終末期の大冒険
連載
2008.06.23
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
大金持ちの豪腕実業家の経営する病院の病室は「二人部屋」が至上命令であった。彼が末期がんで余命6か月と診断されて入院したのも,その二人部屋であった。その部屋には謹厳実直な自動車修理工が,同じく末期がんと診断されて入院していた。
今,公開中の映画『最高の人生の見つけ方』(監督・制作:ロブ・ライナー,2007年,米)の主人公たちである。原題はThe Bucket List(棺おけリスト)。それは,棺おけに入る前にやりたいこと,見たいもの,体験したいことのすべてを書き出すリストのことである。
二人部屋での出会い
その昔,カーター・チエンバーズ(モーガン・フリーマン)がまだ大学生だった頃,哲学の講義で“棺おけリスト”を作る課題を出題されたことがあった。しかし,叶えてみたい個人的な夢や計画は頭に思い浮かびはしたものの,そこには現実という壁が立ちはだかった。結婚,子供たち,さまざまな責任……最終的には46年間続けてきた自動車修理工という仕事のせいで,カーターの“棺おけリスト”はそのチャンスを失ったという苦い思いと,自動車のボンネットの下での作業中にぼんやりと浮かぶ空想に姿を変えてしまっていた。テレビのクイズ番組を見ながら100%正解を答える姿に,彼の博識が示される。
一方,お金持ちの実業家エドワード・コール(ジャック・ニコルソン)は,締め切りのないリストを見たことなど人生で一度たりともなかった。金を生み出し,会社を大きくすることに忙しすぎて,企業買収や美味しいコーヒーを飲むこと以上に,より深く自分が求めているものについて考えることさえできなかった。
奇しくも同じ病室に納まったカーターとエドワードは,“二人部屋”のおかげで,生涯の友となった。
私の看護師としての経験からみると,二床室は患者同士の関係性や治療上の観点,プライバシーの保護などの点から推奨できないと考えられ,現代の病室は個室か多床室が多く採用されている。
しかし,この映画の場面となる二床室は迫力があった。ナースの手助けを嫌う体格のよいエドワードが,ストレッチャーからベッドに移るとき,ストッパーが十分かかってなかったためそれらのすき間に転落してしまうところを,隣りのベッドに横たわるカーターが苦笑しながら眺めているシーンや,化学療法が始まり,激しい嘔気のためトイレにかけ込み便器を抱くようにして嘔吐するエドワードを,読んでいた本から目を上げて見守るカーターの表情が描かれる。
残された時間で本当にやりたかったこと
カーターの妻はナースであり,何かと夫をコントロールしようとする(これはナースの習性かもしれない)。結婚,離婚を経験して現在,独身のエドワードには,父と息子のような関係の有能なアシスタントのトマスがいた。
赤の他人だった二人は,「二床室」で生活を共にし,先のことについて考える時間をたっぷりと手にすることになる。そして互いにまったく別の世界に暮らしていた二人は,自分たちの間にとても大切なものがふたつあることに気づく。ひとつは,これまでの自分自身を受け入れ,さらに自分が下してきた選択を受け入れること。もうひとつは,自分たちがやりたいと思っていたことをすべて叶えるために,残された時間を費やすことであった。
棺おけリストには,「荘厳な景色を見る」「見ず知らずの人に親切にする」「マスタングの運転」「泣くほど笑う」とカーターが書き,「スカイダイビング」「ライオン狩りをする」「世界一の美女にキスをする」とエドワードが付け加える。
こうして,二人は主治医の警告を無視して病院を飛び出し,共に生涯の冒険の旅に出る。世界の壮大さと美しさを味わいつつリストを達成しつつ,人生の課題に直面する。
しばらく(妻からみると)行方不明であった夫カーターが久々に帰宅し,家族で食卓を囲んだその夜,彼は寝室で倒れけいれんを起こした。再び病室に運ばれた彼はそのまま旅立った。エドワードがキスをした世界一の美女とは,関係を修復した娘の家族である孫娘であった。カーターの死に惜別の辞を述べたエドワードも,しばらくして旅立った。
カーターが最後に行き着いたのは,高級シャンパンなどないごく普通の家族の食卓であり,エドワードはそれまでないがしろにしてきたことを,カーターとの友情を通じてみつけることに成功する。それは,他者を幸せにする喜びを見つけることであった。
映画館の外の世界では折りしも,後期高齢者医療制度や終末期相談支援料の是非が議論されている。
それにしても,モーガン・フリーマンはかっこよかった。
(つづく)
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