看護部合同プログラムと短期地域医療研修(東京北社会保険病院)
2008.06.09
看護部合同プログラムと短期地域医療研修
東京北社会保険病院(東京都北区)
「医師が個人プレーで医療を行う時代は終わった。これからは他職種との協働が“重要”というよりも“必須”で,他部署と連携しなければ臨床研修そのものがうまくいかない。そのためには,研修医だけでのオリエンテーションは不十分ではないだろうか」
東京北社会保険病院臨床研修センター長の名郷直樹氏はこう指摘する。同院では,新研修医に対し,看護部と合同のオリエンテーションプログラムを実施している。採血などの実技は,ほぼすべて研修医と新人看護師とが一緒に行うほか,外来・病棟での看護見学としてシャドウイング(看護師についてまわり,業務を見学すること),医療安全管理に関わる合同ワークショップなどが行われ意識の共有を図る。毎回グループが変わるため,オリエンテーションが終わる頃には研修医・看護師全員と顔なじみになる。
こうした取り組みが始まったのは昨年からだ。昨年は一部のプログラムを一緒に行う形だったが,今年はほぼ完全に重なっているという。
オリエンテーションは1か月にわたる。大きな特徴は前述の看護師合同プログラムと,1週間の短期地域医療研修だ。東京北社会保険病院は,地域医療振興協会の開設・運営により,へき地,離島等への医療支援に力を入れており,地域医療をめざす医師が多く集まる。この短期地域医療研修はその一歩といえるだろう。
その他,研修センターでのセッション,放射線科やリハビリ科など各部門見学,1日老健施設見学などを経て,4週目からローテーションを開始する。
オリエンテーションのはじめに,各自が研修目標を立てることも特徴の1つ。「技術的なオリエンテーションはもちろんだが,“地域医療とは何か”といった理念をより重視している」と名郷氏。目標をどう立てるか,どう実現するかといったきめ細かいフォローも行う。
表 2008年度東京北社会保険病院オリエンテーションスケジュール(4月) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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手技は慣れるだけでなく理解して
取材日に行われたのは,看護部と合同の静脈血採血および血糖値測定実習。新人看護師18名,研修医8名混合で8グループに分かれ,各グループに1名,主任や師長など看護部のスタッフが指導に入る。
看護部長の川合榮子氏は「看護部としても研修医とのオリエンテーションは有意義。マンパワーの投入は大変だが,それでも得られるものの方が大きい」と語る。
はじめに2年目研修医らが採血に関連する解剖・生理についてレクチャー。「テレビは仕組みが分からなくても使えるが,壊れたときは仕組みが分からないと直せないのと同じ」と,手技だけでなく背景にある理論の重要性を強調した。
また,意外に多い合併症として神経損傷を挙げ,「ある研究では,56万例中150例で神経損傷し,うち3例は完治に1年要したというデータもある」と注意を促した。
ビデオでの手技確認後,模擬採血キットを用い,3人1組で真空管採取を練習。その後実際に研修医同士,研修医と看護師で採血しあう。この際に用いるのが「採血トレーニングシート」。「必要物品が揃えられる」「採血部位の選定の禁忌がわかる」「逃げやすい血管の対処ができる」など,指示確認から事前準備,手技,後始末にいたるまで詳細な項目にわたる。すべてのチェック項目が埋まれば採血は完璧だ。
オリエンテーションを振り返る
オリエンテーション期間中は,ほぼ毎日振り返りの時間を設けている。最終日には,3週間のオリエンテーションを終えて最後の振り返りが行われた。研修医の間でファシリテーターを決め,振り返りが始まる。
「最初の2週間の研修は,次の1週間の地域医療研修にどう活かせたと思う?」
「患者さんの状態をマイナス面だけでなくプラス面まで見るようにアドバイスされていたから,“血圧いいですね,気をつけていることでもあるのですか?”と自然に聞けた」
あるいは,
「コメディカルとのコミュニケーションが大事だって何回も聞いていたから,診療所に行ったときも他職種との壁を感じずに仕事ができた」
「ウソ,俺は看護師さんと話せなかったよ」
「じゃあ,他職種とのカベをつくらないためにどうしたらいいと思う?」
しまいには「名前を覚えるのが苦手なんだけど,みんなどうしてる?」「地域に行くと,何もできない新米研修医なのに“先生”と持ち上げられて……」など悩み相談の様相を呈する。
同院では,週1回のハーフデイバック時,ローテートの中間・終了時,1年次終了時と,こうした振り返りを2年間の初期研修の間ずっと続ける。「決断を迫られる職種には絶対に必要」。名郷氏は,振り返りの意義をそう強調する。
地域医療研修で気づくこと
続いて地域医療研修の報告会だ。先週は,規模も地域のニーズも多様な7つの診療所で,研修医がそれぞれ1週間の研修を行った。
ある研修医は,診療所医師が訪問看護師や家族からも情報を集めていたことに驚いたという。「自分が患者さんから聞いた話と全然違うじゃないか!」患者さん一人ひとりを,地域で暮らす人として見ることが大事だと気づいた。
また別の研修医は,「私のへき地に対するイメージとは逆に,多くの方が検査や薬を希望し,“MRIを入れてほしい”と要望する患者さんまでいて意外だった」と語る。「患者さんのことを考えると,何が正しいのか分からない」と漏らす研修医に対し,名郷氏がひと言。「そうやって解決策を考えるのが正しい!」
オリエンテーション終了後,最初に研修医各自で立てた「2年間の目標」「当期(6か月)の目標」を見直し,最初のローテートコースの目標設定をする時間が設けられた。
さあ,明日からローテート開始だ!
■研修医の声――短期地域医療研修を終えて◆小野 留那さん……郡上市地域医療センター国保和良診療所(岐阜県郡上市)で研修 和良診療所のある郡上市和良町は,岐阜県のほぼ中央に位置する山の自然が豊かなところです。2004年の市町村合併の前は,昭和の合併も経験せず長い間和良村として親しまれてきました。和良診療所は,そんな旧和良村を中心とした約2000人・700世帯の地域の医療を守っています。 老健と保健センターが隣接しており,医療・行政・福祉が密接に連携をとっています。研修させていただいた1週間の間にも,病院と老健のカンファレンス,病院の訪問看護のカンファレンス,病院と行政と住民の会議などがあり,和良に住む人々が一丸となって,高齢化する地域の医療を支えるため努力されているのが分かりました。病院を中心に健診や予防医療に力を入れてきたことが実を結び,2003年には旧和良村の男性平均寿命が日本一となりました。 住民バス,出張診療所や訪問診療の充実など,より良い医療を築くために妥協しないことの大切さを学びました。 ◆東海林 明里さん……六合温泉医療センター(群馬県六合村)で研修 地域医療や家庭医に興味を持ち地域医療振興協会での初期研修を希望した私ですが,実際にへき地の医療に触れるのは初めての経験でした。 今回私が訪れたのは,群馬県六合(くに)村,人口1700名,そのうち65歳以上の方が3分の1程度を占める高齢化率の高い地域です。そのような場所にある六合温泉医療センターは,村唯一の医療機関。診療所,歯科診療所,老人介護福祉施設を併設し,温泉地域特有ともいえる温泉・温水プールを含めた健康増進施設も備わっています。 研修では,外来診療・往診・出張診療など医師の業務だけではなく,地域医療に関わるありとあらゆる職種の視点を経験してみたいと,村役場に出向き福祉課の職員さんの話を伺ったり,併設されている介護老人福祉施設「つつじ荘」での夜勤を体験,またケアマネジャーさんと利用者さんの調査などにも同行させていただきました。短い期間でしたが,センター長の松井先生だけでなく,橋本先生,その他スタッフの方々にも多くのことを教えていただきました。イメージでしかなかった地域医療の入り口を覗くことができ,非常によい経験となりました。2年間のうちあと3か月地域医療研修がありますが,今回学んだことを基盤に頑張っていきたいと思います。 |
「誰のための研修か」を考えてほしい
――看護部との合同オリエンテーションのねらいは何でしょう。 名郷 1つはチーム医療に早い段階から慣れることです。チームで動くことは初期研修医にとって非常に重要な課題で,厚労省も臨床研修到達目標の「6つの行動目標」の1つにチーム医療を挙げています。 加えて,業務が始まれば看護師と仕事をする場面が大部分です。オリエンテーションの段階から顔合わせを行い,一緒に学ぶことで,今後への導入がうまくできるのではないかという現実的なもくろみもあります。 同じ地域医療振興協会地域医療研修センターの市立伊東市民病院では現在,医師と看護師で完全に合同の研修プログラムを作成しています。来年は当院でもプログラムをさらに重ねていきたいと考えています。 「だんだん効いてくる」短期地域医療研修――短期地域医療研修についてはいかがでしょうか。 名郷 当院のプログラム自体がへき地医療の専門医育成を掲げているので,研修の最初の時点で地域医療に1週間触れてもらいます。 「自分の医師としての一歩をここから始めるんだ」「将来こういうところで働くんだ」という想いを新たにしてもらう。「何を研修する」というわけではありませんが,とにかく地域に放り出して,早くから現場の空気に触れさせるということですね。 実際に行ってみると,退屈な外来だったり,いまひとつ「よくわからない」ことも多いと思います(笑)。でも,それが1年目にもう1か月,2年目に2か月,後期研修で半年から1年と地域へ出るようになると「だんだん効いてくる」。ですから,この1週間単独での意義というよりは,ステップの一歩として考えています。 私も,実際に地方の診療所に行って,そのときはたいしてなんとも思わなかったことが,振り返って思い出したときに「ああ,あれはこういうことだったのか」と気付くことが非常に多いのです。最初は見過ごしていたことも次第に敏感になっていくのかもしれませんね。 誰でも眠っている感受性があるので,それを徐々に起こしていけるようにステップアップできるといいと思っています。 ――研修場所もさまざまです。 名郷 今年は青森,群馬,岐阜などですが,寒い地域から暖かい地域まで,風土も,地域の雰囲気も,患者さんのニーズもまったく違います。それぞれが違ったことを学べるのではないでしょうか。 感じるように感じてもらいたい――将来はやはりへき地医療を念頭においている研修医が多いのでしょうか。 名郷 今年はそういう研修医が多いようです。研修の中で変化していくかもしれませんが,なるべくたくさんの人にへき地医療をやりたいと思ってほしいですね。 ――オリエンテーションを通して新研修医に感じてほしいことは。 名郷 「これを感じてほしい」というのはありません。「感じるように感じてもらう」しかない(笑)。 自分自身の体験を通して日々感じることのなかには,これからの長い研修の中で役に立つことも立たないこともあると思います。ですから,たくさんのものを見て,1人ひとりがそれぞれの経験をそれぞれに感じてくれれば,それでいいと思っています(笑)。 ――最後に研修医に向けてメッセージをお願いします。 名郷 やはり,「誰のための研修か」ということをよく考えてほしいですね。自分のための研修というのはもちろんですが,これまでお世話になったいろいろな人のための研修ということもありますし,何と言ってもこれから出会う患者さん1人ひとりのための研修でもあります。さらに,地域医療という観点では地域社会全体のためであります。 そういう大きな視点を持って,研修を行えるといいのではないかと思います。 ――ありがとうございました。 |
東京北社会保険病院(吉新通康病院長)
280床。研修医は1年目8名,2年目8名が在籍。地域医療振興協会の運営のもと,地域医療を支える医師育成に取り組んでいる。市立伊東市民病院でも同様の取り組みをしている。
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