医学界新聞

寄稿

2009.07.27

【寄稿】

国際パピローマウイルス会議印象記

温川恭至(国立がんセンター研究所・ウイルス部)


 私はこのほど「財団法人金原一郎記念医学医療振興財団」より第23回研究交流助成金をいただき,2009年5月10-14日,スウェーデンのマルメにて開催された第25回国際パピローマウイルス会議に参加する機会を得ました。今回は昨年のノーベル医学・生理学賞受賞者であるドイツがん研究センター元総長のハラルド・ツア・ハウゼン博士の特別講演も行われ,世界中から約1700人の参加者が集うこれまでで最大規模の会合となりました。

 遡ること26年,1983年の第2回会議もスウェーデンで開かれており,このときの参加者が実に94人であったことを考えるだけでも,パピローマウイルス研究の発展とその意義をうかがい知ることができます。その1983年と翌1984年にツア・ハウゼン博士らにより初めて子宮頸がんから特定の型のヒトパピローマウイルス(Human papillomavirus,HPV)DNAが発見され,その功績が25年後の授賞理由となりました。

HPVワクチンの適応拡大に期待
しかし,楽観視は禁物

 この間の疫学的・分子生物学的研究から,HPV感染と子宮頸がん発生との因果関係は確定的なものとなり,子宮頸がんは高リスク型(16,18型等を含む約20の型)HPVを原因ウイルスとした性感染症であると広く認められるようになりました。これにより,HPV感染予防ワクチン(以下,HPVワクチン)が対がん戦略として極めて有効なものとなり得ることに疑いの余地はなくなりました。その後,技術的な問題にも見舞われて20年近い年月を要しながらも,ついに第一世代のHPVワクチンが完成し実用化されるに至りました。

 現在80か国以上で承認されている第一世代のHPVワクチンは,特定の高リスク型HPVに対するワクチン(Merck社の対HPV-6,-11,-16,-18ワクチンGardasil(R),およびGlaxoSmithKline社の対HPV-16,-18ワクチンCervarix(R))で,海外の大規模臨床試験の約7年間の成績では対象となるHPV感染をほぼ完全に予防しています。

 一方,これら第一世代HPVワクチンに関して,現プロトコル(0,2,6か月の3回接種)での長期間にわたる有効性と型特異性に関する問題――HPV-16,-18の感染による子宮頸がん(世界的には約70%,日本では約60%以下)には効果が期待できるが,その他の型のHPV感染に対しては効果が弱い,あるいは全くないこと――が懸念されていました。

 今回の会議では第一世代ワクチンが2回接種プロトコルでも十分効果的である可能性と,他の高リスク型(HPV-31,-33,-45,-51)に対しても予想以上に交差免疫を誘導することが報告されました。これは,今後世界的な普及とより完全な予防効果をめざす上で朗報となります。

 HPVワクチンの実用化により,一気に子宮頸がん撲滅の機運が高まっています。しかしながら,このワクチンは既感染者には無効であることや,HPV感染が性交渉開始後の50-80%の女性で見られるほど蔓延していることなど問題は残されています。検診率の向上やよりよいスクリーニングシステムの確立と合わせて,前がん病変をも対象とした新たな治療法の開発が今後の課題です。

有効な分子標的治療につながる研究報告

 子宮頸がんの90%以上から特定の高リスク型HPV DNAが検出され,これにコードされるウイルス性遺伝子E6,E7が構成的に発現していることが明らかになっています。E6,E7は重要ながん抑制遺伝子産物であるp53,Rbをそれぞれ不活化し,子宮頸がん発生およびがん形質の維持における責任因子と考えられています。E6,E7は多機能蛋白であり,他にもさまざまな細胞性蛋白を標的化することで細胞の不死化からがん化に至る多くの過程に関与していることが年々明らかになってきました。今回も新たな標的蛋白に関する報告があり,発がんにおける機能的重要性があらためて示されました。

 そのため,がん特異抗原であるE6とE7に対する分子標的治療の有効性が大いに期待されます。以前からRNA干渉法を用いてE6,E7遺伝子の発現抑制を行う治療法が提案されていますが,薬物送達システムの確立が依然乗り越えなければならない大きな壁となっています。そこで,E6,E7の作用機序に関する分子基盤をベースにした治療法の開発が待たれていました。

 高リスク型HPVのE6はE3ユビキチンリガーゼであるE6AP(UBE3A)と結合しE6APの基質特異性を変えるアダプターとして働き,p53のユビキチン化と分解を促進することがわかっています。今回,このE6/E6APの相互作用を阻害する合成化合物の開発と化学療法への応用の可能性が報告されました。また,これまで子宮頸がん発症に関与する宿主因子としてエストロゲンが指摘されていますが,エストロゲン受容体に対する拮抗因子に治療効果があることがマウスを用いた系で示されました。

 いずれも実用化には課題を残しており,今後のさらなる検討結果が待たれます。E6,E7の一部を組み入れたキメラウイルス様空粒子を用いた治療ワクチンも既に考案されており,現在臨床試験が進行中です。

HPVワクチンの開発成功は1つの通過点に過ぎない

 HPV DNAの宿主染色体への偶発的な組み込みを典型とするE6,E7の構成的発現をもたらすイベントが,悪性進行における実質的な律速段階となっていると考えられています。高リスク型HPV感染以外にがん化における主要なリスク因子として,何らかの遺伝的要因が存在する可能性が提唱されていますが詳細は不明です。今後は予防・診断上の意義からも,このようなリスク因子に関する課題に取り組んでいく必要があります。

 また,生殖器,口腔,喉咽頭等の上皮に感染する粘膜指向性の高リスク型HPVは,子宮頸がんの他にも肛門周囲がん,陰茎がん,一部の頭頸部がんからも検出されており,ヒトの全がんの5%強,女性のがんに限ると10%強において強い因果関係が示唆されています。したがって,これら高リスク型HPV感染をワクチンにより予防するとともに検診による持続感染病変・前がん病変の早期発見と治療を徹底することは,広く対がん戦略として重要かつ効果的であると考えられます。

 今回の会議では,有効な予防ワクチンの開発そのものがHPV学のゴールではないという合意形成がなされました。これを踏まえ,今後も次世代のHPVワクチンや新たな診断・治療法の開発のためにもHPV感染ならびに発がんの自然史,さらにウイルス蛋白の機能に関する分子基盤の全容解明をめざしていこうと宣言され,閉会しました。

挑戦的な研究姿勢が成果を導く

 ツア・ハウゼン博士はその講演の中で,子宮頸がんからHPV DNAを発見した経緯についてほとんど触れることはありませんでした。72歳の博士はヒトにがんを引き起こす感染性病原体の探究をライフワークとされており,HPVに限らず現在も精力的に新たな研究活動を展開中です。今回の会議に出席して得た最も意義あるメッセージの一つとして,多くの博士らに共通するこの挑戦的な研究姿勢をとどめておきたいと思います。


温川恭至氏
1998年筑波大大学院生物科学研究科にて学位取得後,理化学研究所奨励研究員を経て,99年から約4年間米国NIH,NCI-Frederickにて外来研究員。2003年から現職。ヒトパピローマウイルスがコードするがん蛋白質の機能解析をもとに,上皮角化細胞の増殖・分化機構に関する研究に臨んでいる。

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