医学界新聞

寄稿

2009.04.27

【Controversial】

コモンディジーズの診療において議論のあるトピックスを,Pros and Cons(賛否)にわけて解説し,実際の診療場面での考え方も提示します。

「かぜ」に抗菌薬は必要か?

野口善令(名古屋第二赤十字病院 救急・総合内科部長)


 最近のガイドライン(日本呼吸器学会「呼吸器感染症に関するガイドライン」など)には,「かぜ」はほとんどがウイルス感染によるもので,抗菌薬(抗生物質)はかぜに直接効くものではないと記載されるなど,アカデミックな議論では,「かぜ」には抗菌薬は必要ないという論調が大勢である。にもかかわらず,現場ではまだまだ「かぜ」に抗菌薬が処方されることが多いようである。

 この乖離の原因は何だろうか。ここでは,「かぜに抗菌薬は必要なのか」を賛成意見Pros,反対意見Consの両方の論拠を挙げて検討してみる。


「かぜ」の定義

 「かぜ」はあいまいな病名であり,人によっていろいろな疾患を包含して呼称される。厳密に言えば「かぜ」とは,鼻汁,鼻閉,咽頭痛,咳嗽,喀痰,(±発熱)を呈するウイルス性上気道炎(ライノウイルス,コロナウイルスを代表とする)のことを指すが,咽頭炎,中耳炎,副鼻腔炎,急性気管支炎,など上気道の呼吸器感染症を「かぜ」と総称することも多い。

 また,ウイルス性胃腸炎など呼吸器系以外のウイルス感染症,EBウイルス,サイトメガロウイルスなどの全身性ウイルス感染症による発熱も「かぜ」と呼ばれることがある。感染性心内膜炎などの細菌感染症や膠原病など原因不明の発熱を呈する疾患も特に初期には一見すると「かぜ」様の症状にみえることがある。これらの事情が,混乱に拍車をかけていると考えられる。

 混乱を避けるために,ここでは「かぜ」の定義をウイルス性上気道炎に限定して論じることにする。

Pros

 「かぜ」=ウイルス性上気道炎と定義すれば,メカニズム的には抗菌薬はウイルス本体には無効のはずである。しかし,実際には,ウイルス感染に部分的に合併する細菌感染に抗菌薬は有効であるはずという論拠に基づいて,症状の緩和,有症状期間の短縮,二次的な細菌感染症の予防が期待できるという意見は根強い。さらに,患者(または保護者)が抗菌薬を要求するから,という理由で抗菌薬が処方される場合もある。

Cons

 「かぜ」=ウイルス性上気道炎に対して抗菌薬は理論的に無効である。無効な治療であるならば行わないほうが良いという論拠である。治療するメリットがないことに加えて,菌交代現象による下痢,アレルギーなど副作用の可能性がある。また,抗菌薬の使用により耐性菌が出現する可能性がある。

 加えて患者教育として不適切である,という意見もある。「かぜ」=ウイルス性上気道炎は,self-limited diseaseであるので,抗菌薬が効かなくても自然に治癒する。この場合に抗菌薬が処方されると患者は抗菌薬のおかげで治ったと解釈するので,次回の受療行動が「かぜ」に対して抗菌薬を要求するように自己教育されるという論拠である。

エビデンスはあるのか

 現在までに行われている「かぜ」=ウイルス性上気道炎に対する抗菌薬の有効性に関する臨床研究については,『臨床に直結する感染症診療のエビデンス』(文光堂)に要領よくまとめられている。

 抗菌薬群とプラセボ群の比較(治癒または症状の緩和)

 「かぜ」に対する抗菌薬の有効性を評価した2つのメタアナリシスがある。Arrollら(文献1)は,成人と小児のウイルス性上気道炎を対象とした,抗菌薬による治療群とプラセボ群とのランダム化比較試験(RCT)のメタアナリシスを行った(RCTの数6個,患者総数1147人)。主なアウトカムを臨床的効果(治癒または症状の緩和)とすると,リスク比は0.89(95%CI0.77-1.04)で抗菌薬治療群に有利な傾向はあるものの有意差は認めなかった(図)。抗菌薬による副作用は,全体でみるとリスク比1.8(95%CI1.01-3.21)と治療群で有意に高かった。副作用をサブグループ別に見ると,成人では,リスク比2.62(95%CI1.32-5.18)とさらに高かったが,小児では,リスク比0.91(95%CI0.51-1.63)と有意差はなかった。

 Faheyら(文献2)は,12歳までの小児を対象に「かぜ」の5-7日のアウトカムを抗菌薬治療群とプラセボ群で比較したRCTのメタアナリシスを行った(RCTの数6個,患者総数1699人)。臨床的効果をアウトカムとしたリスク比は,1.01(95%CI0.90-1.13),合併症の予防をアウトカムとすると0.71(95%CI0.45-1.12)でいずれも有意差は認められなかった。また,副作用のリスク比は,0.8(95%CI0.54-1.21)で有意差がなかった。

!私はこう考える

 エビデンスとしては,抗菌薬は,症状の緩和,有症状期間の短縮,二次的細菌感染症の予防のいずれをアウトカムにとっても「かぜ」=ウイルス性上気道炎に有効ではなく,(特に成人では)抗菌薬の使用により副作用のリスクは増大することが示されている。素直にこれを採用すれば「かぜ」=ウイルス性上気道炎に抗菌薬を使用しない医師が多数派になるはずである。しかし,現実にはそうなっていないのはなぜだろうか。

 これには,表に出てこないもう少し消極的な水面下のProの理由がいくつかあるためと思われる。

 まず,診療行動の慣性という理由があるだろう。研修医時代に先輩の診療を見習って「かぜ」に抗菌薬を処方するうちに,自分も習い性となり,長らくこのプラクティスを続けるに従って,抗菌薬を処方しないと不安になるようになった。いったん身についた行動のスタイルはなかなか変化しないものである。

 次に,「かぜ」の定義で述べたように,上気道感染症を「かぜ」として一括して考える傾向があること。実際にプライマリ・ケアの現場ではこれらが区別しにくく,「かぜ」としてマネジメントしていることは多いだろう。これらの疾患の中には抗菌薬が有効なものもあるため,抗菌薬を処方しておこうというインセンティブがつい働きやすい。

 3番目の理由として,何か重大な疾患を見逃しているのではないかという不安,怖さが抗菌薬を処方するという診療行動につながっているのではないだろうか。ウイルス性上気道炎の診断は原則的に除外診断である。臨床の現場では「かぜ」≒原因不明の急性熱性疾患にみえることが多い。原因不明の急性熱性疾患に含まれると感じられるウイルス性上気道炎以外の「何か」に備えて,つい「念のため」,「保険的に」抗菌薬を処方してしまうのではないだろうか。

 だが,少し考えてみれば,経口の抗菌薬で治癒が期待できる重大な疾患はそんなにないということに気づくだろう。感染性心内膜炎,敗血症,膠原病などは経口の抗菌薬では治癒は望めず,逆にその後の診断と治療がやりにくくなるばかりである。何か見逃しているのではないかという不安を除去するために有効なのは,自分が「かぜ」と名付けているものの本体が何なのか,鑑別診断をしっかりと考えて血液培養をはじめ適切な培養をとる,こまめに観察して悪くなりそうな兆しをつかむことで,決して抗菌薬を“振りかけ”ておくことではない。

 「かぜ」の診療に必要なのは,「かぜ」の正体が何かをつきつめて考えることと,抗菌薬を投与しないで経過を見る「勇気」である。

重要文献
1 Arroll B, Kenealy T. Antibiotics for the common cold and acute purulent rhinitis. Cochrane Database Syst Rev. 2005 Jul 20;(3): CD000247.
2 Fahey T, Stocks N, Thomas T. Systematic review of the treatment of upper respiratory tract infection. Arch Dis Child 1998;79:225-230.


野口善令
1982年名古屋市立大卒。ベス・イスラエル・メディカルセンター,ハーバード公衆衛生大学院などを経て現職。米国内科学会認定内科専門医。主な著書に『誰も教えてくれなかった診断学――患者の言葉から診断仮説をどう作るか』(医学書院,共著)。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook