医学界新聞

連載

2009.04.20

漢方ナーシング

第1回

大学病院を中心に漢方外来の開設が進む今,漢方外来での診療補助や,外来・病棟における患者教育や療養支援で大切にしたい視点について,(株)麻生 飯塚病院漢方診療科のスタッフと学んでみませんか。

五感を駆使しながら患者さん全体をみるという点で,漢方と看護は親和性が高いようです。総合診療科ともいえる漢方診療の考え方は,日常業務の視点を変えるヒントになるかもしれません。

なぜ今, 漢方なのか
-漢方専門医からナースに愛をこめて

三潴忠道/木村豪雄/田原英一


 西洋医学は明治以来の日本の医療において,以前は治らなかった病気を治し患者さんの満足を得てきました。その一方,歴史的に一度は捨て去られようとした漢方が今,復活しつつあります。医師とナースが漢方診療の考え方を共有するための連載「漢方ナーシング」のスタートにあたり,どうして今,漢方の考え方が必要なのか,その考え方をナースにどう活かしてほしいのか,という事柄について(株)麻生 飯塚病院の漢方診療に携わる三人の漢方専門医にお話しいただき,ともにチームとして行動していくための基本的な考え方を共有したいと思います。

出席:三潴忠道氏,田原英一氏(以上,飯塚病院漢方診療科),木村豪雄氏(ももち東洋クリニック=福岡市内の飯塚病院関連クリニック)


漢方特有の考え方を学ぶ

三潴 私たち三人はそれぞれ医学部で西洋医学を学び,医師になりました。私や田原先生は卒後研修を終えるとすぐに東洋医学研究の道に進みましたが,木村先生は西洋医学の急性期医療の最前線である脳神経外科医から漢方専門医に転身されました。木村先生が脳神経外科から漢方へというユニークなキャリアをたどられたきっかけは,どのようなことだったのでしょうか。

木村 脳神経外科医として勤務していた当時,外来で術後の経過観察をしていた多発性脳腫瘍の女性の患者さんの不定愁訴に難渋したことが,漢方と出合うきっかけになりました。

 この方は,全身倦怠感が非常に強く,家事もできない,動けないといった多様な訴えがありました。さまざまな手を尽くしましたが,今の西洋医学では思うような効果が期待できる治療がないという状況に陥り,最後の一手で,「気血両虚」という身体的にも精神的にも衰弱しているときに使う代表的な補剤,十全大補湯を処方したところ,元気になり,非常に喜ばれました。私自身もこんなに効く薬があるものだろうかと非常に驚きの体験をしました。

田原 補剤,つまり元気をつけるための治療という考え方がその患者さんにはぴったり当てはまったということですね。漢方では心身一如という考え方があって,一人の患者さんを心と身体,あるいは臓器ごとに分けて考えることはしません。例えば風邪であれば西洋医学的には解熱剤を処方して熱が下がるのを待ちますが,漢方では先ほどの補剤のように元気をつける生薬が入った薬を処方して,患者さんが持つ自然治癒力を引き出すという考え方をします。

三潴 この漢方的な「全体をみる」という視点は,さまざまな疾患を重複して抱える患者に対する医療において重要な視点です。例えば,高齢者では「腎虚」という証(病態)に陥りやすいのですが,この証に対しては八味地黄丸という薬が有効です。足腰の痛み,喘息,腎機能の低下,脳血管障害後遺症の脳血流の低下など,「一つひとつの病気は別だけど,どれを取ってみても年を取ったからそうなりやすいのよね」というような,加齢により出現しやすい状態(証)に対し,治療目標を絞っていくという考え方です。

 まず基本治療として漢方薬を使った治療をしておいて,ある程度全体の症状が軽くなった時点で,足りない部分に対して西洋薬を使った治療を行うことで,使用薬物を減らすことができ,医療経済的な効果も期待できます。

木村 不定愁訴に対する考え方も変わってきました。以前は,脈絡のない訴えを聞くと,「あ,不定愁訴だ。心の病だ」と,片付けていたのですが,これは医者側が患者さんの訴えを理解できないときのエクスキューズという場合が実は多いのではないでしょうか。

 漢方を知ってからはさまざまな患者さんの訴えを「気・血・水」を基本とする漢方的な病態に翻訳して考えるようになり,患者さんの訴えを自然に受容し共感することができるようになりました。例えば「雨降り前に頭痛がする」と言われれば,漢方でいうところの水毒だ,「月経前になると調子が悪い」これは瘀血だ,というように。そして医師が不具合を受容,共感すると患者さんは非常に喜んでくれて,いい信頼関係が成り立っていきます。すると不思議なことに,出す薬も非常に効くのです。

三潴 漢方的な診察・診療を通じて,患者さんと深くコミュニケーションが取れるという部分もありますよね。先日,中年女性の患者さんの診察時に,舌苔を見たら,いつもと違ってかなりまだらなんですよ。こういうときは漢方で言うところの気虚という状態なんですね。それで「あなたずいぶん疲れているんじゃない?」と聞いたら,ぽろっと涙をこぼして,「実は亭主が病気で……」と語り始めたということがありました。

からだの変化を捉える

腹診――漢方では五感を駆使して望診,聞診,問診,切診の「四診」を行い,患者の情報を取る。腹診は切診に含まれる
田原 西洋医学では一度診断がついてしまうと,多くの場合,糖尿病ならずっと糖尿病ということで検査データ等をみながら治療が進んでいきますが,漢方には時間の流れや季節に応じて,変化していく病態を診察によって捉える,つまり病気の始まりからの流れやそれに対する生体の反応をみていくという視点があります。

三潴 小さなことでもいつもと違う変化に気がついたら,その患者さんの病態が変わっているサインかもしれません。例えば漢方では「冷え」を重視していて,生体反応を高める目的で身体を温める治療を多く行いますが,もしも病棟で患者さんの足に触って冷たいなと思ったら,漢方でいう陰証,つまり新陳代謝が低下している病態なので,何か体力が落ちるような出来事が起こっているのではないかと考えて主治医に報告する。あるいは,患者さんに「何か変わったことありませんか,つらいことありませんか」と普段より詳細に尋ねるといったアプローチを,漢方に携わるナースにはお願いしたいと思います。これは西洋医学の病棟でも使える視点ではないでしょうか。

木村 「冷え」を改善するという考え方は西洋医学にはありませんね。僕のクリニックではナースの患者さんが多いんです。病棟の不規則な勤務で身体が冷える,月経が乱れる,肌が荒れるといった症状に対し,温めることで体調の改善がみられて,喜ばれています。

三潴 漢方の日常診療は特殊な器械を使うわけではありません。五感と手で患者さんになるべく触れながら診察していく。まさに医師もナースもやることは同じです。おそらく病棟などで患者さんの脈を一番みているのはナースです。漢方では脈からの情報を丁寧にみますので,脈診などはナースに身につけてもらうとおもしろいのかなと思いますね。それから先ほども話に出た舌苔のみかた,こういう手技も身につけてもらいたい。

木村 中にはこの連載を読んでいただいて,僕ら以上に腹診が上手なナースが出てくるかもしれませんよね。期待しています。

田原 患者さんと一緒に未来志向をもって治療ができるところも漢方の優れた面ではないかと思います。例えば西洋医学的な治療法のないがんの末期の方に対しても,「今あなたの状態は冷えや瘀血がある状態だから,改善していきましょう」という考え方ができる。このアプローチは精神的な希望を与えるという緩和ケア的な意味でも有効な部分もあると思っています。科学的に「この病状だと,何%の確率で今後どうなります」という,これまでの研究データに基づいた予後は言えても,「あなたはあと何年生きます」とは言えないわけですから。

三潴 生きているあいだは希望を持って生きたい。どうせ100年以内には皆,死ぬんだから。そういう意味では医者や医療が命を救うのではなく,患者さんが日々希望をもって元気に生きるための助けをするということが本来の医療の姿だと思います。

「人をまるごとみる」という視点

三潴 私たちは臨床上の手応えがあって漢方を続けてきました。今後より漢方を前に進めていくために,臨床のパートナーであるナースにこの連載を通じて伝えたいことは何でしょうか。

田原 まずは大前提になっている東洋的な思想,哲学的な部分「人をまるごとみる」という視点を共有したいと思います。

三潴 まるごとみる。西洋医学的にはどうしても臓器に分けるところがありますよね。分担するのはいいことだけど,心と身体,臓器――それを全部ひっくるめて人間です。そのバランスをみていく。そういうところを漢方ではとても大事にしていますよね。

田原 漢方は「汗・吐・下」(かん・と・げ)といって溜まってくる毒を出す「瀉」つまり,排泄や代謝的な考え方も大切にしています。昔,「くうねるあそぶ」という車の宣伝コピーがありましたが,食べて,寝て,出るものが出て,遊ぶ,つまりいきいきと生きていくという循環ができているか医療者がチェックして,そのバランスが崩れていれば補ったり,整える手助けをするという視点が患者さんの命を支えることにつながるのだと思います。

三潴 今,日本では各領域の専門医は多く育ちましたが,総合的に診られる医師が不足しています。「日本の医療の特徴は漢方があることだ」と言った方がおられましたが,総合的に患者さんを診る診察技術を身につけ,その治療手段として漢方薬を持っていることが私たち漢方専門医の力であると思います。これからの日本の医療において,漢方はもっともっと利用価値がある。薬自体はもちろんのこと,その考え方も役に立つのではないかと思います。

 ナースの皆さんと考えや思いを共有しながら,国民の健康のために寄与していければと思います。この連載で漢方に対する知識を深めていただけますと幸いです。

つづく

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