医学界新聞

インタビュー

2008.08.04



【シリーズ】

この先生に会いたい!!

池田正行氏(国立秩父学園/内科医)に聞く

<聞き手>佐野正彦さん
(王子生協病院初期研修医)


なぜ池田先生に会いたいのか?

 2005年10月の高松市での学習会で初めてお会いして以来,池田先生には魅力を感じていました。診断学の醍醐味や研修医生活の過ごし方,医師としての心構えなど,私の世界観に大きく影響を与えてくださっています。今回は,研修医生活のなかで抱いた「どこか納得できない」,「アタマでは理解できても実感できない」といったモヤモヤした思いを,先生にぶつけてみたいと思っています。


■モヤモヤ感は問題意識の証
 考え抜いた先には成長した自分がいる

緊張=青信号――

――では,お話を始めてください。

佐野 緊張してきました(笑)。

池田 緊張するのはいいことですよ。“いい仕事をしたい”と意識することだから。私は「不安があるときは安心してください。不安がないときには,不安になってください」ってよく言うんです。研修医が医療事故を起こすのは,慣れてきた2-3年目です。緊張しているというのは頭が冴えている証拠。だから,緊張するのは素敵なことなんです。

佐野 なるほど。緊張感はプラスにとらえていいものだったんですね。

 では,さっそく質問させてください。

「戦略」としての病歴聴取

佐野 学生時代,よく授業で「病歴聴取が大切だ」と教えられました。ですが,頭では理解できても,臨床のなかでどのような形で重要になってくるのか,実感として分からなかったのです。病歴が大切であるとはどういうことなのでしょうか。

池田 一般的に,「病歴が大切」とか「患者さんの話をよく聞く医者は,いい医者だ」ということがよく言われますが,その根拠はあまり理解されていないようです。

 私にとって,臨床における“大切なこと”の基準は,「安全である」,「面白い」,この2つを満たしていることです。

 では,病歴聴取がもたらす安全性とは何か。臨床の安全は,患者さんと医師が情報を交換し,共有するという基本のもとに成り立っています。問診を通して,どこが悪いのか,いつから具合が悪いのかといったことを患者さんから“教えてもらい”,情報を共有する。そして病気の治療法をともに考え,選択する。病歴聴取は,問題解決と安全確保のための「戦略」なのです。

 では,病歴の「面白さ」はどこにあるか。治癒・寛解,リハビリや緩和ケアといったさまざまな病気の結末にたどり着くまでには,まさに山あり谷ありです。映画みたいでしょう? 患者さんと私たちが映画の主人公みたいに,患者さんの問題解決のための道筋をつくっていく。だから,病歴聴取は面白いのです。ところが,今までの病歴聴取の教育には,「患者さんの言うことをよく聞いてあげましょう」なんていう奇妙な道徳,倫理感が背景にあったのです。そんな考え方では,病歴の重要性がピンとこないのも無理はありません。

 もちろん私も,今話したようなことが最初から分かっていたわけではありません。佐野さんと同じように悪戦苦闘してたどり着いた答えなのです。

“職人芸”を言語化する

佐野 大学で学んだことにはクリアカットなことが多かったと思います。しかし,臨床研修に入ってからはどこかモヤモヤすることが多くて,病歴もその1つでした。

池田 その感覚の原因は,医学部の教育,学習の対象が,すでに言語化されているものだけに集中してきたことにあります。一方で,問診や診察,コミュニケーションのコツといった言語化しにくいことは,各人の持ち味,職人芸みたいな扱いをして教育の対象にしてきませんでした。

 でも,医学部教育で学べなかったことこそ,実際に臨床に入った瞬間から必要になるものが多いのです。その結果,多くの臨床医が苦労しています。ですから,簡単に言語化できないと諦めるのではなく,言語化する努力が必要。言語化しにくいといっても,現場では教えているわけだから,「100%言語化できない」ということは絶対にないわけです。ですから,これからの医学教育の課題であり,面白いところは,今まで言語化できないと思われていた領域の言語化であると私は考えています。

 私が全国巡回教育でやっているのは,まさにその言語化です。この活動が広がれば,臨床の大きな進歩につながるはずです。

佐野 そうですね。池田先生はいつも,私がぼんやりと不安に思うこと,どこか納得できないことの問題点をずばり言語化して,解決してくださるんですよね。先生の話を聞いてハッとする人も多いと思います。

池田 例えば,道端に落ちている1万円札を見つけた場合と,タンスの中にある自分の上着のポケットから1万円札を見つけた場合では,どちらがうれしいですか? 多くの人は,後者でしょう。「ハッとする」というのは,自分のアタマの中に隠れていたアイディアという1万円札を見つけた喜びの表れです。最初から皆,素敵なアイディアを持っています。私はただ,皆さんがそのことに気づくための手助けをしているだけなのです。

モヤモヤ感は宝の山

佐野 指導医と鑑別診断のディスカッションをしていても,生物学的な視点から考えることしかできない私に対して,指導医の方々は心理・社会的要素など幅広い視野で診断していきます。一日も早く,一人前の医師になりたいと願っています。

池田 きっとなれますよ。焦ってはいけません。私も昔はあなたと同じだったのですから。それも私の場合は,目標にできる先生に出会えなかった,または気づくことができなかったから,いつも手探りでやってきました。でも,あなたには多くの素晴らしい指導医という道しるべがある。道しるべがあるのだから,私たちを簡単に追い越せますよ。

佐野 簡単に……(笑)。日々の一つひとつの臨床現場で知識や経験を吸収していきたいと常に考えています。漫然とした態度が自己の成長を阻むと思うからです。

 意識障害診断におけるバイタルサインの有用性に関する論文がBritish Medical Journal(BMJ 2002;325:800)に掲載されましたね。これも日々漫然と診療をしているだけでは生まれなかった研究だと思います。なぜ研究しようと思われたのですか?

池田 あの研究も,自分の中でのモヤモヤ感――不愉快な感じがきっかけでした。意識障害の患者さんに綿密な神経学的診察をルーチンに行うわけにはいきません。一方で,安易に頭部CTに頼る結果,診断も遅れる上に誤診もあるなどの問題を感じていたんです。綿密な神経学的診察ができない場合でも,救急室で得られる基本的な情報で,頭蓋内病変の可能性を推測する方法はないか,と考えたときにあの研究が生まれました。

 さっきの不安感と同じで,モヤモヤ感がある限り,そこに問題意識が生じて,考え続けます。考え抜いて見つけた答えは,必ず私たちを成長させてくれます。臨床研究の大成果につながることもあるでしょう。私のホームページの「メディカル二条河原」でも,日々のモヤモヤ感がもとになって,新しい考えが生まれています。モヤモヤ感は,成長していくための資質,いわば宝の山なのです。

佐野 私は医学部に入学する前に民間企業で働いていた経験があり,ストレス発散のコツもある程度分かっていましたが,多くの研修医はストレスとの付き合い方を知りません。その状態でモヤモヤ感に襲われたときの重圧は並大抵のものではないはずで,モヤモヤ感はマイナス要因だと思っていました。でも,実はプラス要因,成長のチャンスだったというわけですね。

「世界征服」,「バックアップづくり」

佐野 先生の仕事への高いモチベーションはどこから生まれてくるのでしょうか。目につきにくい部分を改革するとき,最初は周囲から理解や評価が得られないこともあると思うのですが。

池田 たくさんありますよ。

 でも,周囲の評価は関係なくて,仕事に取り組む面白さ自体が私のモチベーションにつながっているのです。教育で言えば,面白さの源は「世界征服」という悪魔的な魅力です(笑)。つまり,私の考え方が,患者さんや職場のスタッフから始まって,地域の人々,日本中の人,そして世界中の人に浸透していくことを目指すという面白さです。

 また,教育は私のバックアップづくりでもあります。私が病気や異動,転勤などでいなくなっても,その場を安心して任せられる人材を育てる。それが教育であり,そこから生まれる安心感,充実感もまた,私のモチベーションにつながっているのです。

名医を目指すな

池田 でも,頑張りすぎるのもよくないんですよ。

佐野 それはどういうことですか。

池田 医師というのは,患者さんによくなってもらいたいと願って,どうしても頑張ってしまう。でも,結果は頑張りの程度に比例しません。それなのに,悪い結果が出たときは,自分の頑張りが足りなかったと思って自分を攻撃してしまいます。時に患者さんも,その攻撃に加わってモンスター化するのです。

 頑張って名医との評判が立ってくると,そこには名医を求める患者さんが集まってきます。名医であると期待して,名医であるようにふるまう医師にかかった結果が,自分の望むものでなかったとき,患者さんはモンスター化するのです。

佐野 患者さんへの気持ちで自分を追い込まないようにする注意が大事なのですね。

池田 そうです。完全結果保証の名医であろうとするのは危険です。毎日精進しながらも,問診・診察を通して患者さんに教えを求める姿勢で臨めば,患者さんにも「医師を育てる気持ち」が生まれこそすれ,名医による結果保証への過度な期待は生じません。患者さんに助けてもらいながら患者さんと一緒に問題解決に当たる。モヤモヤした気持ちを大切にする。このことを忘れないでください。大きく成長されることを期待しています。

佐野 本当にありがとうございました。


池田正行氏
1982年東医歯大卒。国立精神・神経センター神経研究所,英国グラスゴー大ウェルカム研究所研究員,厚労省・PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て,2007年7月より現職で発達障害・知的障害の臨床に携わる。意識障害の診断におけるバイタルサインの有用性を検証した“BMJ”の論文が国際的に高い評価を受けるなど,臨床研究に精力的に取り組む一方,神経内科・家庭医療の全国巡回教育で高い人気を誇る。自身のHPの「メディカル二条河原」というコーナーでは,特定の診療分野にこだわらず,さまざまな医療問題に対する独自の視点を示すマルチタレントぶりを発揮。08年10月から一転して,熱帯病分野での新薬開発に携わる予定。

佐野正彦氏
1994年一橋大経済学部卒。石油開発会社にて資材,調達,営業等を経験後,2002年高知医大医学部に入学。08年同大卒業後,同年4月より研修システムが優れている王子生協病院にて初期研修中。ポートフォリオ,SEA等の新しい医学教育ツールに触れながら,日々さまざまな患者さんにもまれて奮闘中。将来的には臨床研究も視野に入れ,業務をこなしている。

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