医学界新聞


お互いの立場を理解するために

連載

2007.11.26

 

ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第20回 コミュニケーションスキル(4)
 お互いの立場を理解するために ]

久保田聰美(近森病院総看護師長/高知女子大学大学院)


前回よりつづく

 医療従事者にとってつらいのは,現在の医療制度上の問題や病院のシステム面から,そこで働く一人ひとりの立場としてはどうしようもない問題が,患者さんやご家族に理解していただけない場面です。しかし,その背景にある様々な要因を冷静にみていくと,ちょっとしたコミュニケーションスキルでお互いの立場が理解できるきっかけとなることもあるようです。

手順どおりの説明が伝えるもの

 心臓カテーテル検査のため,ある急性期病院に2週間後の入院予約をしたAさん(70歳,男性)は,外来看護師(B)からクリティカルパスに沿って,治療の予定や入院生活の説明を受けています。検査の結果次第では手術の可能性も示唆されています。その検査の説明の最後に,以下の会話になりました。

B「病室は,個室と大部屋があります。差額ベッド料はトイレ付個室が1万円,トイレなしの個室が8000円ですが,どうしますか」
A「1泊2日位なら,個室の必要もないですよね。手術の後なら個室のほうがいいと思うけど」
B「それは個人差がありますのでなんともいえませんが……」
A「じゃあ,大部屋でいいです。あ! でも……トイレに近い大部屋にしてください。トイレに通う回数が多いので」
B(それなら個室にすればいいのに,と思いながら)「それは無理ですね。当院は救急病院なので,Aさんが入院される時に空いているお部屋の中で決めますから。トイレに近い大部屋が空いていれば入れますが,2週間後のことは今からではわかりません」
A「それじゃあ,何のために入院予約するんですか。緊急入院と変わらないじゃないですか」
B「それなら個室予約していただいたほうが」
A「じゃあ個室なら,必ずトイレ付が予約できるんですね」
B「いや,必ずと言われると。できるだけご希望に沿うよう努力はしますが,救急病院なので……。大部屋よりは可能性は高いという意味で」
A「それはおかしいんじゃないですか!」

 とうとうAさんは怒り出してしまいました。そこで仲裁に入った外来師長(C)は困り果てました。Aさんは,「もう入院はやめました,別の病院を紹介してください」と怒っています。しかし肝心のB看護師は,反省するどころかふくれっ面をしているのです。「私は手順どおり説明しただけで,何も間違ったことは言っていません。ここは救急病院なんだからみんな我慢しているのに,そんなわがままを言うのなら,別の病院にいけばいいんですよ」というのです。結局は,C師長が患者さんにお詫びをして,できるだけトイレに近い病室をとるよう予約すると同時に,そうした希望に添えない場合には,病室が決まった段階で病院から連絡して相談することで納得していただきました。

 しかし,B看護師は不満気です。そこでC師長は,予約入院の説明の手順を再確認すると「病室の説明の際には,当院の救急病院としての機能を説明し,必ずしもご希望に添えない場合があることを理解していただく」と記載してありました。B看護師が手順どおりに説明しているという主張の根拠はここにあるようです。

 あなたがC師長なら,どのようにこのB看護師を指導しますか?

背景にある諦めの意識

 前述の会話を振り返ると,Aさんの怒りを引き起こしたきっかけの言葉は「それは無理ですね」の一言のようです。では,その言葉の変わりになにかクッションとなる言葉を使っていれば,今回のような事態には至らなかったでしょうか。患者さんの怒りを買う事態に至った後でも「手順通りに説明している」と主張しているB看護師が,たとえどんな丁寧な表現を使ったとしても,その背景にある思いが変わらない限り同じことの繰り返しではないでしょうか。

 この入院時の説明の手順が意味する内容は,「病院の機能への理解」を得ることが目的であり「患者の要望に応えられない現実」を押し付けることではないはずです。しかし,増える一方の「患者の要求」に対し,数多くの限界を抱える病院システムでは,その機能に理解を得ること自体難しいのが現実です。時には,理不尽ともいえる患者の要求に真摯に向かい合い,対応しようと努力すればするほど疲弊してしまう。そんな悪循環さえも存在します。

 そんな中で自然に培われた「仕方がない」という諦めの思いから,「患者の要望に応えられない現実」を押し付ける説明になってしまったB看護師を,C師長は責めることはできませんでした。

患者の思いに向き合うためには

 しかしC師長は,B看護師に詳細な状況を確認していく中で,問題の深さも感じました。理不尽な患者の要求ならいざ知らず,「トイレに近い病室」を要望するご高齢の患者さんの立場にたって考えれば,ある意味ごく当たり前の要望に対しても「無理」と判断してしまう現状はなんとかしなければなりません。

 「今回の検査入院の時には大部屋で,手術後には個室」とAさんなりに立てている治療計画に沿ったプランも気にせず,目先の入院への対応に追われ「それなら個室にすればいいのに」と判断してしまう傾向は,B看護師だけの問題ではないような気さえしてきたのです。それでは,多忙な業務の中で手順に基づいた対応をしながらも,一人ひとりの患者の思いに向き合うためには,何が必要なのでしょうか。

対応できない現実に向き合う

 もう一度この事例を振り返ってみましょう。当初折り合わなかった病室の予約の問題について,C師長の介入によりAさんの理解を得ることができたのはなぜでしょうか? C師長は,B看護師の説明の仕方についてはお詫びしたものの,その事実には間違いはないと話しました。今の病院のシステムとしては,限界があることを正直に伝えたのです。「Aさんが入院予約する意味がないといわれることはよくわかるのですが,当院の現状では“必ず”とお約束することができないんですよ,困りましたねえ,もちろんできるだけ努力はいたしますが」と。

 そうしたC師長の困った表情をみていたAさんは「あなたを困らせるために言ったのではないから……。どうしても希望の病室が取れないとわかった時には,その段階で個室に変更することもできますか?」と代替案を提示してくれたのです。

 

 今,医療現場は疲弊しています。増え続ける手順や説明書・同意書等の書類は,患者と医療従事者との間に壁を作っていないでしょうか。こうした書類の本来の目的は,すべての患者さんに対して抜かりなく,標準化された説明をするためのツールであったはずです。しかし,今や自らを守るための道具になってしまっていないでしょうか。

 自らを守るために強迫観念的に増え続ける書類の処理に追われ,患者に向き合い,説明する時間を失ってしまう。そして,ごく一部のクレーマーへの対応に振り回される中で,ごく当たり前の患者さんのニーズまでもが「わがまま」とか「対応困難」といったラベリングが安易になされてしまう構造ができています。

 そうした現状を冷静に受けとめ,今一度原点に戻り患者の思いに真摯に向き合い,対応できること,できないこと,対応の努力が必要なことと整理していくことが,いちばんの解決策なのかもしれません。

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