医学界新聞

寄稿

2008.05.26



【寄稿】

子どもが入院する病院・施設における災害への備え

片田 範子(兵庫県立大学教授)


 今,あなたは病院あるいは施設で勤務しています。その時災害が発生したら,その場にいる子どもや家族を守るすべをお持ちですか?――これは兵庫県立大学看護学研究科において平成15年度から5年計画で21世紀COEプログラム(註1)として行われた「ユビキタス社会における看護拠点の形成」プロジェクトの中の小児班の研究活動テーマです。

災害シミュレーション教材 小児病棟用ケアパッケージ

 私たち小児班の活動は,平成7年の阪神淡路大震災発生当時,子どもたちが入院する病棟に勤務していた看護師8名に対する聞き取り調査から出発しました。この研究結果から,病院や施設が被災した場合,その場にいる看護師の判断だけで行動しなければならない状況に陥ること,そのため看護師自身が病棟での災害を想定したイメージトレーニングを日々行うことが災害発生直後の迅速かつ適切な行動につながること,などが明らかになりました。

 そこで,病棟に勤務する看護師の防災意識を向上させる目的で『小児病棟用ケアパッケージ』(以下,『ケアパッケージ』)を開発しました。これは,病棟にいるすべての看護師が勤務前の3分間を日々活用し,「自分が勤務している今,もしも災害が発生したら」という想定のもと,その時にとるべき行動を3分間でシミュレーション(イメージトレーニング)するための教材なのです。

『ケアパッケージ』の構成

 開発当初の『ケアパッケージ』は,いつでも取り出して見ることができる名札に入るサイズのイメージトレーニング編と,具体的な行動をイメージするヒントとして活用できるB5サイズの冊子体の解説編の2点で構成されていました。これを携えて私たち研究者が『ケアパッケージ』の導入を希望する施設に出向いて,『ケアパッケージ』の使用方法を説明し,看護師の防災意識を高めるためのきっかけづくりを行ってきました。

 この活動を通して,看護師の災害への感受性を引き出し高めることができるポイントなどが明確になりました。そして,『ケアパッケージ』をより多くの方に使用していただくために,その導入・使用方法に加え,実際に現場の業務として取り込んで活用している施設の紹介などを盛り込んだDVD版を平成18年度に作製し,現在は先に紹介した紙媒体と合わせて3点で構成されています。

 看護師が負担を感じることなく毎日活用できるように,『ケアパッケージ』に盛り込む情報量は,必要最小限にとどめました。例えばイメージトレーニング編では,チェック形式による(1)病棟の把握,(2)子どもの避難,(3)病室での確認,(4)平常時に確認しておくこと,の4項目と,活用する施設・病棟の特性に合わせて必要な項目を書き込める形式による(5)病棟内で決めておくこと,の5項目から構成されています。この5項目は,実際に災害が発生した時の行動を考える際の重要なポイントです。このチェック項目を1つひとつチェックしながら,この勤務帯で災害が発生したら? と想定し,自分の行動を具体的にシミュレートしていくのです。

 「地震なんて起こらない」「具体的にイメージできない」とのご意見が出るかもしれません。その時にはまず,「停電になったら?」「断水したら?」など,ご使用になる方々が普段体験したことのある状況や「火災で子どもたち全員を移送しなければならない」等のイメージしやすい状況設定から始めることをお薦めします。また実際の災害時の体験談が盛り込まれたDVD版もイメージを助けます。

病棟全体で作り上げる災害時の行動指針

 『ケアパッケージ』の導入時には,病棟単位で災害について話し合うプロセスが必要となります。そのプロセスを経ることによって,病棟の現状を見直す機会や,病棟全体で取り組む行動につながっていきます。これは災害への意識を個人から集団へと反映させる効果となり,最終的にはそれぞれの病棟の特色を生かした『ケアパッケージ』が完成するのです。

 この一連の取り組みが「私たちが作り上げた災害時の行動指針である」という意識を生み,防災行動の継続につながると考えます。実際に研究に参加された埼玉県立小児医療センターは,導入時期の前後はありますが全部署で活用し,研究としての取り組みが終了した現在も病棟で活用していただいています。同様に,研究に参加されたほとんどの施設から「少し形は変わっていますが,継続しています」と伺っており,自分たちのパッケージとして使用されているようです。またそれぞれの活動を日本災害看護学会,日本小児看護学会や雑誌で発表されるなど,その効果を実際に使用した現場から発信していただいております。実際に活用された施設からの報告は,『ケアパッケージ』の活用のしやすさや信頼性を高めたと言えます。加えて発信した側の看護師の方々にとっては,「自分たちの成果」としての満足感にもつながり,災害への感受性を継続する力に結びつきます。

 この研究プロジェクトは,19年度で終了しました。しかし,研究で得られた『小児病棟用ケアパッケージ』をはじめとする成果物は,形を変えながら他大学と地域の防災活動へ,国内外の教育活動へと変容し継続する予定です。それは,小児看護としての使命である「子どもたちを守る」ことにつながる重要な事柄であるからです。

 小児病棟用ケアパッケージに関するご紹介は,本学のホームページ上に掲載しております(註2)。またDVDの視聴もできますのでぜひご覧ください。

問い合わせ先
兵庫県立大学看護学部 生涯健康看護講座(小児看護学)
〒673-8588兵庫県明石市北王子町13-71
E-mail:saigai-cnas.child-health@mopera.net

註1:国内の大学に世界最高水準の研究教育拠点を形成し,研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成,国際競争力のある個性輝く大学づくりを推進することを目的に,文科省の研究拠点形成費等補助金として措置された。
註2:URL=http://www.coe-cnas.jp/group_child/index.html

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