医学界新聞

連載

2009.12.07

知って上達! アレルギー

第9回
アトピー体質と喘息

森本佳和(医療法人和光会アレルギー診療部)


前回からつづく

 「アトピー体質」という言葉をよく耳にしますね。アトピーは,「低用量のアレルゲンに反応してIgE抗体を産生し,喘息,鼻結膜炎,湿疹などの典型的な症状を発症しやすい個人的または家族性の体質」と定義されています。難しく聞こえますが,アレルギー性鼻炎・アレルギー性喘息・アトピー性皮膚炎などの病歴や特異的IgE検査での陽性所見があれば,アトピー体質があると考えてよいでしょう。このアトピー体質の有無を考えることは,日常診療で大きなヒントになります。その視点で,年齢層を追いながら喘息について考えてみましょう。

小児から若年者アレルギー性喘息の発病

 乳幼児では,風邪などの呼吸器感染症で繰り返す喘鳴を聞くことがあります。ある有名な研究では,その中で喘息として持続する危険因子として,次のうち1つ以上(アトピー性皮膚炎/親の喘息既往),あるいは次のうち2つ以上(アレルギー性鼻炎/感冒と無関係な喘鳴がある/末梢血中好酸球が4%以上)を満たすときを陽性とします(註1)。

 3歳で陽性の場合,その後6-13歳の間に約半数で喘息がありました。対して,陰性の場合には約5%にしか喘息がありませんでした。特に陰性的中率の高い優れた予測指標といえます。

 もう一度,項目を見てください。簡単に判断できるものばかりですね。アトピー体質に注目すれば,こんな簡単な項目で将来を予測できるのです。アトピー体質と喘息の重要な関係がうかがえます。

 アレルギー性喘息の発病は10代で最も多いですが,いったん発病した喘息が後に一度消退したように見えることもあります。大学生の時に喘息のあった集団を23年間追跡した研究では,その約半数に喘息が見られなくなっていました(註2)。しかし,後年喘息症状が再発するということも多く見られ,喘息が果たして「完治」するかどうかはいまだによくわかっていません。おそらく多くの患者において,喘息の実態である気道炎症はアトピー体質や吸入抗原曝露によって,くすぶるように存在し続けるものと想像されます。ですから,過去に喘息の既往を持つ患者では,喘息再発の可能性を念頭に置きましょう。

 また,喘息発症の多い若年者層ですが,肺機能が高くて予備力が大きく,喘息症状をそれと気づかれないこともよくあります。喘息の特徴のひとつは「再現性のある可変的な気道狭窄」であり,普段はまったく症状がないことも少なくありません。その喘息がよく姿を現すタイミングは,上気道感染時と運動時です。風邪の後の長引く咳や運動時の息切れは診断のヒントになります。若年者では,「運動したら息が切れるのは当然」と喘息を認識しない傾向があります。ここでも,やはりアトピー体質があれば,喘息をしつこいくらいにでも疑いましょう。

30代で発病の多いアスピリン喘息

 成人における喘息の年間発病率は0.1-0.3%といわれます。30代以降では,吸入抗原によって生じる外因性のアレルギー性喘息の発病は比較的少なくなり,内因性の喘息,特にアスピリン喘息に注意します。

 アスピリン喘息は女性に多く,平均発症は34歳という報告があります。有名なアスピリン三徴(aspirin triad) は,アスピリン過敏,副鼻腔炎(鼻茸),喘息の併発を特徴とします。これら三つの特徴が病理的にどう関連しているかは不明ですが,三者が併発しやすいという臨床的観察から三徴と呼ばれています。典型的なI型アレルギーではなく,アスピリンのシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害によってアラキドン酸代謝系が喘息を誘発するほうに傾くためといわれています(このため,皮膚試験などは診断に役立ちません)。

 アスピリン喘息患者の3分の1にアトピー体質が見られ,通常の喘息よりも重い傾向があります。また,典型的には,鼻炎が約30年間続いた後に,「喘息→アスピリン過敏→副鼻腔炎」の順に三徴が現れるとされています(註3)。つまり,以前はアスピリンに問題がなくても,新たにアスピリン過敏が発生しうるということです。

 一般的に,喘息患者の10人中1人にアスピリン過敏があるといわれます。アスピリンだけでなくNSAIDs(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs:非ステロイド性抗炎症薬)も同様に喘息発作を起こしえます。問診表に喘息の記載があるのにロキソニン®を処方して起きた喘息死に対し,歯科医に損害賠償が命じられた判例などもあります。喘息患者には,できればアセトアミノフェン(カロナール®など)や,適応によってはCOX-2阻害薬を用いましょう。

高齢者ではCOPDや心不全に注意

 高齢者初発の喘息症状が気管支喘息であることはまずないと考えましょう。アトピー体質や喘息の既往がある場合は別ですが,そうでない場合にはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や心不全などを先に考えるべきです。ほとんどの場合,COPDの患者には喫煙歴があります。例えば20年前にやめたタバコであっても無視できません。それまで30年間毎日1箱吸っていれば,COPD発病には十分です。心不全による喘息症状は“心臓喘息”と呼ばれることもあるほど,喘息と似ています。喘息が慢性疾患として長期フォローされている患者でも,心不全の可能性は忘れがちなので注意が必要です。私自身,特に心疾患の多い米国のクリニックにおいて,高齢者の喘息については虚血性心疾患(心不全)の鑑別にエネルギーの半分を使っていたといっても過言ではありません。

“Cherchez l'atopy”アトピー体質の有無を念頭に

 以上,年齢層別に喘息を考えましたが,いずれにせよアトピー体質について考えることは有用です。例えば,アトピー性皮膚炎の若年者が咳を主訴に来院すれば,まず喘息や鼻炎(後鼻漏)の可能性を考えます。逆に,アレルギー歴のない高齢者の喘息症状ではCOPDや心不全の可能性を先に考えます。

 アレクサンドル・デュマが1854年から新聞連載した推理小説「パリのモヒカン族」の中で何度も繰り返される言葉が,“Cherchez la femme.”(シェルシェラファム)(フランス語で「女を探せ」の意)です。「犯罪の後ろには女がいるから,それを探せ」の意味ですが,「根源にある問題を探せ」という広い意味で,英語圏でも慣用句として使われます。

 咳・呼吸苦・喘鳴……このような訴えに頻繁に出合う日常診療では,「アトピー(体質)を探せ」はキーワードだと思います。デュマ風にいうと,“Cherchez l'atopy”(シェルシェラファム)でしょうか。本連載がフランス語小説なら,何度でも繰り返したい言葉です。アトピー体質の有無を念頭に置くことは,明日からの日常診療でもきっと役立ちますので,試してみてください。

つづく

註1)Castro-Rodriguez JA, et al. A clinical index to define risk of asthma in young children with recurrent wheezing. Am J Respir Crit Care Med. 2000; 162(4Pt1): 1403-6.
註2)Settipane GA, et al. Natural history of asthma: a 23-year followup of college students. Ann Allergy Asthma Immunol. 2000; 84(5): 499-503.
註3)Szczeklik A, et al. Natural history of aspirin-induced asthma. AIANE Investigators. European Network on Aspirin-Induced Asthma. Eur Respir J. 2000; 16(3): 432-6.

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