医学界新聞

寄稿

2009.03.30

【寄稿】

患者とのよりよい信頼関係構築をめざして
――がん診療の現場から

野﨑善成(市立砺波総合病院 外科)


 最近,医療現場,特にがん診療の場におけるコミュニケーションの重要性が叫ばれるようになっています。ではなぜ,今コミュニケーションが問題になるのでしょうか。ここでは主に医療者と患者間のコミュニケーションについて考えてみたいと思います。

 1990年代にインフォームドコンセント(IC)の概念が本邦に本格的に導入されると,医療者には医学的情報を患者に正確にわかりやすく説明することが求められるようになりました。これにより,患者はその情報が自分にとってよい知らせであっても悪い知らせであっても,それを知る権利と責任を得ることとなりました。

 本邦におけるICの功罪についてはいまだに議論の余地があるところですが,いずれにせよ,以前にも増して医療者から患者に向けて膨大な量の情報が発信されていることは間違いないでしょう。これらの情報は医療者から患者への一方通行ではなく,双方向のやり取りがなされ,その結果,両者で共有されることが必要です。コミュニケーション(communication)の語源はラテン語のcommunicareで,「共有する」という意味なのだそうです。

告知の場面では患者の感情に留意することが必要

 さて,がん告知に関して,その是非が議論されたのはもはや過去のことです。今は「いかにしてがんを告知し,その後患者をどのように援助するか」がテーマとなる時代になりました。

 国立がんセンター東病院の内富庸介先生らによって開発された「SHARE」は,悪い知らせを伝える際に効果的なコミュニケーションを実践するための態度や行動を示したものです。患者の意向調査をもとに抽出された,悪い知らせを伝えられる際に患者が望むコミュニケーションの4つの要素である,Supportive environment:サポーティブな環境設定,How to deliver the bad news:悪い知らせの伝え方,Additional information:付加的情報,Reassurance and Emotional support:安心感と情緒的サポートの提供,の頭文字をとって「SHARE」と名づけられました。「SHARE」の詳細は成書()を参照していただきたいのですが,SHAREで強調されているのは「RE」の重要性です。すなわち悪い知らせを伝える際には情報のやりとりだけではなく,患者の感情に留意する必要があるということです。

 人間は「感情の生き物」であるにもかかわらず,医療者の多くは患者の感情的な側面を扱うことが苦手であると感じています。悪い知らせを伝える面談がよい知らせを伝える面談よりも億劫に感じられるのは,悪い知らせを伝えること自体がストレスフルだということに加え,悪い知らせを伝えることによる患者の感情の表出にどう対応してよいのか自信を持つことができないからかもしれません。医療者も人間ですから,自分自身が感情的になることを恐れるのかもしれません。

 「SHARE」はこのような状況で,医療者のとるべき態度として「患者の感情を理解し共感を示す」ことを示しています。この際には言葉によるやり取りだけではなく,沈黙やアイコンタクトなどのノンバーバルなコミュニケーションも重要な要素となります。

 返答に困る質問にも,即答を避け,患者の感情に気付き,(場合によっては探索して)共感を示すことが重要だとしています。

 ここでの「共感」は「おもいやり」と言い換えたほうがしっくりくるかもしれません。「おもいやり」は患者-医療者間のコミュニケーションにとどまらず医療者間,ひいては自分のまわりのすべての人とのコミュニケーションにおいてもとても重要なことであることは言うまでもないと思います。

コミュニケーション力は鍛えることができる

 上述のとおりコミュニケーションは相手とのやりとりですから,相手によってはそのコミュニケーションはとても困難になるかもしれません。残念ながら「SHARE」は,この困難な状況をたちどころに解決してしまう魔法のつえではありません。「SHARE」はあくまでも手引きであり,実際に歩を進めるのは医療者です。暗闇を手探りで進むことはとても怖いものですが,暗闇で「SHARE」の記述を読むことはできません。普段から「SHARE」の本質を理解し,暗闇の中でも患者の前で表出できるようになるにはある程度のトレーニングが必要です。逆にいうと,よいコミュニケーション技術はトレーニングで習得可能なのです。

 以上の点で「SHARE」はコミュニケーションのための単なる「マニュアル」ではなく,医療者自身の行動変容を促し,援助してくれるツールであるといえます。このようなツールを用いて,よりよいコミュニケーションのために努力することは,たとえ問題を完全には解決できなくともわれわれにいくらかの安心感を与えてくれることでしょう。

患者に手を差し伸べる努力を

 もちろん,患者-医療者間のよいコミュニケーションのためには医療者,患者双方の努力が必要です。患者側にも,かつてのように医療者任せにしすぎないこと,まずは医療者の話をきちんと聞く,などの努力が必要で,最近ではさまざまな啓発活動がなされるようになりました。

 しかし,医療者には,プロフェッショナルであるがゆえ,よいコミュニケーションのためのより多くの注意と努力が求められていると思います。医療は決してサービス業ではないのですが,まずは医療者から患者に歩み寄り,手を差し伸べる努力をしなくてはなりません。

 よいコミュニケーションは患者-医療者間の信頼関係への第一歩となります。さらに,信頼関係の上で成り立つよいコミュニケーションは患者を積極的に援助する有効な手段になりえます。現代医療においては,医療者は患者のよき援助者であることが求められていることを考えるとき,よいコミュニケーションは目的達成のための有効な手段となるはずであることに気付かされるのです。

『がん医療におけるコミュニケーション・スキル 悪い知らせをどう伝えるか』(医学書院)

野﨑善成氏
1995年金沢大卒。同大第一外科を経て,2003年4月より現職。06年2月,がん病棟で患者にがんを告知することに重責を感じ,患者とのよりよい向き合い方を求めて,日本サイコオンコロジー学会協力のコミュニケーション技術研修会(主催=医療研修推進財団)を受講。07年2月,同研修会学会認定のファシリテーターとなり,外科での勤務の一方でがん患者の心理的サポートにも取り組んでいる。

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