医学界新聞

寄稿

2008.08.25



【寄稿】

訪問看護事業に求められるビジネスモデルの再構築

伊藤 雅治(全国訪問看護事業協会副会長/全国社会保険協会連合会理事長)


 在宅ケアの基盤整備が叫ばれているなかで訪問看護ステーションの休止・廃止が増加している。本稿では,訪問看護の現状と問題点を明確にし,業界として取り組むべき今後の方向について考えてみたい。


訪問看護ステーションの概況

 訪問看護ステーションの事業所数,利用者数は制度発足以来順調に伸びてきたが,介護保険が制度化された2000年以降いずれも微増にとどまっている。また,訪問看護の市場は,介護保険サービスで介護費全体の約2%の1270億円程度,および医療保険サービスで国民医療費全体の約0.1%の390億円程度で非常に小さい。

 事業所の規模をみると,看護職員が5人未満の零細事業所が全体の55%,5人から10人未満の中規模が38%,10人以上の大規模事業所は7%で1割未満にとどまっている。

偏在する訪問看護サービス
 医師・医療の地域偏在が社会問題化しているが,訪問看護においても全国の約半数の市町村で訪問看護ステーションが設置されていない。小規模市町村では未設置が多い。都道府県別の高齢者人口10万人あたりの訪問看護の回数は4倍の開きがある。

訪問看護ステーションの経営状況
 全国訪問看護事業協会が2007年7月に実施した訪問看護ステーション経営概況緊急調査によれば以下のとおり。
・訪問看護ステーションの収益は,医療保険が約3割,介護保険が約7割。支出は,給与費が80.6%,経費が12.1%と費用のほとんどが人件費の業態である。
・2007年3月分の事業損益では赤字のステーションが全体の31.6%であった。特に,小規模のステーション(職員数,利用者数,延べ訪問回数が少ない)ほど赤字の割合が高くなっている。
・一方,黒字の事業所は,非常勤職員を多く雇用し,職員1人あたり給与費を下げ,職員1人あたり訪問回数を多くしている。なお職員1人あたりの給与費は黒字ステーションで33万6000円,赤字ステーションで37万7000円であった。

深刻な人手不足
 人手不足も深刻だ。2006年4月から9月の6か月の間に6割のステーションが求人募集をしたが,そのうち35.1%は採用できなかった。人手不足の結果,約4割のステーションが退院患者などの新規の利用者の受け入れを断っている。

 利用者1人あたりの1か月にかかる訪問看護労働投入量を調査した結果,訪問1回あたりに換算すると,利用者宅に平均65分滞在し,その他,準備・移動・記録・ケアカンファレンス等に58分かかっている。つまり利用者宅での滞在時間と同程度の時間が準備等に必要なのである。

 8割弱の訪問看護ステーションが24時間対応を行っている。近年医療機器を装着した患者等医療依存度の高い利用者が増える傾向にあり,夜間のトラブルの発生があるため,職員の負担感は大きい。規模の小さいステーションほど,職員1人が24時間オンコール対応を行う回数が多く,特に3人未満の零細なステーションでは月平均15.6日夜間に携帯電話を持参して自宅で待機しており,職員にかかる負担が非常に大きい。

衛生材料の円滑な供給体制の確立が急務
 薬事法の規定により訪問看護ステーションでは衛生材料などの管理ができないため,カテーテルの閉塞等のトラブル発生時に訪問看護師による迅速な対応が困難となっている。必要な衛生材料・医療材料は主治医から供給される仕組みだが,実際には利用者の個人負担やステーションの持ち出しも多い。衛生材料・医療材料が量・質ともに適切に供給されるシステム作りが急務となっている。

訪問看護の活性化に向けての基本方針

 10年後の2018年に向けて,超高齢社会・多死時代を迎えるにあたり,「国民が最後まで安心して療養生活を送れるよう,24時間365日にわたり療養生活と在宅看取りの支援が可能な安定的な看護サービス供給の実現」という訪問看護のミッションを明確にしたい。以下に在宅看取りの推進と訪問看護活性化に向けた2018年までの目標値を示す。これは日本看護協会,日本訪問看護振興財団,全国訪問看護事業協会の3団体が共同で提案すべきである。
・在宅死亡者割合を2005年の15%から25%へ高める
・在宅死亡者の訪問看護利用割合を2005年の17%から50%へ高める
・安定的な24時間サービスを提供するため訪問看護ステーションの規模拡大をはかる。

訪問看護の活性化に向けたビジネスモデルの再構築

 24時間,365日いつでも訪問看護が必要な人にサービスを迅速に届けるためには,ステーションの大規模化,複合化等が必須であり,現行の看護師5人未満が大部分を占めているステーションのビジネスモデルの再構築が必要だ。

 ビジネスモデル再構築の課題として,(1)いかにして訪問看護を必要としている対象者を迅速に把握するか,(2)いかに質のよいサービスを安定的に提供する体制を確立するか,(3)いかに訪問看護事業所の経営の安定化を図るかという,3つの課題に整理した。そして,それぞれの課題ごとに訪問看護の業界自身が取り組むべき課題,厚生労働省など行政に要望し実現に向けて取り組むべき課題,社会に向かって働きかけていくべき課題に整理をした(表)。

 訪問看護の活性化に向けたアクションプラン
  利用者把握の適正化 提供体制の確立とサービス質向上 事業経営の安定化





・需要予測方法の確立
・需要把握方法の確立
・訪問看護イメージアップ戦略
・病院の退院調整機能の強化
・在宅療養支援診療所との連携強化
・ナースセンター機能強化(訪問看護への新人や再就職者の積極的採用)
・研修の充実と強化:訪問看護師の新卒/継続教育の支援
・訪問看護の機能(在宅移行,ターミナル)拡充
・ステーション管理者強化/支援
・コモンシステムの確立:訪問看護の周辺業務コモンシステム化による効率化の検討,試行,設置支援
・経営戦略コンサル
・事業規模拡大/複合化
・他職種の連携強化
・ステーション管理者強化/支援

・地域の在宅ケア需要予測方法の確立
・医療計画上の扱いの明確化
・事業所の整備支援
・退院調整機能の強化
・看護師確保策の推進
・看護師需給見通しにおける訪問看護の扱いの明確化
・僻地等での事業所の経営支援(移動の評価)
・コモンシステム設置/拡大支援
・記録/請求業務の簡素化
・衛生材料供給システムの改善

・在宅医療/訪問看護の普及啓発 ・民間企業の訪問看護への参入 ・IT業界/事務請負業者による参入
社会保障審議会介護給付費分科会(2008年3月25日)資料より

対象者を把握しサービスを迅速,継続的に提供できる新たな仕組みの検討
 訪問看護ステーションの収益の7割は介護保険対象者である。訪問看護の制度化にあたって,医師の指示がサービス開始の前提条件となったが,介護保険対象者の場合,医療保険と同様の仕組みが必要か検討すべきである。つまり医師の指示の在り方について見直しが必要である。この課題については,2003年3月に厚生労働省が発表した「新たな看護のあり方に関する検討会報告書」でも取り上げられ,引き続き検討すべきであると整理されているが,介護保険対象者の場合,訪問看護の活性化,サービスの受け手の視点,在宅療養者を支えるチームのあり方の視点および看護師の自律性,専門性を高める等総合的な観点から検討し,訪問看護が必要な人に迅速にサービスを提供し,重症化防止等に役立つ仕組みの構築を検討すべきである。

コモンシステムの確立に向けて
 訪問看護ステーションの看護師が訪問看護業務に専念できるよう,事務作業,24時間電話対応など,周辺業務を訪問看護ステーションがグループで処理するシステムを開発する。具体的には利用案内・ステーションの紹介,24時間電話対応,請求事務請負,衛生材料の供給等であり,本年度に厚生労働省の支援を受けて訪問看護事業協会がモデル事業を行い普及可能なビジネスモデルの開発につなげていきたい。モデル事業では同一法人による複数のステーションによるコモンシステムだけでなく,開設主体が異なる複数のステーションによるコモンシステムの事例に取り組みたいと考えている。

主な参考文献】全国訪問看護事業協会2006年度老人保健健康増進等事業「新たな訪問看護ステーションの事業展開の検討」「訪問看護事業の報酬体系・提供体制のあり方に関する調査研究事業」,日本看護協会2006年度「訪問看護ステーションと在宅療養診療所との連携に関する研究」


伊藤雅治氏
1968年新潟大医学部卒,71年厚生省入省。老人保健課長として訪問看護制度の創設,寝たきり老人ゼロ作戦の立案,介護保険制度の創設等に従事。2001年,第4次医療法改正,臨床研修の義務化等を医政局長として担当し同年8月退官。現在,全国社会保険協会連合会理事長,全国訪問看護事業協会副会長,医療機能評価機構副理事長,日医大理事,独協学園理事等を歴任。

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