医学界新聞

連載

2009.11.23

腫瘍外科医・あしの院長の
地域とともに歩む医療

〔 第14回 〕
ホスピストライアングル

蘆野吉和(十和田市立中央病院長)

腫瘍外科医として看護・介護と連携しながら20年にわたり在宅ホスピスを手がけてきた異色の病院長が綴る,
「がん医療」「緩和ケア」「医療を軸に地域をつくる試み」


前回よりつづく

在宅医療の実践者と病院スタッフの関係づくりを

 ホスピストライアングルとは,在宅,急性期病院,緩和ケア病棟のいずれにおいても同質のホスピスケアが提供され,病状によって療養の場を選択できる体制のことです。この体制をオーストラリアでは1990年に整備しています。日本においては緩和ケア病棟あるいはホスピス病棟でのホスピスケアが主流であり,その中で働く医療者は“治すための医療”を行う病院医療の経験は豊富であっても,“生活を支える”在宅医療の経験はほとんどありません。

 私は病院医療と在宅医療を20年以上同時に経験していますが,その違いは非常に大きいものです。何が違うのかというと,在宅の現場では病院とは主客が入れ替わり,医療者が客の立場になります。病院では個性が目立たない一人の患者であっても,自宅では個性あふれた人間です。個性あふれた人間は病院では嫌がられ,場合によっては“厄介な患者”とのレッテルがはられるので,多くの場合,良い患者になろうと個性を消す努力をします。そのことに医療者は多くの場合気付いていません。また,在宅では住んでいる生活の場にあった医療援助を提供することを第一に考え,安心して過ごしてもらうためのケア,それも家族ができるケアの指導に焦点が絞られますが,病院ではどうしても症状緩和のための治療に焦点が絞られ,薬の投与などを含め余計な治療やケアが多くなります。

 病院という施設では“管理”を怠るわけにはいかないため,自宅と同じような環境は提供できないのですが,そこで働く医療従事者の意識を変えることは可能です。意識を変えるためには,在宅医療の現場を経験するのが一番だと思いますが,多くの病院では医療者は多忙でそのような機会をつくることはできないのが実情です。最も実現可能な方法は,在宅医療を実践している医師や訪問看護師が病院の終末期緩和ケアの実践の場に顔を出し,病院のスタッフと交流し顔の見える関係性を作ることです。そして,この試みは宮城,東京,岐阜,岡山,福岡,長崎,宮崎鹿児島など全国各地ですでに取り組まれています。

 ホスピストライアングルで重要なことは,在宅ホスピスがホスピスケアの中心の場であることを緩和ケア病棟や急性期病院のスタッフが理解していること,在宅ホスピスケアを提供しているスタッフが患者のニーズに沿って療養の場を調整し,現場(緩和ケア病棟・急性期病棟)のスタッフと協働でホスピスケアを提供していることです。このため,提供されるホスピスケアの質は自然に同じになるわけです。また,オーストラリアやカナダのエドモントンでは担当する家庭医が地域の緩和ケア医のいる病院での研修を義務付けられていることも強調すべきかもしれません。

リンパ浮腫の入院施設を開設

 十和田市においても,この4年間で急性期病棟と在宅でのホスピスケア提供体制を整備し,ホスピストライアングル最後の一角である10床の緩和ケア病棟を2009年9月から稼働させました。まだ2か月の運用ですが,かなりゆったりしたアットホームな雰囲気が少しずつつくり上げられています。まだ広報が不十分で,緩和ケア病棟があることを知って入院を希望してくる人は残念ながらいませんが,これまで約25名が利用しています。退院した人は,亡くなった人,外来に通院し抗がん剤治療を受けている人,在宅ホスピスケアを受けている人など多様です。また,隣接するリンパ浮腫治療室での治療を効率化するために,リンパ浮腫治療の資格を持っている看護師をこの病棟に集めてもらったことで,緩和ケア病床を利用した入院治療が可能となりました。早速1名の入院がありましたが,リンパ浮腫の入院治療の効果は驚くほどで,1週間で改善し退院となりました。リンパ浮腫の入院治療施設は日本ではこれまで3か所程度しかありませんでしたが,さらに1施設増えたことになります。

 今後の課題は,実践を通しながらこのホスピストライアングルについての地域住民の理解を得ること,そして,多くの人が自分の希望する場所で生きることのできる地域社会を実現することです。

つづく

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