医学界新聞

連載

2010.05.10

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第1回】
病態生理に全く触れないST低下の話

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


 循環器疾患に切ってもきれないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 もし,心電図に華があるとすれば,それは「ST変化」ではないでしょうか? STが下がっている,いや実は別の誘導で微妙に上がっている,といった話題は循環器病棟では日常茶飯事ですし,今日も全国各地の病棟回診では「なぜこのST変化を見逃したのか?」といったサディスティック(?)な議論が繰り広げられているものと思います。

「ST低下」を評価する

 そこで第1回目は,この「STが下がる」ということを取り上げようと思います。なお,本連載では臨床現場に即したことを書く予定なので,「なぜSTが下がるのか」というような電気生理学的ギミックの解説は省略します。STが下がっている心電図を見ることで何を考えなくてはならないのかを,ブラックボックスの中身をみることなく,極めて短絡的に考えていきたいと思います。

 ではまず,図1の運動負荷心電図を見てください。

図1 とある運動負荷心電図

 V4-6のみの心電図を提示しましたが,STが低下しています。典型的なhorizontal(水平型)depressionで納得していただけますか? もう少し細かく言うならば「QRS波からST Segmentにかけての変曲点(J-point)から2ハコ分の80msec離れたところで1.5mm下がっているST低下」ということになります。

 何はともあれ,STは下がっているわけです。この運動負荷心電図検査の判定は以下の通りでした。

判定はPositiveです

 この患者さんは,進行胃癌の手術前にスクリーニング目的で運動負荷試験を受けた方でしたが,「結果は陽性」で果たして大丈夫でしょうか? ST低下≒心内膜下虚血という病態生理ですから,たいそう危険な香りがします。

神は細部に宿る

 ただ,実はこの方の「判定がPositive」というのは,ST低下が「陽性基準を満たした」ということです。もしかしたら冠動脈疾患があるかもしれませんが,決して“危険だから手術ができない”や“明日にも心筋梗塞になるかもしれない”といったことを示しているわけではないのです。

 ここまでST変化の話で引っ張っておいて申し訳ないのですが,運動負荷心電図検査の真髄は心電図変化にあるわけではありません。“The Truth is in the Details”(神は細部に宿る)という言葉がありますが,運動負荷心電図検査の場合も細かいところまで見ていく必要があります。

 表のレポートを見ると,この患者さんは10分16秒運動を続けることができたわけですが,これは13 METSに相当します。13METSとは重い荷物を持って階段を上がる程度の運動で,それ相応の負荷です(日常の労作は4METS程度)。さらに,胸痛や呼吸苦といった狭心症状がなかったことも大事な情報です。つまり,STは低下していても結構な運動を行うことができ,具体的な症状も出ていない,ということになります。こうしたST変化と負荷や症状のバランスはどのように考えたらよいのでしょうか?

 運動負荷試験のレポート
Stage Time HR BP ST Deviation Angina
Rest - 81 110/69 mmHg - -
Bruce 2 6分00秒 101 161/82 mmHg なし なし
Bruce 3 9分00秒 138 - -1 mm なし
Bruce 4 10分16秒 153 258/62 mmHg -1.5 mm なし

 現実にはほかにもバイタル,既往歴,ST変化のリカバリーや回復期PVCなどもリスク評価に使いますが,総合評価の大ざっぱな指標としてよく用いられるのがDuke Treadmill Score (DTS)です。このDTSは米国Duke大学が編み出した計算式ですが,以下のように表記されます。

DTS=運動時間[分]-5×(最大ST下降[mm])-4×(Chest Pain Index)

※Chest Pain Index:胸痛なし0,胸痛あり1,胸痛で運動中止2

 DTSは診断ツールとして使うこともできますが,それよりもその患者さんの“長期予後”を評価する際に威力を発揮することで知られています。一般的にこのスコアが5以上であればリスクは低く,将来的に心臓突然死や心筋梗塞などを起こす可能性は0.5%以下とされています。

DTSによって規定される1年当たりの心筋梗塞などの心血管イベント発生率

●-11以下(高リスク) 年間リスク5%以上
●-10-4 (中リスク) 年間リスク5-0.5%
●  5以上(低リスク) 年間リスク0.5%未満

 簡単な算数で求められるDTSですが,米国の循環器内科医はよくここから逆算し,「10分」を運動負荷の一つの目安にしています。これはBruce法で10分間運動することができれば,たとえ心電図上でST変化が1mmあったとしても低リスクに分類されることに拠っているわけです。さらに,このDTSを問診・身体所見あるいは心電図変化による冠動脈疾患診断能と比較した研究(文献1)があります。図2は診断精度を表したROC曲線ですが,これはざっくり考えて左上に近づくほどその検査の診断精度が高くなると考えて見てください。すると,診断の精度が高いのは(1)>(2)>(3)>(4)という順番になります。ちなみに,全く使えない検査(運まかせ)は一番下の緑線のようになり,最高に精度が高い検査は一番上の緑色の破線のようになります。

図2 冠動脈疾患診断能を比較したROC曲線(文献1より)

 一番下の(4)は単なる問診・身体所見による診断能です。(3)がそれにST変化を加味したもので,いずれもそれほど精度は高くありません。一方,(2)はDTS,(1)はDTSに問診・身体所見の情報を加味したものです。その差は明らかであり,DTSは重大な冠動脈疾患の診断と予後の評価に多大な威力を発揮します。

患者全体を把握しよう

 再びこの外科の患者さんに戻りましょう。この方のDTSは5以上で,冠動脈疾患があったとしてもそのリスクは低いと考えられます。つまり,運動負荷時の心電図変化は目立ちますが,その患者さんの予後そのものは良好と考えられるのです。

 心電図の華であるST低下は虚血の決め手になる変化です。心筋虚血を早期かつ簡便に,しかも迅速に検出する手段としては,今のところ心電図が最良の手段といえるでしょう。ただ,その診断能力には限界があることや,目立つ変化に引っ張られて「木を見て森を見ない」ことのないように気を付けてください。DTSを計算する習慣は,意外と全体像の把握に役立ちます。

POINT

●運動負荷試験の判定は心電図だけでは限界がある。
●むしろ,試験全体の判断が重要だが,その際にDTSが役に立つ。
●結果は○か×か(陽性か陰性か)ではなく,総合的に低/中/高リスクで考える。

メモ
●運動負荷時のSTの読みの細かい基準はいろいろとありますが,とりあえずQRSにベタっとくっついたところではなく,「少し」(60-80msec)離れたところで読みます。
●どのくらいSTが低下していれば有意ととるか,について私が個人的に使っているのは1.0mmです。上昇型の場合は1.5-2.0mmといったところですが,このぐらいの判断基準が最も感度が高いと言われています。

つづく

参考文献
1)Shaw LJ, et al. Use of a prognostic treadmill score in identifying diagnostic coronary disease subgroups. Circulation. 1998;98 (16):1622-30.


香坂 俊
1997年慶大卒。99年に渡米し,マンハッタンとテキサスの病院で勤務していたが08年に米国の食生活に耐えきれず帰国。専門は循環器内科の集中治療。現在は学生教育と臨床研究の構築に執念を燃やす。

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