医学界新聞

2010.05.17

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


Disease 人類を襲った30の病魔

Mary Dobson 著
小林 力 訳

《評 者》茨木 保(いばらきレディースクリニック院長/漫画家)

医学の進歩につきまとう「闇」を見つめ直して

 本書は病気を切り口にした医学史書です。これまでペスト,コレラ,天然痘などのパンデミックは,戦争以上に多くの人命を奪ってきました。異文化との接触のたびに病原体の交流が行われ,それはしばしば一つの文明を滅ぼすほどでした。人類の歴史とは感染症との闘いであったと言っても過言ではありません。本書ではそうした歴史が,疾患ごとに見開き8ページ前後で解説されています。各章の長さは,診療の合間に読むのにもちょうどよいボリューム。そして何より一番の特徴は,紙面のビジュアル的な美しさでしょう。B5判全ページカラー,いずれのページにも医学の歴史を伝える貴重な絵画や生き生きとした写真が満載。医薬史研究家の小林力氏の流麗な邦訳と相まって,圧倒的な迫力で読者を時間旅行にいざなってくれます。まさに目で見る医学史の決定版と言えるでしょう。

 医学の進歩には「闇」がつきまといます。学者たちはしばしば,疾患の原因を突き止めるためにぞっとするような実験を行ってきました。感染症説を否定しようとコレラ菌入りのフラスコを飲み干したペッテンコファー,ペラグラの感染を否定するため患者の汚物を飲んだゴールドバーガー,患者を用いてハンセン病の感染実験をしたために医学界を追われたハンセン,梅毒の経過を調べるために患者を無治療のまま追跡調査したアメリカのタスキギー研究……本書はそうした医学の闇についても容赦なく切り込みます。それらには倫理に反する試みも多いのですが,安全で衛生的な社会に生きる現代人は,先人たちの闇の果実の恩恵にあずかっているのだという事実もまた,認めなければなりません。

 近年「アニマルフリー」製品というものがちまたに出回っています。これは化粧品などの製造品で,商品開発時に安全性の確認のための動物実験をしていないという意味です。もちろん,無用な動物実験はしないに越したことはないのですが,一昔前ならそうした製品は医学的に危険な代物と敬遠されていたでしょう。

 ボクの友人の一人は,国際協力でアジアやアフリカ諸国を飛び回っています。イスラム圏の国に彼が赴任中,彼に「テロは大丈夫?」とメールを打ったところ,彼の返信は「テロより蚊が怖い」でした。現地では熱帯感染症の恐怖が爆弾以上に深刻な問題とのこと。日本人が知らず知らずに持っている「安全や衛生が当たり前」という感覚が,いかに多くの犠牲の上に築かれてきたのかを考え直すためにも,本書はお薦めの一冊です。

編集室注:茨木保『まんが医学の歴史』(医学書院)では,第41話と第42話(p248-259)で「あの人」を取り上げている。特に黄熱病については同書p258を参照。

B5・頁268 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00946-1

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