医学界新聞

寄稿

2007.11.12

 

【特集】

大学病院で学ぶプライマリ・ケア


 近年になり市中病院の総合診療部門が増えはじめ,臨床研修の屋台骨となっている。その一方,大学病院の総合診療部門は廃止が相次ぐなど厳しい状況におかれ,プライマリ・ケアに興味のある医学生・研修医は敬遠する傾向にあるようだ。

 こうした逆風のなか,東京医科大学病院では総合診療科を新設。順調な船出をきり,他病院からの関心を集めている。弊紙では,東京医科大学病院総合診療科を取材し,大学病院におけるプライマリ・ケア教育の可能性を探った。

東京医科大学病院(東京都新宿区,1091床)
現在,1年目研修医35人,2年目29人。2007年4月には大学病院で初めて「NPO法人卒後臨床研修評価機構」の評価を受審。来年開催の第40回日本医学教育学会大会は東京医科大学が主催する。

診療と教育を両立する総合診療

 東京医科大学病院総合診療科は,大滝純司氏(インタビュー記事)を教授に迎え2005年9月に設置された新しい部門だ。外来診療を2006年1月から,入院診療を同年5月から開始している(総合診療科の固定ベッドは2007年8月からの運用)。

 以前から専門医らが振り分け機能を主とした内科初診外来を担っていた経緯がある。それに院内の診療体系再編や臨床研修制度施行が重なり,「診療」と「教育」を両立する総合診療科設立の機運が高まったという。

 現在,紹介状を持たない内科系患者の初診は原則的に総合診療科で担当しており,来院患者は1日平均60名ほど。救急外来だったブースをそのまま使用しているため,ハード面の使いにくさは否めない。しかしアクセスのよさもあって,「大学病院とは思えないほど数多くの,多様な,診断のついていない患者さんが受診する」とスタッフは異口同音に語る。

目標は都心のプライマリ・ケア教育拠点

 こうした診療面のニーズを背景に,教育面においては「東京都心のプライマリ・ケア教育拠点をつくること」を目標に掲げている。初期研修に関しては,1年目研修医の内科6か月のうち1か月が総合診療科の必修だ(さらに,希望者は1-2年目の選択期間に各年1-3か月のラウンドができる)。今年度の新研修医は35人で,毎月3-4人ずつ総合診療科をローテートする。

 卒後臨床研修センターの意向により,内科系後期研修医にも2か月の総合診療科研修が義務付けられている。この決定には院内で異論もあったようだが,外勤や開業前のトレーニング,あるいは認定内科医を取るための症例経験の場として肯定的に捉える声も多いとのことだ。

 さらには院外からも,外来診療のトレーニングや研修医の指導のため週1-2回,総合診療科で勤務する中堅医師が数人いる。生涯教育の場としても,アクセスのよさが利点となるのであろう。

外来研修で自信をつかむ

 総合診療科研修の中心は,毎日の外来研修だ。初診後,研修医がスタッフにプレゼンテーションを行い,検査や治療計画を相談する。取材日には,痺れを主訴とする患者を1年目研修医が診ていた。アルコール多飲でここ数か月は食欲不振と,研修医にとってはやっかいな症例だが,「マルチプロブレムこそ総合診療の出番。病棟では経験できなくても外来はこういう患者さんが多いし,若いうちに好き嫌いなく診てほしい」と,卒後8年目の指導医・齊藤裕之氏は強調する。齊藤氏は研修に定評のある麻生飯塚病院の出身。「研修医時代に自分が教えてもらったことを,ここでSHARE(註:麻生飯塚病院の合い言葉)したい」と語る。「若手がともに学びあう,元気のいい大学病院」をめざしている。

 1か月の外来研修のうち後半1-2週間は,指導医のチェックを受けながら再診も研修医が担当する。大学病院は細切れのローテートで“お客さま”扱いになりがちだが,外来診療を自分の力で完結することで,少しずつ自信をつかんでいくようだ。なお,患者が増え外来がパンク状態になることも多く,慢性疾患の継続フォローは行っていない。研修医教育の観点からは少々残念とのことだ。

 また,研修医は総合診療科の入院患者(感染症が大半)も受け持っている。研修医は「診断が付いて治療方針も決まった段階で入院する他科と違い,鑑別すべき疾患を考えて検査や治療をオーダーするのが勉強になる」と,総合診療的なアプローチの特徴を語ってくれた。この日の入院症例は,感染性腸炎の疑われる患者。『熱病』の使い方から重症度の判断,抗菌薬の使用量や投与方法(例えば「腸が悪いのに“重症だから静注”は無意味」など)まで確認した。

写真左/外来の指導コーナーで,研修医が大滝純司氏(左)にプレゼンテーション中。医学書やオンラインの電子教科書などで確認しながらの指導を心がけている。
写真右/入院患者の検査・治療方針を,研修医と齊藤裕之氏(右)で確認中。考えうる疾患を挙げ,各々の可能性と理由までお互いに推察。鑑別診断の腕を磨くと同時に,指導医への信頼も深まる。

 課題としては,研修医に比してまだ中堅層が不足していること。後期研修による若手指導医の養成が期待される。

 最後に,医療安全について触れておきたい。総合診療科研修のうち1日を医療安全管理室での実習に費やし,専任看護師がマンツーマンで指導にあたる(自院で起きた事故の報告書も教材となる)。また,CVライン穿刺は,講習会やシミュレーターを用いた実技研修会を頻繁に行い,実技試験やペーパーテストを含む認定制度を実施している。

 これらの取り組みは,卒後臨床研修センターと医療安全管理室を中心に各科の連携のもと行われており,総合診療科からは准教授の平山陽示氏がパイプ役として幅広くかかわっている。

写真左/シミュレーターを用いたCVライン穿刺の実技研修。研修医はどんな点に気をつけているかを声に出しながら実施。準備段階から指導医と卒後臨床研修センター所属のナースがチェックし,ビデオ撮影も行われる。
写真右/卒後臨床研修センター主催のランチョンセミナーは毎週開催。各科専門医の講義から外国人講師による医療英会話まで,大学ならではの多彩なテーマが魅力。この日は,齊藤裕之氏による特別企画「人生設計を戦略的に立てる!」。

総合診療科で築く屋根瓦方式

 大学病院は,プライマリ・ケア教育が行いにくい場といわれる。「大学病院で臨床研修の到達目標を達成しようとしたら,専門内科をローテートするだけでは不十分」。こう指摘するのは,総合診療科の新設に尽力した卒後臨床研修センター長の山科章氏(内科学第二講座主任教授)だ。氏は前任地の聖路加国際病院で長らく研修医教育に携わった経験から,「市中病院のような屋根瓦方式の教育指導体制を大学病院で築けるのは,総合診療科しかない」とも語る。

 マッチング導入以後,市中病院の人気が高まったとはいえ,およそ半数の研修医が大学病院を選ぶのが現状だ。新制度がプライマリ・ケア能力の修得を理念とする以上,診療所等との連携強化とともに,総合診療部門の充実が不可欠ではないだろうか。

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