医学界新聞

2009.06.22

集合研修とOJTの循環型プログラム
NTT東日本関東病院(東京都品川区,606床)


KYT研修と同行研修 連続するのには訳がある

 「病室を見て,何か感じることはある?」「この棚の扉の角,頭がぶつかりそう」「壁のこのあたりには傷がたくさんついているから,きっとぶつかることが多いんだろうね」「点滴スタンドは,床の材質によってはスムーズに動かないなぁ」

 看護師として入職して3週目。7-8人のグループに分かれ,デジタルカメラを手に病室や廊下などに潜む危険を探す。患者役の1人は車椅子に乗り,もう1人は点滴スタンドを持って移動しながら,療養具の危険性も探る。初めは遠慮がちだった新人看護師たちも,指導者の問いかけやアドバイスを受けながら,次第に積極的に危険を探すようになっていった――。

 NTT東日本関東病院では,新人看護師研修に危険予知トレーニング(KYT)を取り入れている。ねらいは「危険を予測して対応できる」こと。医療安全の意識を高めるには,“事前に予知する”力をつけることが重要だ。どういう場所でどのような視点を持てばよいのか,自分たちの気付きを意味付けすることで,危険への感度を高める機会となっている。

病室の壁にキズを見つけ,パチリ。写真を撮った理由も記録する。
 研修ではまず病棟に行き,患者や医療者にとって危険だと感じた箇所を写真に撮る(写真)。病棟から1時間程度で戻ってくると,グループごとに写真を示しながら気付いたことや何(どこ)が危険なのかを発表する。その後,医療安全委員会のメンバーがKYTの意図や移送の原則などについて30分間程度の講義を行う。まず“自分で体験する”ことを大事にしているのだという。

 KYTの翌日には,同行研修を実施する。同行研修とは,配属部署の指導者の業務に1日つく見学研修のことで,その目的は「患者さんの生活を理解する」「看護師の業務を知る」「看護師の役割を知る」の3つ。KYTと同行研修を連続して行うのは,KYTを通して病棟の構造を知っておくことで,同行研修で看護業務を見学する際に,指導者がどのようなことに気をつけて業務を行っているのか,医療安全の視点からも観察することができるからだ。

 その翌日には全体カンファレンスを持ち,同行研修を通して学んだ看護師の役割について,皆で話し合う。教育担当の高橋恵子氏は,「配属先でつかんできたそれぞれの部署の特徴を共有することで視点を拡大し,看護の役割を知り,専門職として自分がめざす看護師像をつかむきっかけにしてほしい」と語る。新人看護師からは「患者さんにかかわっていくなかで,自分が何を大切にしたいのか,看護師として何ができるのか,何をしなければいけないのかを考える機会になった」との手応えがあった。また,「いろいろな部署の話を聞くことで,各部署のオリジナリティを共有できた」という声もあがっているという。

“教育体制の充実”は病院選びの大きなポイント

 同院の3か月にわたる新人看護師研修の目的は,「看護実践に必要な基本的知識・技術・態度を身につけ,職場に適応できる人材を育てる」こと。(1)看護の基盤づくり,(2)看護技術教育,(3)医療安全の徹底,(4)職場適用の促進と精神的支援,を柱にした,集合教育と臨床でのOJTを効果的に組み合わせたプログラムとなっている(図1)。高橋氏は「『新人教育が充実しているから』『認定看護師・専門看護師がたくさんいるから』などの動機で入職してくる新人看護師が多い」と話す。自身の看護技術や臨床現場での適応などに不安を持つ学生が多いとされる今,“教育体制の充実”は病院選びの必須条件となっている。そのため,各病院においてさまざまな新人教育のあり方が模索されているが,同院でも毎年教育プログラムを見直し,ブラッシュアップを図っている。

図1 新人看護師研修の3か月間のプログラム(2009年度)

 まず,今年の研修に新たな試みとして取り入れたのは,2日目の「研修計画説明」だ。集合教育の概要を説明するとともに,配属部署の先輩がそれぞれの新人看護師に対し,部署でどのような研修を行うのか説明を行った。3か月間の研修でどんなことを学ぶのか,先を見通しながら研修に臨めることと,先輩と早い段階で顔を合わせる機会を持つことで良好な関係を築けるように,という意図がある。

循環型の技術研修
 基礎看護技術は,「トレーニングラボ室での集合研修1日と,配属部署での実習2日」という3日間を1セットとし,それを5回にわたって行うという循環型の研修で習得する。配属部署での研修終了後にはカンファレンスを行い,振り返りを行ったり,研修中に生じた疑問を解決したりする場としている。

 今年は病棟とのさらなる連携を図るために,研修計画も配属部署に早めに提示した。昨年の部署評価では研修期間全体の短縮を求める声が多く,当初配属部署での研修を1日とする案を提示したが,「基礎看護技術についてはじっくり時間をかけたい」との部署からの要望で2日かけることになった。また,指導者が早めに調整を行い,新人看護師は数多くの看護技術を実践することができたという。

夜勤研修で看護の連続性を知る
 13週目には,夜勤研修が行われる。同院の新人看護師が実際の夜勤に入るのは9-10月。にもかかわらずこの時期に夜勤研修を行うのは,看護の連続性を理解してほしいという願いがあるからだ。2007年に新人看護師を対象に調査を行った際,入職して3か月ごろに許容量を超えた業務分担を感じ,つらいと感じていることが明らかになった。実際には業務を行えていても,看護の役割を理解できていないことが不安要因になっていることがわかり,まず集合研修において,前述したような看護の役割を考える機会を設けた。

 さらに,患者の入院生活は24時間連続しているにもかかわらず,3か月目の新人看護師が業務につくのは日勤帯のみ。それが,患者の生活や看護業務の連続性を見えにくくしているのではないかと考えた。「夜勤に入ってから初めて看護の全体が見えた」という新人看護師の声も聞かれたため,配属部署での本格的な勤務が始まる直前に夜勤研修を取り入れることになった。「準夜帯と深夜帯を1回ずつ経験することにより,日勤帯が三交替制で行っている勤務の一部であるということがわかる。看護の連続性に気付き,勤務帯の切れ目でどのような連携をとって情報共有を図っているのかを知ることで,患者さんを中心としてチームで看護を行っていること,連携を取り継続することで看護が成り立っていること,そして,報告・連絡・相談が欠かせない重要なことだと知ってほしい」と高橋氏。さらに「日勤帯よりもスタッフの数が減り,体制自体がコンパクトになっているなかで,患者さんが安全・快適な入院生活を送るために,指導者が何を優先し,どのように動いているかを見てほしい」と語る。

カンファレンスで振り返りの機会を
 集合研修にさまざまなカンファレンスが盛り込まれていることも,同院の新人看護師研修の特徴だ。「やってみて! 考える! みんなで作るカンファレンス」がモットーで,研修の節目節目に取り入れている。

 研修期間中に毎日行われるカンファレンスは情報共有,疑問の解決の場として位置付けられている。また,7週目には,これまでの集合研修やOJTを振り返る“総合カンファレンス”を実施し,看護に関して疑問に思ったことや掘り下げたい知識などをテーマに,グループで話し合う。ここでは,思考のトレーニングとして,なぜそのように考えたのか,文献や先輩のアドバイスを参考にしながら根拠を明確に論理立ててまとめ,その後発表と意見交換を行っている。新人看護師からは「疑問に思ったことや気づいたことを共有し,ディスカッションすることで,自分の考えを深めることができる」との感想が挙がっているという。

教育体制は看護倫理が基盤

 同院は2000年からキャリア開発として「臨床実践能力修得段階モデル」を導入している(図2)。4つに分かれたステップごとに必修の研修プログラムが組まれており,臨床能力,教育研究能力,リーダーシップ能力を身につけながらキャリアアップしていく。

図2 臨床実践能力修得段階モデル

 この「臨床実践能力修得段階モデル」の中で,新人看護師はステップⅠを修得中と位置づけられている。ステップⅠ,ステップⅡの修了時には“ステップアップ研修”として筆記試験と実技試験が行われる。ステップIIIが“プライマリナース”という同院が職員に求める“到達してほしい看護師像”で,ステップIIIの修了が認定看護師などの特定分野,教育指導者,看護管理者など,自分の方向性を決める段階と想定している。

 2008年に行った改定では「すべてのステップの基盤には看護倫理がある」ことを盛り込み,各ステップごとに看護倫理に関する到達目標を掲げた。“ステップアップ研修”のなかにも自分のめざす看護を振り返る機会を設けるなど,全体の教育体系の中に「看護観を養う」ことを盛り込んでいる。

課題は部署との連携,個々の教育指導力の向上

 OJTは,トップダウン式ではなく,各部署の裁量に委ねられている部分も多い。それだけに,各部署との密な連携が研修プログラムの成果を左右する。配属部署における教育体制の調査や新人看護職員研修の評価は行っているが,それらの結果を十分に生かし,より充実した研修プログラムを組むことが今後の課題だと高橋氏は語る。

 また,「新人教育だけでなく臨地実習等における教育指導力を高めていく働きかけも不可欠」だ。在院日数の短縮や医療技術等の進歩に伴い目まぐるしく変化する医療現場において,「基礎教育と臨床現場の乖離」という言葉が使われるようになって久しい。新人看護師を迎える側にとっても,新人の不安や緊張をいかにほぐし,現場に定着させていくのかが大きな課題となっている。高橋氏は「基礎教育機関に技術研修する場を提供したり,医療安全教育の講師を派遣するなど,現場から見た教育を臨床側から発信できるような機会があるといい」と話す。送り出す側,迎え入れる側,双方の願いは同じ。今後の新たな展開を期待したい。


高橋恵子氏
NTT東日本病院手術部看護長を経て,2006年より教育専任看護長。07年より,看護部・教育支援開発部門が発足し,担当副看護部長のもと,主任とスタッフの3人で活動を開始した。現職4年目を迎え,教育専任となった年の新入社員は今年4年目となった。大きく成長したものだと喜びを感じている。

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