医学界新聞

2008.09.15

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


脳の機能解剖と画像診断

真柳 佳昭 訳

《評 者》齊藤 延人(東大大学院教授・脳神経外科学)

「頭部断層画像図譜」「神経解剖学書」「神経機能系解説書」
三者の用途を備えた実用書

 この度,『Klinische Neuroanatomie und kranielle Bilddiagnostik』が真柳佳昭氏の翻訳で医学書院から出版された。本書は1986年日本語訳発刊の『CT診断のための脳解剖と機能系』と1995年発刊の『画像診断のための脳解剖と機能系』に続く第三版とも言える最新版である。微妙なタイトルの変化が改訂の要点を的確に表している。本書の性格を要約すると頭部断層画像図譜であり,神経解剖学書であり,神経機能系の解説書である。三者の用途を一冊に備えた実用的な書であると言える。

 第一章では獲得目標などが述べられており,本書を活用する前に目を通しておくとよい。第二章が「断層画像診断と目印構造」と題する本書の中心を成す図譜の部分である。A4版の大きなページに1枚ずつ図が配置され見やすいばかりでなく,見開き2ページの左ページに図譜が,右ページにMRIが配置されていて,図譜とMRIを対比できるようになっている。MRIはT1強調画像とT2強調画像がおおむね交互に採用され,各撮影法での構造を確認できるようになっている。さらに図譜では動脈と静脈,末梢神経がそれぞれ赤,青,黄色に色分けされていてとても見やすいものとなっている。前額断,矢状断,軸位平面の各断面シリーズが記載され今日のニーズに応えており,ページの端は各断面シリーズで色が塗り分けられていて,該当ページの探しやすさにも配慮されている。また,脳幹・小脳は,Meynert軸(正中線で第四脳室の底面を通る軸)に直交する厚さ5mmスライスの断面シリーズとして別に記されている。特に脳幹部分は拡大図も示され,その中にさまざまな神経核や伝導系が色つきで図示されている。近年のMRI画像の進歩は脳幹内部の構造にも迫りつつあるが,時機を得た内容と言える。

 第三章から第五章では,各構造に焦点を絞ってさまざまな平行断面におけるトポグラフィーが解説されており,この部分は肉眼解剖学書の性格を有している。鼻腔と副鼻腔,眼窩,口腔などの顔面頭蓋と腔のトポグラフィー,頭頸移行部のトポグラフィー,頭蓋内髄液腔や脳動脈とその灌流域などの神経頭蓋,頭蓋内腔と頭蓋内構造のトポグラフィーなどが解説されている。

 第六章は「神経機能系」と題した神経機能局在を解説する章である。例えば錐体路や聴覚系などを,普段われわれが目にしている断層像でどこに位置しているのかを具体的に示してくれている。神経機能局在を解説するこれまでの成書でも伝導路などの概念的な説明図はあったが,断層像の中での具体的な位置を示している点は本書の大きな特徴である。一方で,断面のみでは分かりにくい各神経機能の全体像に関しても,統合的なシェーマとテキストを用いて解説しているので理解しやすい。また文中では解剖だけではなく機能局在や臨床への応用について,最近の知見に基づき踏み込んで解説している。全体的に文章が非常にコンパクトにまとまっているので,通読しても面白く,神経機能系を学ぶ手ほどきの書としても役に立つ内容である。

 繰り返しになるが,本書は単なるCTやMRIの図譜ではなく,従来の肉眼解剖図譜を元にした解剖の書に取って代わる,新しいジャンルの神経機能解剖学書に成長していると言える。前半はアトラスとして活用されるであろうし,後半は読んで学ぶことができる。座右の書として日常診療に役立たせたい。

A4変・頁484 定価21,000円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00047-5


気分障害

上島 国利,樋口 輝彦,野村 総一郎,大野 裕,神庭 重信,尾崎 紀夫 編

《評 者》佐藤 光源(東北大名誉教授・精神医学)

気分障害の全貌を見直し,医療の実践に役立つエンサイクロペディア

 気分障害圏の病気で苦しんでいる人は多く,中でもうつ病患者は約300万人と推定されている。それに双極性障害やいわゆる神経症圏のうつ状態,気分変調症などを加えると気分障害圏の患者数は膨大で,しかもその多くが未治療のまま苦しんでいるのが現状である。国民の健康寿命を損なう代表的な原因疾患がうつ病であることがWHO健康レポート(2001)で明らかにされ,わが国で毎年3万人を超える人が自殺していることも,気分障害がいかに大変な病気であるかということをよく物語っている。しかし,今では薬物療法と心理社会的療法を組み合わせた治療法が長足の進歩を遂げ,完全な回復を期待できるようになっており,気分障害に関する適正な知識の普及啓発と最適な医療の推進による患者の救済が急がれている。

 そうした中で,“気分障害のエンサイクロペディア”を目指した本書が上梓された。そこには,読者が知りたいと思う諸問題が今どこまで解明され,何がまだ解明されていないのか示されており,気分障害に関するアップデイトな情報が豊富に盛り込まれている。

 本書が,各論を含めて特定の診断システムにこだわっていないことも特色の一つである。日本では,ICD-10やDSM-IV-TRなどの疾病分類や診断統計マニュアルが翻訳されるたびに疾患概念が変わったり,新たな訳語が登場しては伝統的な精神医学用語が混乱したりしていて,気分障害もその例外ではない。それを,例えば,うつ病の疾患概念を統一しようとするようなことはしないで,本書におけるさまざまな気分障害関連用語の使い分けの原則を冒頭で整理した後,気分障害の全貌を浮き彫りにすることに努力が払われている。そこが,本書が“気分障害のエンサイクロペディア”といわれるゆえんでもある。

 本書は680頁から成り,総論(8章),各論(11章),臨床上の諸問題(7章)の3部構成になっている。総論には,概念の変遷,病因,疫学,症候学,診断・分類,治療,経過・予後だけでなく,基礎研究と社会・文化的問題が含まれ,各論では,大うつ病性障害,気分変調性障害,双極性障害,気分循環性障害,ラピッドサイクラー,混合状態,非定型うつ病,季節性うつ病などについて,それぞれの歴史や概念,診断,病態,治療などが最新の知見をもとに解説されている。第3部では,難治性うつ病,軽症うつ病,自殺,併存,ライフサイクル,一般医・コメディカルとうつ病診療,職場のメンタルヘルスなどという臨床に即した話題が取り上げられていて興味深い内容となっている。

 2008年5月にお台場で開かれた日本精神神経学会総会には,学会専門医制度が始まったこともあって史上例をみない多数の精神科医が参加した。書籍の展示販売コーナーも随分混み合っていたが,一段と注目を集めていたのが本書であった。うつ病の疾患概念や病態の理解が操作的診断法によって揺らぐ中,気分障害の全貌を見直し,医療の実践に役立てたいという多くの精神科医の思いを反映したのであろう。そうした意味でも期待に応えるエンサイクロペディアであり,臨床家の座右の書としてぜひ推奨したい一冊である。

B5・頁680 定価16,800円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00567-8

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