした地域の生活まで巻き込んでいる。さらには,上記の疾患が成人になって発見されることが判明してから,成人の精神医学までも震撼させている。そして,衝撃の強さ,広がりの大きさ,あるいは速さは関係領域に少なからざる混乱を招き,厚労省まで動かしたほどである。成人を対象とした一般の精神科医,小児科医,児童関連の仕事に従事する人たちの勉強不足を露呈させてしまった感があるのである。

 本書『臨床家が知っておきたい「子どもの精神科」』の初版は8年前に上梓されてよく読まれたようであるが,上記のような疾病構造の急速な変化に対応する目的で,このたび,新版(第2版)が出版されることになったという。ここ10年ばかりの臨床経験を踏まえて,児童精神医学の臨床,専門家養成,研究の面でわが国のリーダーシップをとってきた東京都立梅ヶ丘病院(2010年3月に,府中キャンパスに他の小児病院をも統合して,東京都立小児総合医療センターとして発足した)の関係者を中心に,新しい編者と執筆陣を得ての仕事である。子どもの精神科で具体的にどのような対応がなされているのか,細やかな説明は何らかのかたちで,これから子どもの精神科とかかわりを持とうとする人たちに限りない安心を与えるに違いない。

 とはいえ,本書はそうした狭い領域だけに焦点を当てているわけではないことを力説しておきたいと思う。子どもの示す症状,問題行動の多様さは2-3の疾患に限って説明してもほとんど意味をなさないのである。その点,よく考慮されていて,すべての症状を中心にした説明があり,すべての精神疾患の解説があって,非常に使い勝手がよくなっていることを述べておきたい。多岐にわたる精神疾患の全体を見渡した上での重要疾患の位置付けがきちんとなされているのである。

 手にとって感じることは,小児科や精神科のクリニックに,あるいは教育現場ないしは子どもの福祉機関の相談業務の現場で,必携の書となることは間違いないという思いである。文章の読みやすさ,ボリュームの手ごろさ,そして内容が中立的なことは,子ども問題に接したときに感じるちょっとした支えの欲しさを十分に満たしてくれるだろう。詳しい勉強が必要になったとき,次のステップも準備してくれている書でもある。

A5・頁304 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00619-4

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