医学界新聞

2008.06.23



新人が自ら問題解決する力を支援する研修

北里大学病院(神奈川県相模原市)


 現任教育・キャリア開発において定評がある北里大学病院はクリニカルラダー導入の先駆的存在として知られており,新人を含む看護職員を対象とする系統立った研修プログラムを導入してから10年以上が経過している。そのラダーはすでに成熟の域に到達しているが,毎年,教育のための院内組織や教育プログラムのブラッシュアップは欠かさない。1033床ものベッドを抱える同院には例年200名に迫る数の新卒看護師が入職するが,年度末時点での離職率は毎年1-2名であり,マグネットホスピタルのひとつだ。長年にわたる手厚い教育体制の効用といえるだろう。本紙では教育担当科長の猪又克子氏に,同院の研修体制について,レベルI(新人看護師)研修を中心にお話を伺った。


明確な目標設定 看護研究への視点も早期から

 北里大学病院のクリニカルラダーはレベルI-IVまでの4段階のラダーを設けており,1年目はレベルIで,研修は必修となっている。

 4分野で目標を設定しており,(1)看護実践面:日常生活のための基本的な知識・技術を確実に身につける――ベッドサイドケアが安全に確実にできること。(2)管理面:チームメンバーとしての役割が果たせること。(3)教育面:研修に参加することと実践を通して専門職業人としての責任を自覚すること。(4)看護研究:研究活動に参加をすること(病棟の先輩が取り組んでいる看護研究に参加する,北里大学病院・北里大学東病院と大学で運営する北里看護研究会への参加,文献検索)――が定められている。

 4点目については,同院の看護に流れ続ける文化である「看護研究」への意識を早期から涵養したいというねらいだ。

多重課題・時間切迫に対するシミュレーション実習

 入職2日目に配属発表となり,プリセプターシップによる指導となるが,1・3・6か月後に新人全員を対象にフォローアップ研修(表)が企画され,その時期に必要となる技術に関する講義・演習が提供される。なかでも6か月の多重課題によるシミュレーション実習が目を引く。

 新人看護師フォローアップ研修
  講義・演習項目
1か月 ・輸液関係ME機器の安全使用と取り扱い
・院内感染と看護(スタンダードプリコーション)
・麻薬の管理・輸血の管理
3か月 ・人工呼吸器の取り扱いと看護
・心電図モニターの取り扱いと看護
・心肺脳蘇生法
6か月 ・多重課題のシミュレーション実習

 厚労省より2004年に示された「新人看護職員の臨床実践能力の向上に関する検討会」報告書において,業務密度の高まりとともに増加している多重課題への対応について,基礎教育で身につけることは困難との指摘があり,臨床側が行う卒後研修に委ねられている。

 この報告書につながった2003年度の厚労科研「医療安全確保のための看護体制のあり方に関する調査研究」(主任研究者:井部俊子氏)に,猪又氏は北里大学看護学部の教員として関わった。

 1・3・6か月目の新人が病棟で働いている様子をビデオ撮影し,行動分析を行ったところ,さまざまな仕事が同じ時間に重なり,優先順位や多重課題で混乱をしている姿が浮かび上がってきた。この研究からは同時に,入職から3か月を過ぎると最初は丁寧に行っていた手順を飛ばし始める行動もみえてきた。ある意味“結果オーライ”的に看護手順が非常に雑になっていた。そういった時期に,自分の行動を見直す意味も含めて多重課題,時間切迫の研修を導入している。

 「時間がどんどん押せ押せになって追われていることが傍目にも,本人たちにとってもつらいという結果が現れ,実践的な研修を組む必要があるということでシミュレーションを企画しました」と猪又氏は語る。

 実際の研修では,4床の病室で点滴の交換,トイレ誘導の必要な患者,吸引が必要な患者が同時発生したという例題が示され,優先順位の選択を行い,先輩ナースの応援も求めながら4分間でケアを行い,評価者が1対1でチェックする(図)。学生の技術力の低下が指摘されているが,臨地実習ではひとりの患者に対する看護過程の展開の経験しかないため,実習と実際の看護師としての業務が一致していない。このシミュレーションはどの施設でも必要な研修ではないだろうか。

研修の企画・評価体制

 早すぎも遅すぎもしない適切な時期に,適切な水準の研修を実施するために,研修内容の継続的な評価は欠かせない。

 同院では看護部の中に専任の看護教育の部門を置き,科長の猪又氏を含む4名が所属。この4名に,看護部の5つの系の係長(師長級)それぞれ1名ずつが加わって教育委員会を構成し,プログラムの立案・評価をしている。

 猪又氏は教育担当科長になって4年目だが,この体制はかなり以前から続いているという。また昨年からの新しい試みとして,フォローアップやリーダーシップの各研修単位の院内教育指導者を看護部全体から6-7名選出し,立案・評価に加わってもらっている。

 現在は主任クラスが院内教育指導者となっているが,教育的な視点からレベルIII-IV(5-10年目)までに年次を引き下げ,ひとつの指導者研修として位置づけていく計画だ。

多職種によるメンタルケア

 新人のメンタルケアについては病棟主任,プリセプター,係長,教育専任担当者,リエゾンナース,精神科医に相談できることを入職時に示しているほか,各フォローアップ研修でグループワークを必ず入れ,自分だけの悩み,苦しみではないことを実感させている。

 また入職時にはリエゾンナースからの講義があるほか,3か月研修ではエゴグラムから自分の傾向を知る学習や,夜勤に入り始めて睡眠障害が出てくる時期なので,睡眠に関する講義も予定する。多領域,多職種が勤務する同院ならではのきめこまやかなフォローアップ体制だ。

 学生実習では末期の患者を受け持つことは稀なため,死に対するリアリティショックは大きい。同院の末期患者が多い病棟では看護職が集まり,受け持ち患者の死を語り合うデスカンファレンスを行っている。デスカンファレンスに参加した新人は「先輩たちがつらい経験を話したり,時には涙を流していた。新人の自分たちだけでなく,何年たっても患者さんの死はつらいものだと気持ちの整理ができた」と語った。死に対するショックを病棟全体で共有する大変貴重な取り組みだ。

さまざまな背景を持つ看護職員への支援

 猪又氏も新人看護師としてのキャリアを同院でスタートさせた。「当時から『今こういう問題があるんだけど,どう?』という管理職からの問題提起を,皆で話し合って解決する姿勢がありました。そして新人でも,『こういう理由でこんなことをしたいと考えている』と,きちんと表現をすればサポートがもらえる体制が続いています。これが当院看護部の特長かもしれませんね」と語る。

 近年は子育てをしながら看護学校に入学し,同院に入職してくる新人看護師も少なくない。最近では,新人,プリセプターともに子育て中の30代の看護師という組み合わせもあったそうだ。猪又氏は「近年,社会人や子育てなどさまざまな経験をした新人看護師が増加していますが,人生経験は必ず看護に役立つと考えています。私たち指導者もすべての新人が働き続けられるような教育,サポートをする必要があります」と語る。

 同院では昨年から“働きやすい職場づくり”をめざし,さまざまな働き方に対する価値観を,できるだけ尊重できるように,ワークシェアリングや職場の業務整理を進めている。また,本年度からは離職中の看護師に対する復職支援研修会もスタートさせた。

 以前から認定,専門看護師をめざす職員に対する支援や,卒前と卒後の連携も進み,自ら考え,動ける看護師を育てる風土が脈々と築かれている北里大学病院看護部。現在,問題を解決する力をサポートする研修が企画され,新人たちの成長を助けている。


猪又克子氏
北里大学病院で看護師のキャリアをスタート。同大看護学部の教員(基礎看護学)を経て,2004年より現職。入職当時,初めての受け持ち患者の急変に動揺して立ち尽くしてしまったときに,教育担当係長がそっと後ろから「今は見ているだけでいいのよ」と肩に手を添えてくれたことが強く記憶に残る。同じ立場になった今,不安がいっぱいの新人たちが困っているときに,そっと手を差し伸べられる存在でありたい。

北里大学病院
 病床数:1033床  診療科数:24科
 職員数:2050名(うち看護職員1031名)
 入院基本料:7対1
 平均在院日数:13.9日

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