医学界新聞

2008.11.17

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


地域保健活動のための発達障害の知識と対応
ライフサイクルを通じた支援に向けて

平岩 幹男 著

《評 者》五十嵐 隆(東大大学院教授・小児科学)

発達障害を持つ子どもの支援を行うすべての人に

 秋葉原での無差別殺人事件などに象徴される現代の若者が起こす重大事件の原因は単純ではありません。しかしながら,若者が起こす重大事件の原因の一つに,現代社会における人間関係の希薄化現象が深く関係していることが指摘されています。このような社会現象はわが国固有の問題ではなく,先進諸国に共通した問題になっています。

 先進諸国の中でも特にわが国では,子どもや青年を育てる地域や社会のシステムが,数十年前に比べ本当に貧弱になってしまいました。わが国ではこのような子育てや教育のシステムにおける多様性がもともと少なかったことが問題でしたが,その傾向はさらに強まってきています。

 一方,家庭内においても,親が子どもと一緒に過ごす時間が減っていること,子育てにメディアが入り込みすぎていること,子どもたちのコミュニケーション能力が著しく低下していることなどが問題視されています。時間と手をかけて個性や能力に応じてじっくり腰を据えて子どもや若者を育て上げるシステムが日本の家庭内だけでなく社会全体においても崩壊しつつあることは実に憂慮すべき問題です。子育てをする親への国からの経済的支援や子どもの教育にかける国家予算のGDPに占める割合が,OECD加盟28か国中最下位であることもこうした傾向と無関係とは言えないかもしれません。

 現在の子どもの人口の7%とも10%とも言われている発達障害の子どもたちのことが,医療・保健や教育の現場で問題になっています。これまでは発達障害の子どもや青年に対する医学的・社会的認識が低く,問題として認識できなかったことも事実ですが,発達障害の子どもの数が以前よりも増加あるいは顕在化してきたことも事実のようです。このような傾向は,現代日本における社会の変化と関係していることも指摘されています。

 確かに発達障害の子どもや青年に対する医療や社会での認識は以前に比べると深まってきました。しかしながら,発達障害と医学的に正しく診断されることが遅れたり,正しく診断はされたが本人と家族に対して医学的な対応が不十分であったり,保健・福祉や教育の現場での発達障害の子どもへの支援が十分に行われていないなど,実際には現場ではさまざまな問題が残されています。

 本書の著者は,長年にわたり多数の発達障害の子どもとその親を治療し支援しています。著者の豊富な臨床経験,アイデア,確固たる信念,そして発達障害の子どもや青年とその家族に対する深い愛情が本書にはあふれています。発達障害の子どもがそのライフサイクルに応じて遭遇するさまざまな問題と支援の具体的方法など,地域の保健現場で役に立つ貴重な情報を本書から得ることができます。発達障害の子どもが自分の「障がい」を正しく認識した上で,自分自身にself esteemを持ち,一人の社会人として自信を持って社会の中で生きていくことができるようにすることが著者の願いであり,本書の重要なコンセプトになっています。発達障害の子どもたちを理解し,支援を行っている保健・福祉・医療に関係するすべての方にぜひとも本書をお薦めしたいと思います。

A5・頁184 定価2,520円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00739-9

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