医学界新聞

連載

2009.08.03

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔 第12回 〕

風邪の仮定:仮に肺炎だとしたら?

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2837号よりつづく

 前回は,急性副腎皮質機能不全の一態として,ステロイド減量中に生じた離脱症候群を取り上げました。今回も,入院経過中の「風邪」を診ましょう。


■症例

Wさんは61歳・男性。朗らかで活動的。限局型ウェゲナー肉芽腫症の治療のためC医療センターに入院中,「風邪」をひいた。

ビニュエット(1)
C医療センターにて

Wさんは入院5か月前,空咳が出ることに気づいた。2か月前から鼻汁,鼻閉,38℃台の発熱が生じ,A内科医院で感冒と診断された。1か月前から耳が聞こえにくくなり,耳痛,めまいに苦しんだ。B耳鼻科医院で中耳炎と診断され,抗菌薬投与と両耳鼓膜切開を受けたが,軽快せず。C医療センター耳鼻咽喉科に紹介され,入院精査となった。

30年前,結核と診断され,薬物療法のため国立病院に1年間入院。喫煙はその入院に先立つ20年間に40本/日。薬物アレルギー,喘息歴なし。身長157cm,体重は3か月で57kgから52kgまで減少。聴診上,背側両下肺で乾性ラ音。胸部X線上,心胸比46%,両側下肺野に線状網状影。両耳混合性難聴あり。鼓膜切開による貯留液は微生物培養陰性。鼻腔生検組織から巨細胞を伴う壊死性肉芽の所見を得た。PR3-ANCA903 EU(正常<10),MPO-ANCA<10EU(正常<10)の結果とからウェゲナー肉芽腫症と診断。検尿異常なし。入院第7病日より,2剤併用療法(シクロフォスファミド100mg/日+プレドニゾロン60mg/日)を開始した。

今後の経過で注意することは?

 Wさんのウェゲナー肉芽腫症は,現在,耳・鼻と肺を中心とする限局型です。腎症状がありませんので,全身型ではありません。今後,壊死性肉芽腫性血管炎が全身に拡がった場合,重要臓器の梗塞や肺・脳・消化管の出血が生じるかもしれません。疾患活動性のモニターにPR-3ANCAが有用です。

 予後決定因子として敗血症と呼吸不全が重要なので,両者の「交差点」となる肺病変に注意します。(1)聴診で乾性ラ音と胸部X線で線状網状影を認めていますから,間質性変化は既に存在し,今後,肺梗塞や肺出血を合併する可能性もあります。(2)ウェゲナー肉芽腫症は,他の膠原病に比較して,二次性肺炎(黄色ブドウ球菌など)を起こしやすく,それが原疾患を増悪させ悪循環となります。(3)Wさんは2剤併用療法を受けていますので,「ダブル・パンチ」の細胞性免疫抑制による日和見感染のリスクがあります。(4)シクロフォスファミドの副作用による間質性肺炎も忘れないようにしましょう。

ビニュエット(2)
C医療センターにて

入院第3週には,発熱と空咳が消失し,プレドニゾロンは40mg/日まで減量となった。第4週より,イソニアジド300mg/日を開始。鼻汁,鼻閉,耳痛,めまいも消失した。第35病日,37℃台の発熱と空咳が出現。Wさんは「大丈夫,大丈夫」と笑った。第37病日,動くと息切れがするため,毎日行ってきた院内の散歩を休み,臥床した。Wさんは「ちょっと風邪ひいたんだよ」と語った。胸痛,下痢,嘔吐,腹痛,皮疹はない。呼吸数20/分,血圧124/74mmHg,脈拍106/分,体温37.5℃,SpO2 92%。Nasal canula2L/分の酸素投与を開始したが,SpO2改善せず。Face mask5L/分の酸素投与でSpO2 94%。胸部X線像に変化を認めない。PR3-ANCA164EU。治療開始前に比較して白血球6,900→10,700/μL,CRP 0.2→3.9mg/dLと推移。RBC,Hb,Hct,Plt,Cre,BUN,AST,ALTは正常範囲内。

息苦しさの原因は?

 「息切れ」だけに着眼しますと,ウェゲナー肉芽腫症の増悪により,例えば心筋梗塞→心不全,あるいは消化管出血→貧血,また腎不全から尿毒症が考えられます。しかし,対応する胸部症状,腹部症状,血液所見を認めません。微熱と咳にはじまり,息苦しさが随伴してきたことから,肺病変による呼吸不全を疑うことが最も自然です。PR3-ANCAが903から164EUまで低下し,耳鼻症状が改善している経過での呼吸器症状ですから,原疾患による間質性肺炎/肺梗塞/肺出血は考えにくく,日和見感染の鑑別を最優先します。

 細胞性免疫抑制による日和見感染としては,細菌では肺炎球菌,緑膿菌,ノカルジア,結核菌,非定型抗酸菌。ウイルスでは水痘帯状疱疹とサイトメガロウイルス。真菌ではカンジダ,アスペルギルス,クリプトコッカス,ニューモシスチスが重要です。レントゲン変化を認めない段階から,息切れと頻呼吸を認め,酸素吸入を行っても飽和度が改善しないという経過は,ニューモシスチス(Pneumocystis Jerovecii)に典型的です。ニューモシスチスは,I型肺胞上皮が産生するムチンに対して親和性を持つため,細胞壁に密着し脱落せず増殖します。このため,早期から酸素分圧PaO2が低下し,肺胞毛細血管酸素分圧較差AaDO2が拡大します。Wさんには抗結核薬イソニアジドが投与されていますが,抗ニューモシスチス薬が投与されていないことが気になります。免疫不全患者では,胸部X線が正常でも,日和見感染を除外する根拠にはならず,躊躇せずhigh-resolution CTを撮影します。

ビニュエット(3)
C医療センターにて

話を遡ること入院第12病日,スルファメトキサゾール800mg/トリメトプリム160mg(以下,ST合剤)の隔日内服を開始したが,第17病日から,激しい掻痒感と発疹が全身に拡がった。ST合剤を中止したところ,数日で軽快。以後,抗ニューモシスチス薬は投与されていない。話を戻し第37病日,HRCTにて両側中下肺野にびまん性のくもりガラス像が汎小葉性に出現,これらが非病変部と区別されるモザイクパターンを認めた。生食吸入誘発喀痰と血液,尿を採取後,ペンタミジン300mg/日の点滴静注を開始。喀痰の細胞診およびRT-PCR法からP. Jerovecii陽性。C7-HRP Antigenemia陰性。結核菌PCR法陰性。培養から一般細菌,真菌は検出されなかった。第43病日,体温36℃台で,呼吸状態も安定したので,ペンタミジン点滴静注をもう1週間継続の後,吸入に切り換える方針とした。

 免疫不全患者が肺炎を起こすと,「念のため」との理由で,抗菌薬+抗結核薬+抗ウイルス薬+抗真菌薬+抗ニューモシスチス薬が一斉に投与されることがあります。実際,ニューモシスチス+サイロメガロウイルスの複合感染はしばしば経験するところなので,Wさんの場合も,ガンシクロビルを併用したい衝動に駆られます。また,抗結核薬の予防投与の継続も必要でしょう。しかし,多重投与の最大の問題点は,どれが本当に当たっているのか見分けが難しいことです。また,副作用が出現した場合の原因薬剤の見極めも厄介です。病原微生物に対する薬品は,ライフルのように狙いを定めて,惜しむように使いたいもの。

ニューモシスチス肺炎の診療

(1)免疫正常者には発症しない。非HIV/AIDSの免疫不全患者では,無治療群の死亡率は90%以上,治療群でも35-50%。
(2)確定診断は細胞診による。生食吸入誘発喀痰→気管支肺胞洗浄液→肺生検の順序で検体を確保し,病理医に「ニューモシスチス疑い」と明確に伝える。培養と感受性検査は不可。
(3)治療の第一選択はスルファメトキサゾール+トリメトプリム。第二選択はペンタミジン。

 今回は,免疫不全を背景に重篤な間質性肺炎を引き起こし,急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の原因にもなるニューモシスチス肺炎(P. Jerovecii)を取り上げました。読者の中には,新しいニューモシスチスの菌種が発見されたのか? と思われている方がおられるかもしれません。Pneumocystis Cariniiは,齧歯類とヒトの間で交差感染を起こさないことから,齧歯類を宿主とするものは従来どおりP. Carinii,ヒトを宿主とするものは,貢献者の名前にちなんで,P. Jeroveciiに命名変更されました。2005年のことです。では,次回最終回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その十二

「ある疾患を診断するために最も大切なことは,まず,その疾患を疑うことだ」という助言は,不思議なことに,臨床の現場では役に立ちません。

調べてみよう!

ニューモシスチス肺炎について
1)発症の危険因子は?
2)発症危険群に対する予防的治療
3)HIV/AIDS患者と非HIV/AIDS患者で,経過,治療,予後はどう違う?

つづく

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