ERでの発熱へのアプローチ
連載
2008.04.07
ERに下記の訴えの患者が来院した場合,どのように発熱を評価したらよいかというアプローチを一緒に考えていきたいと思います。
発熱+α(咳,頭痛,腹痛など)を主訴として多くの患者がERを訪れます。その多くは医療処置が加えられていないフレッシュな市中感染症のケースであり,市中感染症をトレーニングする上でERは本当にすばらしい環境だと思います。市中感染症に対する適切なアプローチの仕方を知識として持ち,実践できるかどうかで臨床感染症への理解の深さが変わります。
■CASE湿性咳嗽と肺野浸潤影を伴う70歳の重喫煙歴がある大酒家現病歴 70歳男性が7日続く38℃台の発熱,悪寒・戦慄,血痰を伴う湿性咳嗽の訴えで救急外来を受診した。患者はアルコール大酒家で毎日4-5合の焼酎を飲み,2箱/日(40年間)の重喫煙者である。身体所見 体温38.6℃,心拍数118,呼吸数30,血圧120/62。全身状態:きつそうで衛生状態が悪そう,頭目耳鼻喉:結膜・咽頭軽度発赤あり,口腔内齲歯多数,心臓:Ⅰ・Ⅱ音正常,雑音なし,胸部:右上肺野の呼吸音減弱,打診上濁音,ラ音あり,腹部:平坦・軟,圧痛・腫瘤なし,肝脾腫なし,四肢:浮腫なし,皮疹なし,チアノーゼなし 検査データ Ht30%;白血球14,000/μL(80%好中球,15%桿状球,5%リンパ球);血小板80,000/μL;ヘモグロビン10.5g/dL,BUN/Cre30/1.5,血糖・電解質に異常なし,CRP12mg/dL;喀痰グラム染色:多量の多形核白血球,大型のグラム陰性桿菌の貪食像,胸部X線:右上葉に浸潤影 |
■発熱と白血球数とCRPだけで
臨床感染症診療はしてはいけない!
上記のケースに対して以下の2人の医師のアプローチを見てみましょう。
医師A:熱と咳なので胸部の聴診をし,レントゲンと採血を行う。白血球上昇とCRP上昇があるため,細菌感染であり呼吸器感染症と考えて,培養なしにいつも使っているキノロン系抗菌薬を投与した。
医師B:バイタルサインとTop to Bottomアプローチで,(1)胸部-特に右上肺野に感染フォーカスがあるだろうこと,(2)口腔内が非常に汚染していること,(3)重喫煙・アルコール大酒家であること,(4)発熱持続が7日と気道感染としては少し長めであること,の4点を確認。上記より市中感染症として肺炎-特に誤嚥の要素およびアルコール大酒家の大葉性肺炎を疑う。それ以外の鑑別としては,感染症ならば症状持続期間が長いため肺膿瘍や膿胸合併,結核,また治療に反応しない場合は肺癌による閉塞起点,肺塞栓なども可能性は低いが考慮しよう。
診断には胸部レントゲンと喀痰グラム染色・培養を行い,状態次第で入院考慮の場合,血液培養も採取予定。レントゲンでは予想通り右上葉肺炎に合致する所見が得られた。
原因微生物は,市中肺炎として(1)定型:肺炎球菌,インフルエンザ桿菌,モラキセラ,(2)非定型:レジオネラ,肺炎クラミジア,マイコプラズマ。また大酒家のためクレブシエラ,そして誤嚥から口腔内連鎖球菌・嫌気性菌も想定。そのうえで喀痰グラム染色を見てみると,大型のグラム陰性桿菌なのでクレブシエラと推定した。
そのため,抗菌薬としてまずは第2世代セフェム以上を考慮,嫌気性菌カバーや非定型は反応しない場合に追加する。またキノロン系抗菌薬は,反応しない場合に結核の診断を遅らせる可能性があるため最初は使わない。
特に医師Bの,(1)診断へのプロセス,(2)原因微生物の考察,(3)想定される微生物にスペクトラムのある抗菌薬を選択,の3点に注目してください。
感染臓器診断へのプロセスを無視した白血球とCRPだけの感染症診療は今日で終わりにしましょう。
■ERでの発熱患者の多くは市中感染症であり
主な感染フォーカスは15個に限定される
次に感染臓器診断のためのTop to Bottomアプローチ(表)について説明します。
感染源のチェックには,頭のてっぺんから足先までもれなく探していく習慣を研修医の時からつけるべきです。表の15の感染症を,「その臓器に感染していたらどのような症状を訴えるか」「どのような身体所見があるか」「どのような検査異常が出るか」を頭に浮かべながら探していきます。頭部4個,胸部2個,腹部6個,体幹・四肢3個をシステマティックに探していけばよいわけです。可能な限り毎回決まった形で病歴・身体所見を確認していくことで身につくと思います。
表 頭から足先まで感染症を想定しその症状を探す (Top to Bottom approach) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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■感染フォーカスが1か所決まれば,
それ以外の診察はしなくてよいか?
ERを受診する市中感染症の多くは1つの感染臓器で説明がつき,診断・治療を行うことになります。しかし,高齢者で寝たきりの方,施設入所中の方など,“誤嚥性肺炎+尿路感染症”,“蜂窩織炎+胆嚢炎”など2つの臓器の感染を併発することもあります。また入院経過の中で,「肺炎の治療は行っていたが,入院後に入院時のTop to Bottomアプローチで見つけられなかった発熱,腹痛,下痢があり偽膜性腸炎を合併」といった場合は,入院時には所見がなく,入院後抗菌薬投与の事実とその後の消化器症状から診断がつきます。
ですから,レジデントの皆さんは「なぜそこが感染フォーカスか」と考えると同時に,「なぜ他の部位は感染フォーカスではないのか」のリーズニングを常に考えながら対応するとよいでしょう。
Take Home Message
●発熱,白血球数,CRP値のみで感染症診療をしない! |
■COLUMN
全身検索を行うレジデント
昨年とある病院のレジデントと話す機会があった。「年輩の方が発熱でER受診された時はたとえ咳だけでも,説明した上で全身くまなく身体診察するんです」。確かに彼は上手に耳鏡や直腸診を行い手足の先までくまなく観察し,時間があれば自分で腹部エコーもあてている。それで「熱の原因はやっぱり気管支炎なので抗菌薬以外の対症療法でみます」と。
このように丁寧なためたとえ10人しか診察できなかったとしても,白血球数とCRPだけで100人診療した医師と比べ,感染症診療に従事する医師として5年,10年後の成長の度合いは大きく異なると感じる。Top to Bottomアプローチを行う医師は病院にとっても患者さんにとっても心強い。このような活きのいいレジデントに接すると,いい加減な診療をしていないか自分自身猛省する毎日でもある。
(つづく)
参考文献
青木眞:レジデントのための感染症診療マニュアル第2版,医学書院,2007.
大野博司:感染症入門レクチャーノーツ,医学書院,2006.
大野博司
2001年千葉大卒。麻生飯塚病院にて初期研修後,舞鶴市民病院内科勤務。04年より米国ブリガム・アンド・ウィメンズホスピタル感染症科短期研修後,洛和会音羽病院総合診療科。05年より現職。内科医として多臓器不全管理,一般病棟・透析管理,一般・特殊外来,往診をこなす。著書に『感染症入門レクチャーノーツ』(医学書院),『診療エッセンシャルズ』(共著,日経メディカル開発)。
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