医学界新聞

2008.08.11



第13回日本緩和医療学会開催
「広げる・深める・つなげる――技と心」をテーマに


 第13回日本緩和医療学会が7月4-5日の2日間,安達勇会長(静岡県立静岡がんセンター)のもと,静岡県コンベンションアーツセンター・グランシップ(静岡市)で開催された。がん対策基本法の制定や,在宅医療の推進という流れのなか,緩和医療に対する国民の期待も高まりをみせており,その期待に応えるように本学会員は期間中に7000名を突破した。

 開催テーマ「広げる・深める・つなげる――技と心」は緩和ケアの標準化・均てん化,職種や地域間の連携などをイメージしており,疼痛緩和の臨床技術から倫理観の涵養やスピリチュアルケアに至るまで,多角的に緩和ケアの技術を磨くためのプログラムが用意された。


がん緩和医療の変遷とこれから

 1990年に定額緩和ケア病棟への診療報酬が認められて以来,緩和医療に対する保健医療行政は発展を遂げてきた。しかし本年4月現在で182緩和ケア病棟,3534病床が存在しているが,これはがん死亡者のわずか5%をカバーするに過ぎず,県内に緩和ケア病棟が数施設しかない自治体も多い。この領域においても医師不足,医療の地域偏在が課題となっている。

 初日に行われた会長講演において安達勇氏は「がん緩和医療の変遷とこれから」と題し,この半世紀のわが国における緩和医療の歴史を振り返り,そして現在,提供されている緩和医療の実際について検証を行った。

 このなかで氏は,最先端のがん治療施設である静岡がんセンターで,現在提供されている緩和医療についても紹介。同センターの緩和ケア病棟(PCU)では386例(2007年度)と,全国のPCUで最も多い数の看取りを行っているが,地域からの紹介患者の増加やPCU緊急入院の増加などによって年を追うごとに負担が増加。その結果,センターの入院患者がPCUへの転科を希望しても対応できないという事態に直面している。

 安達氏は「がんセンターでなければダメだ」という地域住民の意識を改革する必要性を訴え,地域の緩和医療の要をセンターの緩和ケア外来が果たしながらも,改めて地域の医療資源を見直し,上手な連携関係を築く必要があると述べた。この実現に向けては,連携先である地域の医療者に対する緩和ケア教育が急務であろう。

 最後に氏は,緩和ケアに携わる医療者の心構えとして,臨床腫瘍学を緩和医療の基本に据え,絶えず研究を志し実践すること,また医の不確実性を知り真摯に個々の患者に臨む必要性を会場に呼びかけ,論を閉じた。

尊厳を支持する心理療法Dignity Therapy

 終末期において患者本人の尊厳,スピリチュアルに対するケアは,その死にかかわる医療者・家族にとって大きなテーマだ。その理論化,体系化されたケアの手法についてはまだ完全に手に入れられていないのが実情だ。患者が過ごしてきた人生,築いた価値観は千者千様であり,不確実な「こころ」に対するアプローチがさまざまな医療現場で試行されている。

 本学会ではメモリアルスローンケタリングがんセンターで修練した精神腫瘍学の専門医で,緩和ケアや終末期の精神症状について長年,臨床研究を行ってきたカナダ・マニトバ大教授のHarvey Max Chochinov氏によって,氏自身が開発した心理療法である“Dignity Therapy”(あなたの大切なものを大切な人に伝えるプログラム)に関するワークショップが開催された。

 Dignity Therapyは15年間にわたる綿密な臨床研究を通じて構築された「尊厳モデル」を治療の背景とし,死を目前にした患者が,今残したいもの,人生で大切にしてきたことを問いかける形で介入を行う心理療法。実際のセッションでは,患者とセラピストが約1時間をかけて録音をしながらライフレビューを行う。終了後,迅速にテープ起こしがなされ,患者にその内容を確認してもらった上で,1冊の冊子として患者本人に渡している。

 当日はChochinov氏とソーシャルワーカーのJill Taylor-Brown氏によるDignity Therapyの模擬実演が行われた。「あなたの人生で大切だったことについてお伺いしてよいですか」の問いかけで始まったセッションは,穏やかに患者の話をリードしながら進行し,会場は独特の温かな雰囲気に包まれた。これまでに何百回ものセッションを行ってきたChochinov氏は「患者本人の尊厳に特化したDignity Therapyはサイコセラピーやカウンセリングとは別なものである。また決して死そのものについて語り合う場ではない」と述懐した。

 強い希死念慮を抱いていた終末期の患者のひとりは,Dignity Therapyを終えて,「家族のためにbeautiful documentsを残すことができた」と満足げに語ったという。自己の連続性や世代継承という視点から,患者の尊厳をサポートした一例であろう。終末期にあっても,最後まで患者の生に対する積極的な意味づけを行おうとするこのアプローチは,日本の臨床現場でも活用できるのではないだろうか。

医療者・市民への教育・啓蒙の取り組み

 現在,日本緩和医療学会などが主導し,学生を含む医療者や,市民への緩和医療に関する教育・啓蒙活動が急ピッチで展開されている。本学会場ではこれらの取り組みの紹介も行われた。

 オレンジバルーンプロジェクトは同学会が「おぼえてください『緩和ケア』」をキャッチフレーズに展開している,市民に緩和ケアを浸透させる活動だ。この宣伝ブースがロビー内に設置され,シンボルであるオレンジ色の風船が会場に彩りを添えた。

 また,「共に痛みと戦う」という考え方に賛同した医療者が,それぞれの立場を超えて結集して設立した非営利団体であるJPAPTM(Japan Partners Against Pain,代表世話人・花岡一雄JR東京総合病院長)の全国大会も初日に会場内で行われ,「音楽がもたらす,やさしい世界」をテーマに活動団体の表彰やチェリストの溝口肇氏らによるコンサートが実施された。

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