医学界新聞

2010.02.15

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


臨床精神薬理ハンドブック 第2版

樋口 輝彦,小山 司 監修
神庭 重信,大森 哲郎,加藤 忠史 編

《評 者》石郷岡 純(東女医大教授・精神医学)

今日の精神科医に求められる薬物療法の知識

 好評だった『臨床精神薬理ハンドブック』初版発行から6年が経ち,第2版が発行された。一つのまとまった書籍が6年後に改訂されることは一般的にはやや早い印象もあるが,臨床精神薬理の分野を網羅的に解説した教科書は多くはなく,またこの領域の進歩は速いので,この改訂は時宜を得たものであろう。

 さて,本書の構成はオーソドックスなもので,中枢神経の情報伝達,薬物動態,研究手法など基礎的事項の解説から成る第Ⅰ編と,疾患ごとに章立てされ,各章の中でその主要な治療薬の薬理と治療の実際が解説される第Ⅱ編からなっている。

 今日,精神疾患の単位とその治療薬の対応関係は一対一の関係ではなくなりつつあるので,次の改訂では実際の治療は別のパートとなることが求められることになろう。このように,精神薬理学の書籍の構成は簡単ではなく,すべての領域・階層を網羅的に解説しようとすると,生理学・生化学,研究手法,倫理学などの関連学問から,基礎的な精神薬理学,臨床精神薬理学,さらには疾患ごとの標準的薬物療法までの包括的な記述が必要となり,本書はB5判,448ページの標準的な教科書サイズであるが,おそらくはこの数倍のページ数となることが予想される。実際海外にはそのような大部の書物も存在する。

 したがって,本書に専門書としての精神薬理学のすべてを求めることは編者の意図とは異なることになり,本書の価値はまさに「ハンドブック」であることであり,その意味では最良のハンドブックに仕上がっているのである。すなわち,精神疾患の薬物療法の初学者がある疾患の治療法の概略を知りたいとき,臨床医が知識を再確認したいとき,本書は価値を発揮するであろう。

 本書は基礎医学的知識も得られるような構成がされているが,それはあくまでも臨床家が知識をもう一歩深めたいときに役立つように記述されているので,基本的な使い方としては,各疾患の標準的薬物療法をその周辺知識と合わせて理解したいときに,該当の章を通読することから始められるべきであろう。内容は一見するとやや専門的に感じるかもしれないが,今日の精神科医にはこのくらいのレベルの知識が要求されているのである。その上で,各臨床家の関心に従ってさらに専門的な書物・文献に当たっていくという利用法がとられたとき,本書が極めて効率的で良質な情報を提供していることに気が付くであろう。

 執筆陣は精神薬理学の領域におけるわが国の気鋭の方々であり,各項目が過不足なくまとまりを持っているので,安心感を持って読み進めることができる。文献欄は,さらに読むべき優れた総説ないしは書物が参考文献としてまとめてあればより好ましかったが,あとは読者の努力次第という監修者・編者からのメッセージと受け止めたい。

B5・頁448 定価8,925円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00866-2


心身医学標準テキスト 第3版

久保 千春 編

《評 者》樋口 輝彦(国立精神・神経センター総長)

歴史と伝統に裏打ちされ,かつ最新の知識を網羅した教科書

 『心身医学標準テキスト』が7年ぶりに改訂された。本書の初版は1996年に出版されたが,そのオリジンは1968年にさかのぼる。わが国初の心療内科が1963年に九州大学医学部に設立されたことは誰もが知るところであるが,同時に心身医学の教育も開始された。その講義に使用するための『心身医学・心療内科オリエンテーション・レクチュア』が1968年に発行されたのであり,本書の原型をここに見ることができる。この講義用の冊子が基になり,1996年に全面改訂されて『心身医学標準テキスト』は生まれた。

 本書の特徴はその執筆陣にある。初版以来,執筆者は九州大学心療内科のスタッフと教室出身者で構成されている。このような一教室に限定した執筆陣で構成された教科書は大変珍しい。多くは販売のことも考慮して,多くの大学や医療機関を巻き込むかたちで執筆者が構成される。しかし,先に述べたようにわが国の心療内科の老舗とも言える九大心療内科が日本の心身医学の教育をリードしてきた歴史と,今日においても全国でその出身者が指導的立場で活躍されていることを考えると,本書は一大学,一教室でつくられた教科書ではなく,まさに日本を代表する心身医学の教科書である。本年,九大心身医学教室は創設50周年を迎えたが,その記念の年にこの改訂版が出版されたことは素晴らしいことである。

 心身医学は神経症を対象に心身相関の理論から研究が開始された。フロイトの理論がバックグラウンドを成したことは言うまでもない。その後,その対象は神経症から心理的,社会的因子が関連する身体疾患(心身症)に移り,心身症中心の時代が続いた。そして,今や心身医学は全人的医療・医学へと発展し,いわば医学・医療のbasic theoryともいえる位置を占めるに至っている。

 本書は5部構成であり,Ⅰ部.心身医学総論,Ⅱ部.心身医学の基礎,Ⅲ部.心身医学的診断と検査,Ⅳ部.心身症各論,Ⅴ部.心身医学的治療法から成る。心身医学の基礎から臨床,治療に至るまで網羅的に,わかりやすく書かれた教科書であり,学生,研修医はもちろん,コメディカルの方々にも適した心身医学の入門書であり,専門書である。歴史と伝統に裏打ちされ,かつ最新の知識が網羅されている本書を手にとってお読みになる方は,必ずやその有用性に満足されることであろう。

B5・頁392 定価9,660円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00443-5


臨床中毒学

相馬 一亥 監修
上條 吉人 執筆

《評 者》田勢 長一郎(福島医大病院救急科部長)

これほど明快な中毒学の成書があっただろうか

 中毒学は単なる医学の一分野ではなく化学・薬理学の応用であり,緊急かつ適切で高度な医療を必要とする救急医学においても重要な位置を占めている。さらに,患者の内面性や社会的な背景についての検討も避けては通れず,法医学や精神医学的なアプローチも求められる。すなわち,中毒学は基礎から臨床に至る総合的な学問であり,予防から根本的な治療を図るには多くの専門科の集学的な治療を必要とする。

 上條博士は大学時代に化学に没頭し,さらに医学の道に進んだ後は,脳科学への関心から精神科医として研鑽を積んでいた。そして,重症患者管理の必要性も痛感して救命への道を歩み出し,現在は救急医学の若手リーダーとして活躍している。本書では,博士の豊富な知識・経験に裏打ちされた「筆者ならではの強み」が発揮されており,臨床中毒学にはうってつけの内容となっている。

 急性中毒患者の大多数は自傷行為や自殺企図なので,今までの「急性中毒治療の4大原則」だけでは根本的な解決にならない。上條博士はこの4大原則に「精神科的評価と治療」を加えた「急性中毒治療の5大原則」を提唱している。今までの臨床中毒の成書では外面的な救急医療を主とし,精神科的な治療は別な視点で述べられていたが,本書では上條博士の精神保健指定医としての知見も加わっている。臨床中毒学の分野に新たな視点を提案した本書の意義は大きいであろう。

 中毒のメカニズムの解説では,EBMにのっとった図表を駆使するなど,上條博士の化学者としてのバックグラウンドが随所で垣間見られる。メカニズムに目を通せば,発現すべき症状などが自然に浮かんでくるのも本書の特徴である。また,各所に症例提示があり,読者が中毒診療を行う上で非常に役立つ情報やヒントが満載されている。

 本書では特に「生物毒」の章に多くの写真が掲載されているが,これらを撮影しているときは,上條博士の心はつかの間,「生き物中毒」だった少年時代に戻っていたのではないだろうか。さらに,急性中毒の原因となる毒・薬物鑑別のポイントでは,語呂合わせで記憶に残るような試みがなされている。語呂合わせは国試対策では常識的だが,日本での専門書ではまれである。しかし,語呂合わせで覚えた内容は,30年,40年たった今でも記憶に残っていることが多い。臨床中毒学の重要な部分は常に記憶にとどめ,将来的にも中毒学の面白さや重要性を読者に訴え,またそれを実践してもらうという,上條博士ならではのユニークなアイデアである。

 各項目とも専門外の読者でも読みやすく,一方で専門書として深く掘り下げられているため,読めば読むほど内容が濃く,誰もが満足するであろう。中毒を専門とする医師以外にも,日常診療で中毒に接することのある医師,これから勉強する研修医など,多くの医師に自信を持って推薦できる書籍である。

B5・頁576 定価10,500円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00882-2


標準精神医学 第4版

野村 総一郎,樋口 輝彦,尾崎 紀夫 編

《評 者》笠井 清登(東大大学院教授・精神医学)

教育に奮闘中の執筆陣による,新鮮で整理された内容

 精神医学は,ライフステージに沿って,人間の精神機能の失調である精神疾患を修復し,精神的な幸福の実現をめざす医学である。精神疾患は,一般人口における有病率が高く,その多くが人生早期に始まるため,疾病による社会的・経済的負担の主要因であり,がん・生活習慣病と並ぶ三大国民病である。この克服をめざす精神医学は,その重要性にもかかわらず,日本の医学における位置付けは必ずしも高くなかった。しかし,卒後臨床研修制度の改革に伴い,すべての(来年度からは大多数の)医師が精神科研修を行うようになったことは大変喜ばしいことである。『標準精神医学 第4版』は,この要請に応えるものであり,現役の大学講座担当者を中心として,今まさに精神医学の卒前・卒後教育に奮闘している執筆陣による,新鮮で整理された内容は,これまでの日本の精神医学教科書になかった大きな特徴である。将来精神医学の道をめざすかどうかにかかわらず,すべての医学生・研修医に精神医学の素養を身につけてもらうことは,全人的な医療を行える医療人の育成という卒前・卒後臨床教育にとって極めて重要なミッションであり,それに対する執筆陣の静かで熱い情熱が感じられる。

 総論には,編者らの精神医学に対するバランスのとれた見識が述べられており,精神医学の教育に携わる立場の方々にもぜひ読んでいただき,明日からの教育活動に役立てていただきたい内容である。各論では,目を通していただければわかるように,どの章も,基本的知識から新しい知見まで,大変よくまとまっており,学ぶ側にとっては非常にわかりやすい。また,教える側にとっても,自分の普段使っている講義資料をブラッシュアップするのに役立つであろう。こうしてみると,本書のタイトルの「標準」には,バランスのとれた内容をわかりやすく述べ,日本の精神医学の卒前・卒後教育における学ぶ側の身につける内容,教える側の伝える内容の両方を標準化していきたいという,編者らの強い意図が込められているといえる。

 本書のような優れた教科書を編まれた関係者の方々の精神医学教育に対する熱意と見識に深く敬意を表するとともに,すべての医学生・研修医,そして精神医学教育者に本書をお薦めしたい。日本に近代精神医学をもたらした呉秀三は,「わが国十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに,この国に生まれたるの不幸を重ぬるものと言うべし」(1918)との言葉を残した。呉先生の深い悲しみの解決に本書が貢献することを切に願う。

B5・頁536 定価6,825円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00707-8


≪神経心理学コレクション≫
認知症の「みかた」

三村 將,山鳥 重,河村 満 著
山鳥 重,彦坂 興秀,河村 満,田邉 敬貴 シリーズ編集

《評 者》朝田 隆(筑波大教授・精神病態医学)

神経心理学から認知症をみる

 小泉首相以降の総理大臣の時代には難しいかもしれないが,旧版長谷川式テストには「今の総理大臣はどなたですか?」という問いがある。本書を読んでいて,かつて私が山梨にいたときに行った在宅認知症患者さん訪問調査の一コマを思い出した。この問いに「それは知らないが,次は俺だ」と迷回答をした人がいたのである。

 本書の三村先生のご発言によれば,空想作話をピックアップするのに定型的な質問があるらしい。「今年東大に一番で受かった人は誰ですか?」と尋ねればよい。空想作話の人は,それに得々と答えるらしい。「次は俺だ」はここからの連想である。

 作話とか病識は,精神科医の中でも認知症を扱う医師なら必ず遭遇する問題・テーマであろう。しかし,扱うには容易ならざるところがあって,正面から論じられることはまれである。ところが本書においては,3名のエキスパートがこの種の厄介な課題を次々と俎上に載せてゆく。

 読み進めるうちに,本書のテーマは認知症の症状を巣症状(失語,失行,失認)の視点からみることなのだと気付いた。「神経心理学から認知症をみる」と副題をつけたい新タイプの認知症本だなと一人合点した。

 語り手の3名の先生は,精神科,神経内科,それに神経心理学のご出身である。三村先生のご発言はトップダウン的で視野が開ける思いがする。河村先生はボトムアップ型の理論展開をされる。これらを「ことば巧者」の山鳥先生が素人にも腑に落ちるように要約される。お三方のやりとりには,リズムがあってなんとも心地よい。

 ところで筆者は最近,認知症介護の最大の問題は行動異常(BPSD)以上に,さまざまな生活行為の障害ではないかと思っている。食事をすればこぼしてしまう,トイレの使い方がわからず汚してしまう,ズボンを頭から被ろうとする。介護者のストレスはたまる一方だ。

 これらの症状に対して,従来は系統的な対応が試みられることはまれであった。経験と勘頼み,その場その場の対応が主であった。今やこうした症状への科学的対応方法の開発は喫緊の課題かと思う。対応を講じる上では障害の分析が出発点だが,本書の姿勢「神経心理学から認知症をみる」はその基本となるだろう。

 最後に,本コレクションの編集者である故・田邉敬貴先生の思い出を。先生の3年後に京都の同じ予備校と定食屋に通ったこと,先生の義弟とは10代からの付き合い,などなど不思議な因縁があった。高知のご生家ではワインを振舞われるままに泥酔したこともある。先生の好まれた言葉として印象に深いのは「邂逅」だ。先生のおかげでこの良書に「めぐり合わせて」いただいた気がする。学術性と臨床的含蓄に富む本書は,専門領域を越えて認知症医療と研究にかかわる人には必読の書であろう。

A5・頁144 定価3,150円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00915-7

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