「風邪」の仮面:Commonに先立つCritical
連載
2008.10.06
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修
〔第2回〕
「風邪」の仮面:Commonに先立つCritical
齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)
第1回は,「風邪」診療のための準備体操を行いました。「かぜ症候群」についての自己学習も完了しているかと存じます。さっそく,今回から,本格的に「全方位研修」を開始して参りましょう。
「鑑別診断の3C」はご存じですね。Common,Curable,Criticalの3語で,「よくある疾患」,「確実に治療できる疾患」,そして,「重症疾患」について,必ず考慮しなさいということです。今回は,この3Cの位階を意識する練習です。
■症例
Lさんは生来健康な26歳女性,大手旅行会社のツアーコンダクター。「旅行中に風邪をひいて,具合が悪い」。独身,独居。
ビニュエット(1)
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問題点を整理してください。
「いつもの風邪と違う」という本人の訴えを無視してはいけません((4))。病歴を見直すと,「かぜ症候群」にしては,典型的な上気道カタル症状(鼻汁,鼻閉,咽頭痛など)を欠き,インフルエンザ様(flu-like)の発症です((1))。インフルエンザ(A or B)とその合併症である肺炎,心筋炎を鑑別します。
呼吸器と消化器に「風邪」の症状を引き起こすウイルス科には,レオウイルス科,ピコルナウイルス科,カリシウイルス科などがありますが,「お腹の風邪」にしては,腹痛と下痢を伴わない嘔吐だけがやや遅れて出現しています((3))。したがって,「旅行者下痢症」は考えにくく,嘔吐は消化器系外疾患の合併症かもしれません。
無視できない不穏な訴えは,「胸部の苦悶感」,「息が吸い切れない感じ」です((2))。すばやく呼吸器系と循環器系を点検したいところです。患者背景と発熱の経過を併せれば,感染性または自己免疫性の機序により,横隔膜上臓器に炎症が波及し,呼吸不全または循環不全を来たしていると推定できます。上気道症状に乏しいまま健常人が肺炎になるとは考えにくく,肺塞栓,自然気胸も,典型的な経過ではありません。ここに至って,脈拍・呼吸数・心音が記載されていない不備を発見します。「心か肺か」の分析には,完全な「バイタルサイン一式」が必要です。
ビニュエット(2)
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病態を仮説してください。
咳や嘔吐は軽快しましたが((6)(8)),日常の労作能力が急速に悪化((9))。「お腹の風邪」ではなさそうです。動悸,立ちくらみ,蒼白,息苦しさ((5))は何を示唆しますか? 体温の割に頻脈ですが,脱水の解釈で正しいでしょうか? 消化管出血も不正性器出血もないところ,循環血漿量減少性ショックを仮定してみても,1回目の補液により症状改善((7))し,2回目の補液により症状増悪((9))した点が合致しません。2回目の補液で循環血漿量が相対的に過剰になったと考えれば,焦点はむしろ心原性ショックです。敗血症性および血管閉塞性ショックとの鑑別も含め,緊急で精査が必要です。
ビニュエット(3)
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臨床診断は何ですか?
本症例は,この後,体外式ペーシングでも血圧が回復しないため,ICUにて大動脈内バルーンパンピング(intraaortic balloon pumping:IABP)と経皮的心肺補助(percutaneous cardiopulmonary support:PCPS)を装着。心室静止を伴う無収縮状態が3日間続いた後,入院第7病日にIABP離脱,第9病日にPCPSを離脱し,回復。ペア血清検査によりコクサッキーB型ウイルス(ピコルナウイルス科エンテロウイルス属)が証明され,PCPS離脱後に実施した心内膜心筋生検により,間質のリンパ球浸潤,心筋細胞の融解壊死を確認。第16病日,心臓リハビリテーションのため一般病棟に転床し,第43病日,軽快退院しました。
診断は劇症型心筋炎。急激に心原性ショックに陥り,補助循環なしでは数日で死に至る心筋炎の一型です。基礎疾患のない健常人にも突然発症するため,Primary Careの場で「ただの風邪」と診断されてしまうと,適切なTertiary Careにたどり着けないことが最大の問題です。診察上,奔馬音は当然ですが,頻脈がよい手がかりとなります。頻脈の原因を発熱や脱水のためと安易に片付けてはならず,体温の割に頻脈が高度の場合,その場で原因を突き止めるか,責任を持って経過観察します。
急性心筋炎が,風邪症状出現→小康期間→心不全症状出現の二峰性経過をたどるのに比較し,劇症型は,風邪症状+心不全症状の一峰性経過をたどり,数日で心肺危機に陥ります。したがって,病初期に「風邪」として自宅療養となるか,「心筋炎疑い」などで入院経過観察となるかが,転帰の明暗を分けます。胸痛・不整脈・ショックのいずれかを認めれば医学的関心を引きますが,いずれも認めない場合,入院に至るまでの受診回数だけが増え,確定診断が遅れると,予後不良です。「風邪」の仮面をかぶった心筋炎に注意しましょう。
劇症型心筋炎の診療
(1)「風邪」の鑑別に,必ず「心臓の風邪」を加えよう。成人でも小児でも。
(2)一人医師体制でも,心電図・心臓超音波・トロポニンT定性検査が施行できれば,臨床診断可能。
(3)救命の鍵は早期発見。疑ったら,待たずに適切な高次医療機関に紹介。
劇症型心筋炎は致死的心疾患の代名詞であり,突然死の原因としても重要です。まれな疾患ですが,critical中のcriticalゆえcommonに先立ちます。百千万の「風邪」を上手に診療できたとしても,劇症型心筋炎を毎回見落としているとしたら,とても悲しいことです。一例の劇症型心筋炎は,救急総合診療の百を教えます。では,次回まで,ごきげんよう!
■沈思黙考 その二
「風邪」の訴えに「風邪」のレッテルを安易に貼らないように。医師の仕事は,「風邪」の仮面をかぶったまれで重症な疾患を,間違いなく診療することです。調べてみよう!
劇症型心筋炎について
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(つづく)
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「風邪」診療を極める(終了)
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