医学界新聞

連載

2009.04.06

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔 第8回 〕

風邪は万病の元

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2821号よりつづく

 第6回は,劇症1型糖尿病に学びました。また,第7回「間奏曲」では,Fulminant Quintet(FQ)を鍵概念として,第1回から第6回まで中間のまとめを行いました。今回から,風邪診療の後半ラウンドです。

■症例

Rさんは65歳・女性。家庭の主婦。「風邪をひいて,熱と下痢」。生来健康。服薬歴なし。身長156cm,体重47kg。

ビニュエット(1)
B胃腸科病院にて

2週間前,風邪をひいて,咳,咽頭痛が出ると思っていたら,高熱(38-39℃)を発し,下腹部が痛くなると便意をもよおし水様便が出るということが,日に数回の頻度で繰り返された。食生活を共にする同居家族に類似の症状はなく,最近,海外に渡航していない。12日前,B胃腸科病院を初診すると,以上の経過だけを聞かれ,身体診察ないまま,「胃腸炎です」と説明され,5日分の解熱剤,整腸剤,止痢剤を処方された。また,低張加糖維持液の点滴500mlを受けた。退室時,担当医は視線を合わせないまま,「何かあったら,また来てください」と言った。

この段階で留意することは?

 生来健康なRさんなので,数日の経過で自然軽快し,治癒に至るウイルス性または細菌性の腸炎に罹患している可能性が確かに高いでしょう。この際,管轄保健所が発信している感染症流行情報も参考にします。ただし,Index case(初発症例)の場合には,流行情報は役立ちません。家庭の主婦であれば,鶏,レバー,カキの食歴聴取は容易でしょう。止痢剤は,選択にもよりますが,一般に,感染性腸炎に対して無効であり,仮に有効であったとしても,異物を体外に排泄する生理機能を阻害し,中毒期間を遷延させることから,投与しないことを原則とします。

 連載前半では,「風邪」と診紛う劇症疾患に焦点を当てましたが,「風邪」の訴えで来院するすべての患者に,劇症疾患を疑って精査することは非現実的です。劇症疾患は,何と言っても,「万が一disease」。主治医は,医師-患者関係において,「平時から危機に備える」ため何をすべきでしょうか?鍵は患者教育(Patient education)です。折に触れて,「風邪」の重症化を例示しましょう。「風邪は万病の元」についての地道な啓蒙は臨床家の基本的使命です。そして,経過が心配な患者に対して,「一日一回,定時電話連絡」を指示します。あらかじめ具体的な観察項目を伝え,一日ごとの変化を電話越しに報告してもらうのです。信頼関係が確立していれば,「悪化する場合,必ず電話してください」の指示でもよいでしょう。直接の診察にはかないませんが,意識や呼吸状態の変化は電話越しに感受できますし,再受診の要否を簡単にスクリーニングできます。

ビニュエット(2)
A診療所にて

その後,3-4日で解熱し,下痢は止まった。しかし,1週間前より,体がだるく,異常に疲れやすいことに気づいた。3日前より,手足に力が入りづらく,手足口が軽くしびれている感じとなった。昨日,夫がRさんのしゃべり方がおかしいと気付き,本日,かかりつけのA医師を受診。過去の検査でFPG86mg/dl,HBs-Ag(-),HCV-Ab(-)。診察上,意識清明,血圧100/60mmHg,脈拍90/分,呼吸25/分,体温36.7℃。呂律困難あり,Rさんの両手の握力を感じることができず,起立姿勢の維持も困難。A医師は「説明が難しいですが」と前置きしながら,ある病名とその治療方針を説明すると,C医療センターの緊急受診を手配した。Rさんと夫は,「回復に時間がかかる場合があります。時に,半年から一年に及ぶかもしれません。入院中,私もお見舞いに行きましょう」というA医師の言葉を受け止めて,C医療センターに向かった。

臨床診断は何ですか?

 B胃腸科病院初診に至るまでの風邪症状と下痢の経過,A診療所に至るまでの進行性の四肢筋力低下と深部腱反射の消失から,ギラン・バレー症候群(Guillain-Barre Syndrome)を最も疑います。早期に診断可能な鑑別疾患として脳血管障害と重症筋無力症を挙げます。また,慎重な経過観察により,血管炎と多発性硬化症の可能性を除外します。病歴と身体所見から,ボツリヌス中毒,有機リン中毒の可能性は低いでしょう。

 数日間の下痢後なので,低Na血症による全身倦怠感,低K血症による脱力としびれの可能性は否定できません。ただし,電解質異常が主因の場合,症状は下痢に連続して増強してくるはずであり,生活が平常に復した後から進行性に生じてきている経過が合致しません。電解質というとNa,K,Clが前景に立ち,Ca,iP,Mgが盲点となります。この際,高低のCa,iP,Mg血症も併せて復習しましょう。

ビニュエット(3)
C医療センターにて

即日,神経内科病棟に入院となった。バイタル・サインは前医から著変なく,室内気下SpO2=92%。Face Maskによる酸素投与(3L/分)を開始。発汗著明。眼瞼球結膜に貧血と発黄なし。開眼閉眼はスムーズで,眼球運動制限なし。瞳孔径に左右差なく3mm,対光反射迅速。角膜反射あり。口膨らませ,開口,提舌はいずれも不十分。口蓋垂は正中。甲状腺腫大,リンパ節腫脹なし。心音:純。肺音:清。腹部:平坦,腸音正常,柔軟で肝脾を触れない。便潜血陰性。尿閉や尿便失禁は認めず。四肢は弛緩し,左右対称に筋力低下を認めた。上下肢の腱反射消失。末梢血血算,Na,K,Cl,Ca,iP,BUN,Cre,CK,MB,AST,ALT,LDHは正常範囲内。総蛋白7.0g/dl,Alb3.5g/dl,血糖90mg/dl。ANA陰性。

初期治療と精査の方針を述べよ。

 移動に車椅子を要し,Hughesらの機能的重症度分類Grade4と判定。頭部MRIに特記すべき所見なし。髄液は清明で,糖68mg/dl,総蛋白102mg/dl,細胞数<10/mm3。ギラン・バレー症候群と診断し,第1病日より,血漿交換療法の一態として二重濾過血漿交換療法(Double Filtration Plasmapheresis; DFPP)を3日間連続施行。その後,隔日で4回追加した。第2病日,飲水によるむせが激しくなったため,経管栄養に移行した。第3病日,発語の努力みられるも発声に至らず。自発呼吸が微弱となってきたため,経口気管内挿管し,陽圧換気を導入。血漿交換中,血圧低下を頻回に生じ,補液や昇圧剤の投与を必要とした。第7病日,抗GM1抗体陽性,抗GQ1b抗体陰性の結果が判明。便培養でCampylobacter jejuniが検出され,遅ればせながら管轄保健所に届け出た。

 入院第2週,眼瞼と眼球の運動を除いて,全身の弛緩性麻痺が遷延した。このため,気管切開を施行。入院2か月後より人工呼吸器のweaningを開始し,入院4か月で離脱。入院5か月後,酸素投与中止。入院8か月後,流動食の嚥下が可能となり,発語もできるようになった。手足に軽い感覚鈍麻を残し,車椅子生活の状態で転院した。

ギラン・バレー症候群の診療

(1)消化器系と呼吸器系の先行感染に敏感であれ。ただし,先行感染を見いだせない症例も3割ある。
(2)末梢神経ミエリンを自己抗原とする自己免疫機序による脱髄性多発神経炎。しかし,軸索障害を主とする病型もあり,2割を占める。軸索障害が重いほど,回復に時間を要する。
(3)免疫グロブリン大量療法または血漿交換療法が治療の第一選択。ステロイドの有効性は示されていない。

 ギラン・バレー症候群は,急性期,呼吸循環管理を要し,慢性期,廃用性筋萎縮のリハビリテーションと褥瘡予防が大切です。また,全期間を通して,肺炎と肺塞栓症の予防が課題です。「ギラン・バレー症候群=神経内科」という短絡的な認識は捨て去りましょう。複視を主訴に眼科を初診するFisher syndromeの患者もいます。では,次回まで,ごきげんよう!

■沈思黙考 その八

「風邪は万病の元」とは,「風邪」が諸病の引き金になるという意味です。しかし,諸病の初期症状は風邪の諸症状に類似するので,区別が難しい,という意味にも解することができます

調べてみよう!

ギラン・バレー症候群について
1)「分子相同性仮説」とは?
2)後遺症の種類と頻度。死亡率と死因。
3)Rさんの家族に,「この病気は遺伝しますか」と質問されました。どのようにカウンセリングしますか?

つづく

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