医学界新聞

寄稿

2009.11.23

【寄稿】

臨地実習の充実をめざした教育的連携の足場づくり
《実習指導をデザインする――臨床実習指導者育成コース》の取り組み

前川幸子(甲南女子大学教授・基礎看護学)


 「最近の大学生はよくわからない」「大学でどのようなことを学んだ学生が実習に来るのだろう」。こうした臨床からの声を契機に《実習指導をデザインする――臨床実習指導者育成コース》(9月開講/半年間,対象:看護師)は生まれた。看護学科が3年前に開設した当初,臨床側には新たに学生を受け入れて指導することへの,大学側には臨床施設で新しく教育的関係を培っていくことへの,不安と期待があった。そこで私たちは,双方の不安と期待という共通項に,臨床の場と教育の場をつなぐ教育的連携の足場をつくることを目的としたのである。

 本コースの基本的な考え方は,「実習指導をデザインする」ことにある。それは看護実践が,人間関係を基盤にした相互行為的なプロセスであること,看護事象は一回性であることに依拠している。学生が臨場感あふれる看護を学ぶためには,実習指導者が看護学教育の現状を理解するにとどまらず,刻々と変化する看護場面において学びを構想していく力,すなわちデザイン力が必要だと考えたのである。そのため,本コースの学習は,講義形式だけではなく,課題発見・探求型の演習,また体験を基盤にした学習や,自ら学習目標を設定し評価する方法などを取り入れている。

たどってきた道のりを振り返る

 カリキュラムは,『A.自己デザイン演習』『B.学生理解論』『C.看護学教育論』『D.実習デザイン演習』という4科目(各15単元)で成り立っている(表)。これらの内容について,受講生の声を交えて紹介していきたい。

 カリキュラムの内容(2009年度)

 『A.自己デザイン演習』では,自分の人生を“与えられて生きる”ことから“つくりつつ生きる”ことへつなげるための基本的なものの見方,考え方を探究していく。そこにはコラージュ体験やボディ・ワーク,キャリア・デザインなど,自分のこころと身体に向き合う単元が並んでいる。

 自分と向き合うことは,得てして厳しい作業になりがちである。しかし,アロマオイルの香りに包まれて身体をほぐしていく過程,そして日ごろ無意識に行っている,例えば“歩く”ことを改めてワークする過程で,潜在していたいくつもの筋肉の動きが自覚でき,それらの統合として動作が成ることがわかってくる。それは,私のなかにすでに在ったにもかかわらず沈黙していたそれぞれが,全体として台頭し自覚できる機会でもある。これらの経験はおのずと自己の在りようを映し出す体験へと誘う。自分のキャリアを見つめるとともに,過去を受け止め現在,そして未来を見渡すことにつながる。受講生は,「自分を振り返るということが,これまではマイナス面ばかりに偏っていた」ことや,「他人と比べて自分ができないことを責めてきた」ことに気づいたという。また,「これまで人にも自分にも厳しい自分がいた」が,「頑張っている自分が愛おしく思えた」,「私の第一の応援者は私」といった意見があった。

 以上のことから見えてくるのは,受講生が看護師という職業的観点だけでなく,一人の人として自分の人生を見つめ直す機会となっていたということである。また,自身だけでなく,他者をも厳しくとらえる看護師の視線は,医療現場の現状を反映しているようにも映る。“リスクがあってはいけない”“ミスをしなくて当たり前”を要求される看護師たち。それは当然のことではあるのだが,連綿と続く専門職である日々に疲れ,今後を見据える希望さえも失われていくようにもみえる。不可分である心身が身体を通して我に返るという,ひとつの風穴を開けるような経験だったと考える。

 『B.学生理解論』では,本学の学園祭への参加観察や他分野の学問的視点を通して“今どきの看護学生”像をとらえていく。「今までは学生を外見で判断」していて,「否定的にしか見ることができなかった」。しかし,「学生を取り巻く環境,学習の仕方が少しずつ見えて」きて,自分と学生との「相違点を探ろうとするのではなく共通点を探り,欠点を探るのではなく利点,長所を探ろうとする気持ち」になったり,「学生と一緒に学んでいきたいと思うようになった」ようである。

 『C.看護学教育論』では,学生が学内で学んでいる授業内容に耳を傾け,また看護技術の演習への参加を契機に,受講生も「自分が学生だったときと同様,看護師になりたいという当たり前のことに気づいた」り,「学生時代と違って講義内容がよく伝わって」きて,「再度学ぶことで看護の意味付けが新たに確認できた」,「懐かしく,でも新たに看護を考えた」などの意見があった。他方で,「こんなに丁寧に教員にかかわってもらえる学生が臨床に出たときのリアリティショックなどが心配」という意見もあり,臨床と基礎教育との連携をいかに図るかという協働的な課題を見いだす機会にもなった。

 『D.実習デザイン演習』では,受講生が上記のようにとらえ直した学生たちと,看護実践の場で学ぶことをどのようにデザインしていくのか,という具体的な方法に取り組んだ。受講生は実習指導における個々の願いを明確にするとともに,これまでの実習指導場面をロールプレイなどで振り返り,課題を確認しながら進むことになった。

実習指導を通した自己への期待

講義のもよう

 半年にわたる学びのなかで,受講生は「実習指導者の立場は本当に難しい」が,「自分もそうであったことを忘れ,今どきの若者というレッテルを貼って評価していた自分」に気付き,「見方を変えてかかわること」や「良いところを見つけること」の必要性,また「相手に求めるというよりは『自分がこうありたい』と願う姿が見えてきた」ため,「現場で後輩に優しくなった気がする」などの学びを得ていた。これらの言葉から,本コースの日程が集中化せず,勤務を継続しながら半年間,毎月土曜日(月2-3回)の受講だったことで,自分の変化の過程を職場で味わえることにつながったことがうかがえた。また「表面的な出来事にとらわれず,その奥にある考えや思いに目を向けていくことの必要性をあらためて感じた」り,「実習を教員とともにつくり上げ,学生にとって意味ある充実した実習になっていくように心がけたい」「人間性豊かな教育者になりたい」「看護の将来を踏まえた人材育成に寄与したい」という,実習指導を通した自己への期待がうかがえた。

 こうして一期生23名は今年3月に修了し,9月からは二期生を迎えている。今年度は,一期生の「土曜日を月3回,本コースに当てるのは勤務調整が難しい」という意見から,月1-2回の開講へと変更した。また単元内容を再構築して,走り始めたところである。

 看護学科教員が中心となって運営している本コースは,大学の支援を受け,社会貢献として位置付けられている。臨地実習に向けて,教員のFD(Faculty Development)としての波及的効果が得られている一方で,教員の大学教授活動外の負担がかさんでいることは否めない。本コースを構築した意図を忘却せず,しかし過度な負担とならないよう,今後の調整が必要である。

実習指導を軸に縦横のつながりを広げる

 これまで紹介してきたように,本コースは修了すれば翌日から実習指導に使えるというような内容ではない。むしろ今後実習指導に携わることによって直面する,個別具体的な教育上の問題といかに向き合い,学生だけでなく自己の学びとしていくのか,その姿勢のなかに本コースの意義が問われることになるだろう。そのため 修了して半年後,“Homecoming Day”と称して一期生が集まることになっている。一期生にどのような課題や発見があったのかを共有することで,新たな臨床教育へのまなざしが見いだせるかもしれないと教員も心待ちにしている。また,その日に二期生と交流する授業を設け,実習指導を中心とした縦横のつながりを広げたいと考えている。

 このような改善のヒントは,すべて一期生の反応から得たことにほかならない。やはり最後は,一期生の言葉で締めくくりたい。「他施設の受講生とのワークやディスカッションは,指導上の悩みなど情報交換の場となった。またロールプレイは臨床実習のイメージ化ができ,教員も交えた臨床実習をデザインすることにつながった。当初は敬遠しがちだった臨床実習指導だったが,今は学生が現場に来るのが待ち遠しく思えてならない」(神戸赤十字病院・吉田めぐみ)。


前川幸子氏
横国大大学院教育学研究科修了。修士課程では,看護者が成人学習者として学ぶことの意味について取り組んだ。その後,大分大講師,助教授を経て現職。現在神戸市看護大大学院博士後期課程に籍を置き,看護学生の実践的な知の形成過程について探求中である。

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