医学界新聞

2008.01.07

 

新春随想
2008


病院医療の明日

山本修三 (日本病院会会長/済生会神奈川県支部理事)


 今年はねずみ年とはいえ,医師がいくらこまねずみのように働いたからといって,現在の深刻な病院医療崩壊の問題を防ぐことはできない。国民が望む医療を提供できなくなった病院医療の現状,特に地域の厳しい状況に,政府がきちんと目を向けることができないとすれば,それは国民のためにとても残念なことである。われわれは,医療は国民のものと理解しているが,その医療の現状に正面から向かい合うことなく,医師がきちんと説明しないからよくわからないという,マスコミや政治家は,医療は医師のためにあるとでも思っているのか,あまりにも鈍感と言わざるを得ない。

 医師不足はわが国だけの問題ではない。世界の国が抱えている共通の問題である。わが国に比べ単位病床あたりの医師数が3倍のフランスでは,医師不足は国の大きな課題として,医学生1年3800人を5年間にわたり毎年7500人に増加することを決めたばかりである。一国の政府として国民の医療の重要さを認識している証拠である。

 1961年に国民皆保険が達成されて46年。よい医療制度も日々進歩する医学,医療技術に対応して,現在,正常に機能しているとは言い難い。世界がそれぞれ自国の医療の課題とその重要性に気づき,急いで整備を始めている現状にあって,日本は,今,将来に向けた医療制度のあり方を根本的に見直すべき時を迎えている。新しい社会における医療制度のあるべき姿,それを支える仕組みの本質を検討するために,国として,政党や各省庁の枠組みを超えて,政治家,有識者,現場を中心とした人たちなど,自由度の高い議論ができるメンバーによる医療制度検討チームを立ち上げるのはいかがであろうか。そこでは医の倫理,医学教育,臨床・研究能力など医師の資質に関わる検討とともに,国民に安全で質の高い適切な医療を提供するための方向を明確にすべきであろう。


病棟の子どもたちに教えてもらったこと

細谷亮太 (聖路加国際病院副院長・小児科医)


 研修医として聖路加で働き始めた頃,重症の再生不良性貧血のAちゃんという女の子が輸血のために時々,入院してきました。小学生でしたが,病棟生活はむこうのほうが先輩でしたから,私も一目おくような存在でした。

 ある日,一心不乱に本を読んでいるAちゃんに私は軽い気持ちで「その本,面白い? 何ていう本なの?」と聞いてみました。すると,彼女は上目使いに私をみて,仕方ないなという顔で「先生,本というものは面白いという理由だけで読むものじゃないのよ」と言ったのです。あの時以来,私は子どもだからという理由であなどってはいけないと深く肝に銘じたのです。

 5年ほど前に,NHKが私たちの病棟の子どもたちを題材にドキュメンタリー番組を作ったことがありました。その中に5歳の男の子2人が登場します。1人は進行神経芽腫末期の素平さん,もう1人はスキー場で骨折しアキレス腱もいためた司君です。大の仲良しだった二人はお互いの弱点を理解しながら助け合って暮らしています。2人がボランティアさんに絵本を読んでもらうシーンがありました。素平さんのベッドサイドに移動してくる足の不自由な司君に,素平さんは腫瘍の転移で出にくくなった声をふりしぼって「気をつけて来てね」と言います。司君は視力を失いかけている素平さんに,手もとにある本の大まかな説明をしてあげて「素平君,どれがいい?」と選ばせようとします。

 人間がこんなに幼い時から思いやりの気持ちを持ち合わせていることに大きな感動をおぼえます。結局,素平さんは天国に旅立ち,司君は素平さんが窓に貼ったミニーマウスのシールを見て「これがあると素平さんがいるって勘違いできるから,剥がさないで」という高級な発言をします。

 誰かのために何かをすることが幸福の原点であることを,子どもたちは教え続けてくれています。


職能団体としての課題

半田一登 (社団法人日本理学療法士協会会長)


 当協会は,1966年に任意団体として発足し,1972年にはわが国唯一の理学療法士の専門職能団体として厚生省(当時)より公益法人の認可を得た。しかし専門職により構成される公益法人として設置されたにも関わらず,学術大会や専門領域研究など,理学療法に対する学術的専門性を高め確立するための,職能団体というよりむしろ学術団体としての活動が中心であった。もちろん,それは若い会員が中心となって作り上げた歴史の浅い草創期の医学系職能団体として,自然の欲求であり必然的な流れではあったと理解している。

 設立後半世紀を迎えた今日,そうして営々と築いてきた学術的努力の成果は,当初20年は後れていると言われてきた欧米のそれに比して決して見劣りせぬどころか,それをリードするまでのレベルに達している。その象徴的な出来事が,1999年に横浜で開催された世界理学療法連盟(WCPT)学会であった。これには天皇・皇后両陛下のご臨席を賜り,お言葉を頂戴することができた。またさらにはレセプションにおいて世界各国からの参加者に親しくお声をおかけいただき,世界的にも高い評価を得ることができた。当協会の歴史上もっとも輝かしく,今も胸に鮮やかに残る感銘深い出来事である。

 現在,当協会の会員は50年を経ておよそ4万8000人余りに達している。昨今の高齢化に象徴される社会的背景を中心としたニーズの高まりとともに,理学療法士を志向する若者が増加し,それに伴って養成機関(大学・専門学校等)も爆発的に増加したことが大きな要因である。その結果,毎年およそ1万人の新人理学療法士が誕生し,うち8-9割が当協会に入会してくるという新人激増状態となっている。

 会員の平均年齢,男性34歳,女性30.4歳という若い団体が,職能団体としてその責任をきちんと果たし,国民の高い信頼を得ていくためには,専門職としての知識や技術に対する高い満足度を得ることが必須であり,それを下支えする協会全体に張り巡らされた合理的・効果的かつ十分な教育・研修システムの構築が不可欠である。もちろん新人教育プログラムから始まる生涯学習システムや現職者講習会などは既に機能しているが,それら全体を見直し,再構築していくことがまずは喫緊の課題であるとの認識に立ち,目下精力的に取り組んでいる。国民の声にさらに高い信頼をもって応えることのできる学術・職能団体をめざして……。


IT時代だからこそ看護師の“手”の復権を

川島みどり (日本赤十字看護大学学部長)


 「最近の看護師って患者の身体に手を触れなくなったねえ」とはある入院体験者の言葉である。病状の把握にとって,もっとも基本的だった三本の指先による脈拍測定も,今では昔語り。血圧計や動脈飽和度のデジタルな数値を見ないと患者の状態や苦痛さえ評価できないようである。モニターや器械を通しての数値は,確かに誤差が少ないかもしれない。だが,数字だけでは推し量ることのできない何かを,看護師の指や手のひらで察知できることもある。

 “手当て”と言う言葉に象徴される,医療の本質や看護の原点が見失われつつある現象に,危機感を覚えるのは私だけであろうか。

 看護師の手は,患者の肌に直接触れて,温度や皮膚の乾湿の状態を把握するだけではない。胸に当てた手に伝わる空気の流れで,気道分泌物の状態の察知ができる。支え,抱き,動かし,触れ,さすり,握り,揉むなど,目的によって自由自在な看護師の手は,サーモスタット不要で一定温度を保っている。

 効率優先の流れに身を任せ,患者の顔よりもディスプレイ画面に注目する状況は,患者・看護師双方にとっての人間疎外である。看護師の手よりも薬物の効用に期待し,経験よりも理論を重んじる風潮が,このように優れたツールの価値を見失わせたとはいえないか。恐怖を抑え,不安を共有し,苦痛を癒し,慰めや喜び,時には生きる意欲や勇気をもたらすことのできる看護師の手の有用性を,今だからこそ再認識する必要はないだろうか。

 2008年の私の夢は,この看護師の手の有用性の根拠となる研究と,その普及のための研修プログラムにより,臨床現場の看護師たちによる手のケアの実践を願うことである。そして,世界中に,優しい響きの「テアーテ」という言葉を広めたいと願う。人間性回復の看護は,看護師の手の復権によって始まると思うからである。


2度目の夕張の春を迎えて

村上智彦 (医療法人財団夕張希望の杜理事長)


 昨年私は年賀状を書くことができませんでした。

 病院で当直をしながら多くのマスコミに囲まれて,毎日寝る間もなく働き,仕事と自分の生活で精一杯という状態を久しぶりに経験していました。

 平成18年6月に夕張市が財政破綻してからさまざまな出来事がありました。「夕張ショック」と称される自治体の破綻は全国的なニュースとなり,毎日のようにマスコミが出入りする状態となりました。夕張市立総合病院も約40億円の負債を抱え平成19年3月で閉鎖となり,公設民営方式の診療所とする事が決定して指定管理者を募集しました。

 私は生まれて初めて法人を設立して指定管理者となり,平成19年4月から医療法人財団夕張希望の杜・夕張医療センターとしてスタートしました。医療機関の申請や許認可,職員の再雇用,医師の招聘等,3月の1か月間での医療機関の立ち上げというかなり無茶な仕事でした。

 当初は医師1人でのスタートでしたが,7月に入り医師2名が赴任して,40床の介護老人保健施設もオープンしました。資金はありませんでしたが多くの優秀な人材に助けられ,また被災地のように全国から支援をいただき何とか今日まで来られたように思えます。

 現在でも医療機関の運営に加えて見学,研修,取材,講演依頼,原稿依頼等忙しい毎日を送っていますが,そんな中から多くの知恵やヒントをいただいています。40%を超える超高齢化社会で町創りや医療の在り方を問われている毎日ですが,ここで得られる経験やノウハウがきっと将来に結び付くのではないかと信じています。

 地域間格差,少子高齢化,地域医療の崩壊,行政の不作為等まさに夕張は日本の縮図ともいえる問題を抱え破綻し,それを住民や民間の力で蘇らせようとしています。

 ピンチの中にこそチャンスはあるものだと感じながら,また1年頑張りたいと思います。

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