医学界新聞

2009.12.14

第29回日本看護科学学会開催

文化を尊重し,看護学の未来を探る


 第29回日本看護科学学会が11月27-28日,森恵美会長(千葉大)のもと幕張メッセ(千葉市)にて開催された。「文化を尊重した看護学の探求と貢献」をメインテーマに掲げた今回は,未来に向けた看護学の継承,文化的境界を越えて発展する看護学,地域の文化に根差して発展する看護学の3つの観点から多くの企画が催された。本紙ではそのなかから,会長講演とBomar氏による特別講演,また看護系大学の展望について熱い議論が交わされた特別企画のもようを報告する。


多様性を認め文化を尊重した看護を実践する

森恵美会長
 会長講演「子産み子育て文化を尊重した看護の探求」では,森氏が取り組む,わが国独自の文化に基づく看護学の創出をめざした活動を紹介した。

 初めて妊娠出産する女性が育児不安を抱える原因の一つに,少子化や核家族化に伴うわが国の子産み子育て文化の伝承性の低下がある。氏は,「文化の尊重」を多様性や共通性を認め合うことと定義した上で,母親学級や子育て教室など子産み子育て文化が多様化してきている点を指摘。子産み子育て文化の再構築に向け,看護の対象者である若い夫婦の文化的多様性に配慮した看護介入を実践してきたという。その一つとして家族内・成育家族・地域を対象に,出産前から介入を行い,介入後は夫婦間の役割に対する満足度が向上するとともに,近所の人と子育ての話をするようになったと報告。今後は,乳幼児と接した経験の少ない夫婦には身体を使った遊びや体験学習を,身近な役割モデルやピアサポートがない夫婦には母親集団の文化やピア形成のための介入を行い,また夫婦の役割や育児の価値観の変化に対しては世代間のギャップを埋める策を講じるなど,社会・文化的背景を考慮して介入を行う必要があると述べた。

 また,不妊患者の子産み子育て文化についての研究も紹介。不妊患者は配偶者や家族,また社会から大きなストレスを受けている一方,不妊患者へのかかわり方がわからないといった看護者も多く,看護者自身を相対化して患者に寄り添うことが難しい状況がある。そこで氏は,不妊患者のストレス軽減のための看護介入プログラムを研究し,その実践を行った。まず看護職者の在り方として,共感的態度や受容的態度をとり信頼関係を作ることを提示。その上で患者のリラクゼーションを引き出し,夫婦間や社会との関係に対処するための支援を展開したという。結果,不妊患者のストレスは軽減し,自己効力感も上昇。不妊患者への介入の際には,自己の文化的文脈を相対化し対象者に寄り添うことが重要と述べた。氏は最後に,「多様性を認め合うことが看護介入においては重要であり,それが文化を尊重した看護学の実践につながる」と述べ,講演を終えた。

地域に根差した看護実践

 特別講演「Community-based Participatory Research in Nursing Practice」(看護実践におけるCBPR)では,Perri J. Bomar氏(ノースカロライナ大ウィルミントン校)が地域に根差した看護実践センターの取り組みについて紹介した。CBPRとは研究者と利害関係者が共同で研究を行うことで,氏らは医療が届きにくい黒人地区に保健センターを設立し,医療格差や健康格差をなくす活動に取り組んでいる。

 CBPRの実際の活動は,問題の提起から始まり,その解決のためのプランを組み立て,データの収集・分析から介入を行い,そこで得られた情報を地域に普及させ,また新たな問題を考えるという循環的なプロセスで行われる。氏は,CBPR成功の秘訣として,地域の特徴をつかみ研究者と地域とが協同で活動に取り組むことを挙げ,そのためには地域にとって重要な課題を取り上げ,継続的に介入を行っていくことが大切と説明。氏らは,地域の市長に橋渡し役となってもらい,牧師や高齢者・青少年センター長と交流を持つことで地域の情報を入手し,また多様な職種から構成されるCBPRの理事会が継続性の担保に役立っていると述べた。活動の障害として資金面の問題があるとのことだが,氏らの取り組みが評価され,現在では米連邦政府より5年間で500万ドルの助成を受け順調に運営できているという。

 地域との共同研究の重要性は多くの看護職者が認識しているが,実際に行う上ではハードルも多くあるのが現状だ。CBPRは,国民目線で看護実践を行うためのひとつの形となるのではないだろうか。

看護系大学の将来を考える

 大学出身者はいまや看護師国試合格者の2割を超え,大学数も引き続き増加傾向にある。保助看法の改正により看護師教育を大学教育中心とすることも提唱されるなか,看護系大学に対する社会からの期待はますます大きくなっている。特別企画「看護の高度化と看護系大学の展望」(司会=福島県立医大・中山洋子氏,千葉県立保健医療大・石井邦子氏)では,看護系大学が直面している課題や看護の未来を見据えながら,看護系大学のあるべき姿について幅広く議論が交わされた。

 井上智子氏(東医歯大)は,これまで看護が何を行ってきたかを振り返るとともに,看護のめざすべき姿を提示した。氏は,看護学教育は高等教育であると強調し,同大で取り組んでいる高度実践看護師育成のための教育システムを紹介。また,高度化の是非を問うより教育の中身を問うことが大切であると主張し,教育と実践の高度化はプロセスであり,社会に看護を伝えるための戦略であると述べた。

 現場の看護師の視点からは任和子氏(京大病院)が登壇。新規採用(新卒)に占める大卒者の割合が75%である京大病院では,専任の教育担当看護師を4人置き,看護の質担保と向上をめざした教育プログラムに取り組んでいるという。氏は大卒者を多く教育している立場から,看護基礎教育に分析力と高い教養を要望。また,大学院に期待することとして,質の高い看護ケアを実践でき,ロールモデルとなることができる人材の養成を挙げた。

 菱沼典子氏(聖路加看護大)は,看護師養成課程の現状を示した上で,グローバルスタンダードな看護教育を行うための課題を提示した。看護学は日本の大学システムの一翼として教育の任を負うため,高度な看護師養成を行うことが大切であると表明。大学には看護の高度化へ向けて,研究者・教育者を育成し,実践に活用でき教育内容の精錬につながる研究を蓄積する必要があると主張した。また,一部の看護教育は中等教育で行われていることを挙げ,看護全体の底上げも併せて行っていく必要があるとの見解を示した。

 全体討論では多くの看護教育者から意見が出され,「看護師過剰時代を見据え,他領域でも看護出身者の活躍の場があるような大学づくりが必要」「看護が何をやっているかをもっと表に出していく必要がある」といった声が挙がった。

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