Nurses Must Be Clever to Care
連載
2007.11.26
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
このたび翻訳を監修した本が出版された。シオバン・ネルソンとスザンヌ・ゴードンが編集し執筆もしている『ケアの複雑性――看護を再考する』(阿部里美訳,エルゼビア・ジャパン,2007年)である。
シオバン・ネルソンは,『黙して,励め――病院看護を拓いた看護修道女たちの19世紀』(日本看護協会出版会,2004年)という話題作の著者として,スザンヌ・ゴードンは『ライフサポート――最前線に立つ3人のナース』(同,1998年)で,わが国のナースにはよく知られている著者である。彼女はさらに,『沈黙から発言へ――ナースが知っていること,公衆に伝えるべきこと』(同,2002年)や,『困難に立ち向かう看護――看護師と患者を傷つけるコスト削減,メディアの無知,医学の傲慢』(エルゼビア・ジャパン,2006年)という著書が翻訳出版されており,看護の価値を認めナースを批判し励まし続けている著名なジャーナリストである。
賢くなった看護師はケアから身を引くべき!?
『ケアの複雑性』の第8章のタイトルが今回のタイトルである。日本語にするにあたって当初はかなり過激な訳を考えたが,結局「看護師は賢くないとケアができない」とした(「看護師は賢くなければケアができない」のほうが安定性があるか,などこの原稿を書きながら考えている)。この章の著者は,サンチア・アランダとロージー・ブラウンである。
それによると,2004年の英国看護協会の大会で,「看護師は賢くなったのだから,ケアから身を引くべきだ」という決議案が出され議論の結果,大会代表者の95%が反対したためこの決議案は否決されたことを紹介し,「こうした議論がなされること自体が,看護師の間でケアから身を引くべきだという考えが広まっている証」でもあると指摘している。
さらに,「21世紀になり,市民に看護がどういう仕事かを理解してもらおうという動きが強まり,看護師は患者と交流を図るといったケアを第一に考える」こととなった。これにより,従来からの直接的な患者ケアにおいてはコスト削減や市場の原理を取り入れた運営が行われるようになり,「看護の経費を抑えるために,病院側は給与の高い,知識と技術がある看護師にではなく,安く使える看護師にケアを任せようとしている」と述べている。
基本的なケアの専門性
この章では,基本的なケアがいかに知識や技術を要する仕事であるかについて,在宅でケアを受けている悪性脳腫瘍を持つ男性患者(C氏)のトイレ介助を例に具体的に示している。
「ナースのブラウンはC氏に付き添ってトイレへ行き,あまり重要でないと思われている介助の仕事を通して,いかに重要な情報を得られるかを実感した」(下線は筆者)として,重要な情報を次のように示している。
・C氏はトイレへ行く必要があったので,落ち着かなくなったのだということ。彼はトイレへ行った後ほっとした様子だったが,これは尿意という身体のサインにまだ気づけることに対する安堵感だったこと。
・C氏は,歩くのに介助が必要なこと。歩く際,バランスを取るのが難しそうで,視覚に問題があるらしいこと。看護師,看護助手,C夫人の誰であれ,トイレへ連れて行く時には,C氏を支え彼を直接トイレまで連れて行くこと。
・C氏は,トイレへの出入りも困難な様子で,C氏がどこに立ち,どちらの手でレールをつかんだらいいか,声をかけてあげる必要があること。
・C氏は,洗面所に行き手を洗って拭くのにも介助が必要なこと。
こうした情報は,看護師が患者や妻に決まった質問をして評価するだけでは得られないものであり,看護師自らが“あまり重要でないと思われている介助の仕事”をすることが専門性の発揮につながると指摘している。このことによって,C氏は膀胱の機能障害ではなく,尿意を感じたあとの行動ができないためさまざまな問題を生じていたことがわかり,ケアの方針が修正された。さらに,夫をケアする妻の負担がわかり,妻のサポート体制も検討された。しかし現在,「ケアのサポートと患者をケアする仕事を分けることで,直接ケアをする際の知識や技術が不足している新時代の看護師が増えており,役割の分断化が起きている」と批判している。
看護ケアは気立てがよいだけではできないことは明らかである。
(つづく)
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