医学界新聞

インタビュー

2009.06.15

【interview】

科学的な判断力を持って,最適な治療を選択する
――外傷治療学の現在

糸満盛憲氏(北里大学医学部主任教授・整形外科学)に聞く


 科学技術のめざましい発展に伴い,診断・治療手段や骨折治療機器等が急速に進歩している外傷治療学。その知識や技術の日々の修得・更新が必須とされるが,実際には系統的な外傷治療の教育は行われてこなかったのではないだろうか――。

 このほど,臨床で遭遇するさまざまな外傷に対する治療について包括的・系統的に著した『運動器外傷治療学』が発刊された。本書の編集者である糸満盛憲氏に,外傷治療学の最近の動向や,現代社会において整形外科医に求められる役割などについてお話を伺った。


――糸満先生は,どのようなきっかけで整形外科に進まれたのでしょうか。

糸満 整形外科に興味を持ったのは学生時代で,1968年2月に行われた天児民和先生の最終講義がきっかけです。講義のテーマは「骨折治療の変遷」だったのですが,大学の教授が骨折の話をするのは当時も今もほとんどあり得ないことです。また,その翌年に西尾篤人先生が赴任されてきて,ご専門の股関節外科の話を聞き,整形外科は面白そうだなと思ったということがありました。

 そのような環境にはいましたが,当時は精神科に進むことを考えていました。卒業後はまず,全身管理を学ぶために麻酔科の研修に進んだのですが,その2年間で整形外科に希望が変わり,研修を終えた1972年に,学生時代から慕っていた山本真先生が初代教授として移られた北里大学の整形外科に入りました。

――北里大学の整形外科では,どのような診療を行っていらっしゃいますか。

糸満 本学の医学部は1970年の開設で,私が入った当時,外傷や骨折治療にも積極的に取り組むという,従来の大学では考えられないようなことを始めていました。これは本来の整形外科の姿ですが,実際には扱う疾患が骨腫瘍のみ,あるいはリウマチのみ,という大学も多いのです。本学は,現在も骨折から先天性疾患まですべてを網羅しようという方針です。ただ,悪性腫瘍はほとんど扱っていません。腫瘍の治療には,化学療法,放射線治療,手術療法など集学的治療を行うための複合的なチーム力が求められます。ですから,神奈川県立がんセンターや国立がんセンター中央病院など,近隣のがん診療連携拠点病院に治療を委ねています。

 私が教授に就任してからは,股関節外科と外傷外科,移植外科の3本柱で診療を行っています。特に外傷外科については,私が1994年からAO Foundation(MEMO1)の日本代表理事を8年間務めたこともあり,先進的に取り組んでいます。

MEMO

1)AO Foundation
 AOとは,骨折治療の基礎,臨床的研究グループを意味するドイツ語のArbeitsgemeinschaft fur Osteosynthesefragen(英語名ASIF: Association for the Study of Internal Fixation)の頭文字をとったもの。1958年,13人の外傷外科医によって創設された骨折治療に関する研究グループがもとになっており,スイスのダボスに本部を置き,骨折治療の研究や開発のほか,世界中で教育活動を行っている。

骨折には個性がある

――外傷外科に長年かかわってこられて,はじめのころと比べて変わってきたことはありますか。

糸満 以前は単発の骨折が主でしたが,1980年代に入って車社会化が進み,重症外傷の患者さんが急増しました。本学の救命救急センターができたのもちょうどその時期です。現在救命救急センターで扱っている外傷の多くは,交通外傷や転落事故です。最近は交通事故そのものの減少に伴い,重症外傷の頻度は下がってきていますが,車の走行スピードは上がっているので,いったん事故が起きると非常に重度の外傷になりがちです。

 交通外傷は骨盤損傷や脊椎損傷などの重症外傷に加え,胸部や頭部の外傷を合併していることが多いので,全科の医師が一緒に治療に当たらなければいけません。整形外科でも,スタッフの1人を必ず救命救急センターに常駐させています。

 さらに,救命救急センターに患者さんの治療の優先度を決めるチームリーダーを置くことで,1人の患者さんにチーム全体でかかわることができるようになりました。そうした体制を整えた上で,damage control surgery(MEMO2)の考え方に則って治療を分担して行っています。

――このたび,糸満先生が編集された『運動器外傷治療学』が出版されました。外傷治療とひと言で言っても,非常にバラエティに富んでいることがわかります。

MEMO

2)damage control surgery
 出血性ショックからの離脱が困難な重度外傷症例に対して行われる集学的・段階的な治療戦略。止血や汚染保護のみを目的とした初回手術,集中治療と経カテーテル的塞栓術などの追加止血術,二期的手術の3要素から成る。ICUにおける集中治療を優先して全身状態を改善した後に,根本的手術を行うことが救命率の向上につながるという考え方にもとづく。

糸満 整形外科は「骨折に始まって骨折に終わる」と昔からよく言われますが,それは,骨折には1つとして同じものがないからです。例えば同じ脛骨,大腿骨の骨折でも,その部位あるいは受傷機序によって,骨折の形も程度も軟部組織の損傷の程度も変わります。単一のストラテジーだけで治療が完成するものではなく,それぞれをきちんと評価して治療方針を立て,迅速に治療に当たる必要があるのです。臨機応変な対応と,じっくり考えること,2つの要素が求められるので難しいですが,非常に面白い部分でもあります。

新しい治療法が持つ特長と課題

――整形外科領域では,近年インプラント・再生治療などの進歩により,治療法も日々進歩しています。骨折治療の分野では,AOが開発した低侵襲固定システム(LISS;Less Invasive Stabilization System)やロッキングコンプレッションプレート(LCP;Locking Compression Plate)などの内固定器が非常にセンセーショナルに日本に入ってきましたが,現在の動向をお話しください。

糸満 新しいインプラントとしてのLCPは確かに優れたインプラントで,最近は形状もそれぞれの骨の形状にあった解剖学的なものになり,使用しやすくなっています。しかしこれらの客観的評価は必要で,当院でも,LCPを使った失敗例がたくさんあります。

 LCPは,インプラント同士が機械ねじで止まる仕組みを持った固定材です。スクリューをプレートにロックすることができ,角度安定性があってスクリューがまったく揺れないというのが大きな特徴です。しかし,ロッキング機構を持たせようとするがために,必然的にプレートを厚くせざるを得ないのです。ですから,例えば鎖骨や脛骨の前面のような皮膚の薄い部分にロッキングプレートを置くと,過度に盛り上がってしまいます。また,手関節の橈骨遠位端骨折の場合もプレートが分厚くなることによって,正中神経の障害を引き起こすことがあります。ほかにも,足関節外側の腓骨にロッキングプレートを使って傷が開いてしまったということがありました。

 また,従来はプレートのスクリューを反対側の皮質まで通し,片側3本で6皮質を固定するという原則があったのですが,最近はモノコーティカルスクリューという皮質骨の手前のみに効くスクリューが用いられるようになりました。これには「大腿骨や脛骨など太い骨で,皮質骨がしっかりしている若い人にのみ」という適応がきちんとあるのですが,安易に用いられることが多く,骨が癒合する前にプレートがはじけてスクリューが抜けてしまうということが起きています。

 さらに,材質についても今後の検討が必要です。現在日本に入ってきているロッキングスクリューはすべて純チタン製です。チタンは柔らかく,弾性があって骨との親和性がよく,骨の癒合が非常によいという特長があります。しかし,そのためにかえって骨がスクリューにくっついてしまい,スクリューが抜けなくなったり,抜くときに再骨折を起こしたりすることが報告されています。ですから,部位と骨折型をよく考えて使用することが重要です。私たちは,骨幹部から骨幹端骨折まではすべて髄内釘,髄内釘の適応にならないような関節端の骨折を含む骨幹端部の骨折はロッキングプレートと,適応を完全に分けています。

 今は骨幹部の粉砕骨折でも,長いプレートをすべり込ませてスリッピングテクニックで上と下だけを止めようという治療法がありますが,上と下をスクリューで止められるなら,髄内釘でも止まります。ですから,骨幹部骨折,あるいは骨幹端部骨折では,髄内釘で止められないようなもののみプレート固定を用いればよいと思っています。

■系統的な外傷治療学教育の確立を

――日常の診療において,若手医師を指導される上で気をつけていらっしゃることはありますか。

糸満 若手医師への指導で大事にしているのは,「よく考える」ということです。今は情報があふれているので,文献に書いてあることや新しく学会で聞いてきたことを,若い医師はすぐに実践したがる傾向があります。しかし,新しいことが必ずしも正しいとは限らない。それを科学的な根拠に基づいて評価できる目を持っていることが非常に重要です。

 新しい機器が発売された場合も同様です。患者さんに本当に使っていいものかどうか,最終的な判断をし,責任を持つのは医師なのです。患者さんも新しいことはいいことだと思い込んでいるふしがありますが,若い医師には「自分がやってみたいと思う治療法が,最良の治療法なのではない」と口を酸っぱくして言っています。

――新しい技術やそれらの評価の共有は,どのようになされているのでしょうか。

糸満 新しい治療法や技術については,学会等で積極的に取り上げられるようになっています。はじめの2-3年は「使ってよかった」という発表しか出てきませんが,しばらくすると「こんな問題が起こっている」ということが取り上げられるようになります。最近,日本骨折治療学会では毎回新しいインプラントの問題点が取り上げられています。

――糸満先生は,日本骨折治療学会の初代理事長を務められましたが,現在の学会の状況はいかがでしょうか。

糸満 日本骨折治療学会は1978年に始まった骨折研究会がもとになっていて,骨折治療研究会を経て,1992年に日本骨折治療学会という現在の名称に変更し,現在は会員数が3000人を超す学会になりました。学会発表の演題数も700-800と年々増え,極めて活発な学会です。ただ,学会発表は若手医師の登竜門のような位置づけにあるためか,「新しい骨折治療機器を使ったらよかった」という内容のものが多いのです。「学会」という名称を冠する以上,もう少しアカデミックな意見を交換する場にしなければいけないと考えています。

――アカデミズムを促進するには,どのようなことが必要でしょうか。

糸満 アカデミズムの構築が遅れたいちばんの原因は,大学の整形外科学教室で外傷治療に力を入れているところが少ないことです。外傷はどこでも日常的に起こっていることなので,当然整形外科医皆が取り組まなければいけない病態なのですが,実際には外傷治療に関する研究を行っている大学は少ないのが現状です。ですから,学部教育における系統だった外傷教育もきちんとできていないと言えます。卒後も,自己流で治療を行っている診療部長や医長のやり方を学ばざるを得ない。若い医師たちは正しい知識と技術に飢えていると感じます。

――そのような状況のなかで,現在どのような教育活動が行われているのでしょうか。

糸満 現在,外傷の病態や骨折治療に関してきちんとした見識を持って先進的に教育活動に取り組んでいるのが,スイスに拠点を置くAO Foundationです。同財団はAO Courseという骨接合法に関する教育活動を行っており,日本では1987年の第1回開催以来,3000人を超える外科医が受講しています。

 AO Courseは通常3日間以上のプログラムで,Lecture(約20分ごとの専門別講義),Practical Exercise(骨モデルを使用した各AOシステムの実技実習),Case Discussion(実際の症例に対しての質疑応答および検討会)で構成されています。講師だけでなく,Practical Exerciseには各テーブルにインストラクターが2人つき,ケースディスカッションにもアドバイザーが参加します。充実した内容で,学ぶべきところの多い研修です。

 日本骨折治療学会でも,一昨年から1泊2日の研修を開始しましたが,AO Courseのようなプログラムを組むには莫大な費用がかかるため,現在は講義と質疑応答にとどまっています。それでも,参加したいという要望が多いため,今年の第3回目を開催するにあたっては,過去2回の研修を受けた人を対象にアドバンスコースを設け,短い講義とケースディスカッションを行い,少人数制の全員参加型の研修を実施しようと企画しています。

転倒予防と骨粗鬆症の治療・予防が急務

――最後に,少子高齢化などの社会の変化のなかで,整形外科医にこれから求められる役割についてお話しください。

糸満 外傷治療にかかわることでは,脊椎の圧迫骨折,橈骨遠位端,大腿近位部の頚部・転子部,肩・上腕骨近位端,それから大腿部遠位端などの骨折に代表される高齢者骨折があります。中でも最も多いのは脊椎の圧迫骨折,橈骨遠位端骨折,大腿部近位部骨折の3つです。高齢者には骨粗鬆症の人が多く,骨が脆くなっている上に転倒しやすい。若い人の場合には相当大きな力が加わらなければ折れない大腿骨近位部でも,高齢者の場合は立った高さから倒れただけで折れてしまうことがあります。転倒による大腿骨近位部骨折は,寝たきりの原因としてとても多いのです。

 さらに,寝たきりになると認知症を合併しやすいので,今,介護現場でも大きな問題になっています。ですから,高齢者に対する骨折治療は,できるだけ早く手術をして,とにかく1日も早く車いすに乗れるようにする。寝かしておくほど認知症が発生したり,感染症で命を落としたりすることになります。やはり,歩いて棺桶に入るぐらいまでは頑張ってもらわないと(笑)。

 また,動けなくなった患者さんは力学的な負荷がないため,骨粗鬆症もどんどん進みます。ですから骨粗鬆症の予防や治療も大切です。ところが,骨粗鬆症は無症状のため治療がなかなか難しく,患者さんが薬の服用を継続してくれないことが多いのです。

 ある調査では,大腿骨近位部骨折の患者さんに骨粗鬆症薬の内服治療を始めても,骨折が治ったら1年後の服薬継続率が非常に下がるという結果が出ています。骨折の治療を行った医師が治療の大切さを一生懸命話しても患者さんの自覚につながらず,また骨折を起こすという悪循環になってしまうのです。患者さんの自覚を促すためには,その後の治療を託した近隣の整形外科医や内科医との連携も大事なポイントでしょう。

 骨粗鬆症の骨折にも,最近使われ始めたロッキングプレートは極めて効果的ではありますが,やはり今後は骨粗鬆症そのものと転倒を減らしていくことを検討する必要があります。

(了)


糸満盛憲氏
1970年九大医学部卒。同年九大麻酔科研修,72年北里大整形外科,85年同助教授を経て,93年より現職。日本骨折治療学会理事。主な専門領域は股関節外科,外傷外科。『AO法骨折治療』(医学書院刊,原書名:AO Principles of Fracture Management)の日本語版総編集など,手がけた著書・翻訳書は多数。

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