医学界新聞

寄稿

2007.12.24

 

【特集】

地域をつなぐ「連携パス」


 病院における質管理のツールとして医療界で広く認知されるようになったクリティカルパス(またはクリニカルパス,以下パス)だが,現在はその進化型である「地域連携パス」が注目されている。疾患ごとの治療方針について医療機関同士が一定のルールを定めることで,病院同士,あるいは病院と診療所の医療連携が進むとみられるからだ。国の施策においても,地域連携パスの普及促進策が目立つようになってきた(表)。本紙では,函館における取り組みを取材した(関連記事)。

 地域連携パスにかかわる近年の主なトピックス
2006年4月 ●診療報酬改定で地域連携パスに対する評価を新設(大腿骨頚部骨折のみ)
2006年6月 ●第5次改正医療法を公布(07年4月施行)。医療計画制度を見直し,地域連携パスの普及等による医療機能の分化・連携を推進することに。
●がん対策基本法に基づき策定した「がん対策推進基本計画」を閣議決定。すべての拠点病院が5大がんに関する地域連携パスを5年以内に作成することを求める。
2008年4月 ●診療報酬改定で対象疾患を脳卒中にも拡大?(中医協にて審議中)


 「地域の開業医と当院が連携し,治療が落ち着いた段階でご自宅近郊の開業医へ紹介となった場合,そちらへ行こうと思いますか?」

 病院が乳がん地域連携パスを作成するにあたり,自院の外来に通院する乳がん患者にこんなアンケートをとった。さて,読者のみなさんは,「行こうと思う」と回答した患者は何割くらいだと予想されるであろうか。

病院が初期治療を担い,診療所で経過をフォロー

 乳がんの罹患率は増加傾向にある。急性期診療においては高い専門性が要求されるため,特定の病院に患者が集中する。さらには,急性期治療の終了後も長期の治療・経過観察が必要であり,外来患者の増加が待ち時間の長期化や診察時間の短縮を生む悪循環が危惧される。

 これら問題を解決する手段として有効なのが,「急性期病院が初期治療,診療所がその後の慢性期治療・経過観察」と役割を分担する地域連携だ。乳がん術後の患者の場合は,(1)比較的全身状態のよい患者が多い,(2)術後フォローアップの内容に施設間格差が少ない,(3)主婦が多く通院の方法が限られている,などの特徴もある。

 函館五稜郭病院では,外科の早川善郎氏らが中心となって乳がん地域連携パスの作成に着手。手始めに今年1月に行ったのが,前述のアンケートだ。調査は聞き取り方式で行われ,「開業医のところへ行こうと思う」と答えた患者は71人中49人,全体の69%であった。「治療・経過観察の内容の統一性があれば,通院・待ち時間の少ないクリニックでの治療を希望する」「共同診療という安心できる体制があるならば希望する」という意見が多かった。逆に共同診療を希望しない理由としては,「大きな病院のほうが安心である」「近くに通院に便利な医院・診療所がない」などが挙がったという。この結果を受け,市内の開業医と乳がん勉強会を企画。そこで参加者らに連携の意思を確認し,術後フォロー計画の質疑応答を行った後,本年5月より,5名の連携医(かかりつけ医)との間で連携パスの使用を始めた。

 パスは医療者用,患者用(通院・検査の予定),患者用自己管理(副作用・自己視触診など)の3種類を準備。連携医のもとでの3か月おきの視触診や検査,投薬を必須とし,年に1回は函館五稜郭病院における定期検査(骨シンチ,マンモグラフィー,CT,PET-CTなど一般診療所では実施が難しいもの)とした。患者の状況をみて少しずつ対象者を増やしており,現在までに18人にパスを使用。病院の外来負担が軽減するまでには至らないが,患者からの評判はよく,再発や薬の副作用など問題となるバリアンスも認められないという。

 なお,地域における診療情報の共有を図るため,函館地区ではITを活用したネットワークシステムの構築も進んでいる。

地域の連帯感を育む

 「連携医側へのメリットをつくりたい」。函館五稜郭病院で18時半から始まった乳がん連携パスのスタッフ会議。早川氏が今後の課題を口にした。患者や病院にとって連携パスを用いるメリットは明白でも,診療所側にとって数か月に一度の診療が収入増に直結するわけではない。従来の病診連携は,ともすれば在院日数短縮や紹介率アップのために病院側が診療所に押し付けるような傾向があり,連携パスにおいては連携医側のメリットをつくりたいと早川氏は考えたわけだ。

 北美原クリニックのナースは「バリアンスがあればすぐ入院できるという保証は大きい」と,急変時の密接な連携体制の構築をメリットとして挙げた。医師の岡田晋吾氏は,「病院とのつながりを知ることで患者さんが安心できる。収入にはならなくても,クリニックのブランド化につながる」と指摘。「病院の外来にポスターを貼るか入院時にパンフレットを渡すかなどして,パスを用いた地域連携の取り組みや連携先医療機関を患者さんに説明したらどうか」とアイディアを出した。説明が早期なら患者の理解が得られやすいし,リストにかかりつけ医の名を見つければ患者も診てもらおうという気になる。診療所としても,病院との連携体制をアピールできる機会となるわけだ。

 会議はこうした課題の検討のほか,パス対象患者の現状や治療方針の確認など,時に雑談も交えながら和やかに進んだ。このあとは有志(と言っても結果的に全員参加の)懇親会。「こうやって地域の多職種が顔と顔の見える関係をつくって,連帯感が生まれるのも連携のメリット」とは岡田氏の弁だ。

 「病院を追い出された」――。急性期病院の在院日数短縮に伴い,退院・転院の際に患者からはこんな恨み節が聞かれるようになった。ただ,これまでのように,いったん急性期治療を始めたら,フォローや再発時の治療,さらには併存疾患まで自施設で管理するのは非効率で,一定の限界があるのも事実だ。患者中心の継続性ある疾患管理体制や役割分担の明確化のためには,地域診療ネットワークの構築と連携パスの活用が大きな意味を持つことになる。

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