医学界新聞

連載

2009.07.06

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔 第11回 〕

危機を間一髪で回避:あとどれくらいしす?

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2833号よりつづく

 前回は,全身性アミロイドーシスに学びました。慢性疾患を持つ患者が「風邪」を引くと,慢性疾患の増悪を招き,入院診療が必要になったり,集中治療の対象となったりします。したがって,腕の良い臨床医は,「風邪」の訴えを軽視しません。今回は,入院診療における「風邪」を取り上げてみます。


■症例

Uさんは27歳・女性。家業の印刷工場で事務職。ネフローゼ症候群の治療のためC医療センターに入院中,「風邪」の症状が出現した。

ビニュエット(1)
C医療センターにて

Uさんは,半年前から,尿の泡立ち,体のむくみを自覚。2週間前,近医でネフローゼ症候群と宣告され,精査治療目的でC医療センターに入院。今回のエピソードまで生来健康。喘息の既往,薬物アレルギーはない。身長156cm,体重55kg,血圧124/74mmHg,脈拍76/分,呼吸数12/分,体温36.5℃,両下腿に浮腫あり。入院第2病日,腎生検施行。病理診断に基づき,7病日より,ヘパリン皮下注10,000単位/日とステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン点滴静注1,000mg×3日間)を開始。10病日,ステロイドをプレドニゾロン内服40mg/日に切り換えた。

ステロイド治療の注意点は?

 ステロイドは,効くとわかっていても,自分には使用してほしくない薬の筆頭でしょう。副作用が多岐にわたり重大だからです。だからこそ,基本は,(1)使わないで済むなら,使わない。(2)使用する場合,最小量を選択する,この2点に尽きます。寛解導入後,他の免疫抑制剤への変更が可能であれば,積極的に切り換えを検討します。Uさんも受けた初期大量-漸減-維持のプロトコールは,最初に最強の免疫抑制と抗炎症作用で病勢を完全に抑え込み,以後,再燃せずに副作用も最小となる量まで減量していくことにより,結果的にステロイドの総投与量を最小化する戦略です。

 ステロイドの副作用には,易感染性,血栓形成,消化管潰瘍,膵炎,耐糖能悪化,血圧上昇,筋力低下,無菌性骨壊死,骨粗鬆症,緑内障,白内障などがあります。女性の場合,月経への影響,さらに美容の観点から,中心性肥満・満月様顔貌・野牛肩といった体型変化,★瘡・多毛・脱毛・皮下溢血・紫斑といった体表面変化に対する配慮も欠かせません。まれに,悲哀や抑うつを生じたり,反対に,活動性亢進や躁を引き起こすことがあります。多くは一過性ですが,ステロイドの減量や向精神薬の処方を要する場合もあります。最後に,もう一つ,決して忘れてはならない重大な副作用があります。それは何でしょう?

★……病垂れに「坐」

ビニュエット(2)
C医療センターにて

入院第11病日,「頭がぼーっとし,体がだるい。風邪をひいたよう」との訴えがあり,氷枕を使用した。呼吸苦,鼻汁,鼻閉,咳,咽頭痛はみられない。体温36.6℃。12病日,食思不振となり,摂食量50%。13病日,深夜2時,動悸と体熱感の訴えあり。体温39.0℃,脈拍100/分,呼吸数16/分,SpO2=98%(室内気下)。当直医が血液培養2セットを採取した。アセトアミノフェン200mg内服。翌朝,体温37.4℃,血圧102/56mmHg,呼吸数12/分,SpO2=97%(室内気下)。食思不振のほか,腹痛と便意頻回の訴えあり。咳,呼吸苦,胸痛なし。咽頭の発赤なく,腹痛の局在は不明瞭で圧痛もなし。腹部超音波で肝胆膵腎脾の形態に異常を指摘できず。WBC12,100/μl,Hb14.6g/dl,Hct44.0%,血糖82mg/dl,LDH220IU/l,Amy103IU/l,Lipase27IU/l,便潜血陰性。

必要な検査と治療は?

 日単位で症状の進展がみられる頭痛,食欲不振,腹痛,発熱,頻脈,血圧低下の布置は,どう考えても,副腎皮質機能不全(以下,副腎不全)でしょう。ステロイド治療中なので,視床下部-下垂体抑制による機能的副腎不全を考えます。プレドニゾロン40mg/日といえば生理的必要量の8倍以上に相当しますが,それがUさんのストレスの現状に見合わなければ,相対的副腎不全を生じます。一方,ネフローゼ症候群→凝固能亢進→副腎梗塞,あるいはヘパリン投与→副腎出血の機序による器質的副腎不全の可能性も否定できません。

 鑑別としてi)感染,ii)肺血栓塞栓症,iii)膵炎を挙げます。もちろん,ステロイド治療,特にパルス治療でも白血球は増加するので,WBC12,100/μlは必ずしも感染を示唆しません。Uさんは,ネフローゼ症候群+安静臥床+ステロイド治療のため肺血栓塞栓症の高危険度群です。しかし,ヘパリンが投与されているなか,呼吸苦,胸痛,咳の訴えはなく,呼吸数,SpO2にも異常がないので,現段階で深追いは無用です。腹部圧痛なし+腹部超音波正常+膵酵素正常ですから,膵炎の可能性は低いでしょう。結論として,副腎不全を疑い,a)血清コルチゾールの測定とACTH負荷試験を施行した後,b)プレドニゾロン40mg/日を60-80mg/日まで増量します。

ビニュエット(3)
C医療センターにて

入院第14病日,22時,動悸と体熱感の訴えあり。23時,発汗著明で,意思の疎通が取れないため,当直医コール。体温40.0℃,血圧80mmHg(触診),脈拍100/分。意味不明の発言,舌なめずり,間歇的な両眼球上転と四肢の強直間代性けいれんあり。血糖60mg/dl。ジアゼパム5mgおよびグルコース20gを静注し,5%糖液の点滴静注を開始。ドパミン5γを開始するも,血圧低下。ドパミン10γにノルアドレナリン0.1γを併用し,血圧80mmHg(触診),脈拍140/分。15病日2時,連絡を受けた主治医が来棟し,血液検体の採取・保存後,ヒドロコルチゾン100mg静注。6時,ヒドロコルチゾン100mg静注。体温36.3℃,血圧100/70mmHg,脈拍80/分。Uさんは朝食を全量摂取した後,受け持ちの看護師に「何が起こったかわからないけど,風邪でぐったりしているうちに,気を失った」と話した。同日よりプレドニゾロンを60mg/日に増量。以後,同様の症状は出現せず,ネフローゼ症候群も寛解。プレドニゾロン20mg/日まで漸減となった29病日,退院。退院時,主治医はステロイド内服について注意してほしい3点をUさんに伝えた。

ステロイド内服の3つの注意点とは?

 ステロイド治療中の患者に対する退院時服薬指導はとても重要で,(1)自己判断でステロイドを中止したり減量したりしない。(2)嘔吐や下痢などにより内服が困難となった場合,坐薬や注射薬への変更が必要。(3)ストレス(過労,睡眠不足,発熱,感染,外傷,事故,手術)の程度に応じて,ステロイドの増量が必要になることがある。この3点を,本人だけでなく,家族や介護者とも共有し,気軽に電話連絡できる態勢を取ります。ちなみに,受験,洪水,地震,戦争,テロもステロイド需要を高めるストレスです。

急性副腎皮質機能不全の診療

(1)ステロイドの副作用といえば,最初に離脱症候群(Withdrawal Syndrome)。見逃せば,確実に死を招く。
(2)急性腹症として診療されたり,心原性/敗血症性ショックと誤診されることが多い。逆に,これらの鑑別にAdrenal Crisisを必ず入れておこう。
(3)大量輸液+カテコラミン投与では救命不可能。診断確定を待たずに,ヒドロコルチゾン200mg/日(持続または2-4回に分割)を開始。

 医の原則は「First, do no harm」。医原性(Iatrogenic)に生じてくる病態の見落としこそ,避けたいもの。ちなみに,日本では,Iatrogenicを「イアトロジェニック」と発音し,「イアトロ」という業界用語まであります。英語圏に出てみると,そのような発音は存在しないことを知り,愕然とします。人生の二度手間になるような教育は,卒前であっても,卒後であっても,してほしくないものですね。では,次回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その十一

Life is short, and the Art long; the occasion fleeting; experience fallacious, and judgment difficult. -Hippocrates “Aphorisms" Section I-

調べてみよう!

急性副腎皮質機能不全について
1)確定診断のためのコーチゾール検査とACTH負荷試験
2)なぜ腹痛が生じるのでしょうか?
3)Waterhouse-Friderichsen syndrome

つづく

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