医学界新聞


どのN95マスクが自分にフィットするか知っていますか?

寄稿

2007.10.29

 

【寄稿】

新型インフルエンザ対策に必要なフィットテスト
どのN95マスクが自分にフィットするか知っていますか?

和田耕治(北里大学医学部 衛生学・公衆衛生学助教)


 わが国において,新型インフルエンザウイルスが全国的に流行した場合,医療機関を受診する患者は最大で2500万人と推定されている。想像を超える事態が想定されているにもかかわらず,医療機関における新型インフルエンザ感染予防対策は諸外国に比べ十分に行われていないのが現状である。

 わが国では2007年3月26日に,厚生労働省よりさまざまな状況に対する対策を盛り込んだ「新型インフルエンザガイドライン(フェーズ4以降)」が示された。これは世界保健機関(WHO)による世界インフルエンザ事前対策計画のフェーズ4(ヒト-ヒト感染が増加していることの証拠がある)以降を対象にしているが,この原稿を書いている段階ではフェーズ3(ヒト-ヒト感染はないか,またはきわめて限定されている)であり,必要な対策の準備は喫緊の課題といえる。

 ガイドラインのうち医療機関については,「医療施設等における感染対策ガイドライン」に具体的な対策が示されている。それによれば,新型インフルエンザ患者,あるいはそれに準じた患者と接する際には医療従事者はN95マスクを使用することとされている。しかし,N95マスクがだれにでも十分にフィットするわけではないことをご存じだろうか? 本稿ではN95マスクに焦点をしぼり,新型インフルエンザ感染予防に必要な対策を説明する。

フィットテストとは

 N95マスクを使用したことがある人は多いと思うが,使用する前に“フィットテスト”を実施したことがある人はそれほど多くはないのではないだろうか? フィットテストはいわゆるフィットチェック,すなわちマスク着用の際に,両手でマスクを完全に覆って強く息を吐き,息の漏れを確認する作業とは異なる(これも実は着用するごとに行う必要がある)。フィットテストとは,マスクを着用したうえでフードをかぶり,フードの中にサッカリンエアロゾルなどの臭いを感知できる物質を発生させ,口を動かしたり,首を動かしたりして,その臭いを感じなければマスクがきちんとフィットしていることを定性的に確認する方法である(図)。フィットテストは,1回のテストに10-20分ほどを要する。また,マスクがフィットしない場合にはさらに時間を要するため,職員全員に行うとなると相当の時間がかかることは想像に難くない。

N95マスクはだれにでもフィットするわけではない

 筆者らは,カナダの医療機関で約1300人を対象にフィットテストを行ったところ,ある種類のN95マスクを第一選択とした場合,マスクがフィットした割合は,男性93%以上,女性は40歳未満では80%程度,40歳以上では88%程度であった。多くの方にはフィットしたものの,40歳未満の女性では2割がフィットしなかったことがわかった。なお,女性でフィットした割合が比較的低かったのは,顎が細いことといった顔の形が一因と考えられる。この調査はカナダでのものであるが,多くのアジア人も含まれており,わが国でも似たような結果が得られると予想される。したがって,1種類のN95マスクでは,フィットしないマスクを着用せざるを得ない医療従事者が存在するといえる。つまり,少なくとも3種類程度のN95マスクを準備する必要がある。医療機関にとっては,費用の観点から一種類のマスクを大量に購入するほうが効率的と考えるかもしれないが,上記を考慮しておく必要がある。

 また,N95マスクはさまざまなメーカーから出されており,実際に米国国立労働衛生研究所(NIOSH)の認定を受けているN95マスクは数百種類存在する。それゆえ,別の種類のN95マスクを採用する際には,再度そのマスクに対してフィットテストを行う必要がある。カナダのケベック州では,実際に新型インフルエンザの蔓延に備えて州としてあるN95マスクを購入することになった。それに伴い,医療機関によっては,再度そのN95マスクに対してのフィットテストを数千人に行っている。

フィットテスト提供者の養成

 日本では,現段階ではフィットテスト提供者を養成することが十分に行われていない。カナダのケベック州では,フィットテスト提供者に2日間の教育を行っている。この教育プログラムでは,フィットテスト提供者になるというだけでなくその教育を他の人に行うことができることを目的としている。わが国でフィットテストを行うには,N95マスクを販売している企業が教育や資料の配付などを行っているが,前述のようなフィットテスト提供者教育を積極的に行っているプログラムはまだないようである。

N95マスクの確保

 ガイドラインでは,N95マスクが入手困難となった場合,代わりにサージカルマスクを使用するとされている。しかしながら,サージカルマスクでは飛沫核に対して有効性が十分ではない。それゆえN95マスクの十分な確保が求められる。米国疾病予防管理センター(CDC)では2007年6月の段階で,約5200万枚のサージカルマスクと約1億枚のN95マスクを備蓄しているという。一方,わが国では厚生労働省が来年に向けて準備中とのことである。また,かつてのSARSの教訓を活かして,N95マスクを確保している医療機関はそれほど多くはないのが現状である。

おわりに

 2003年にSARSが蔓延した際には,いくつかの国では医療従事者の尊い命が失われた。カナダでは,感染者375人のうち164人(44%)が医療従事者であり,そのうち2人の看護師と1人の医師が亡くなった。また,台湾では,105人の医療従事者が感染し,12人が亡くなった。それらの国とSARSによる被害が幸いなことに少なかったわが国とでは,その後の感染予防対策の取り組みに明らかな温度差がある。

 紙面の関係で,新型インフルエンザに必要なすべての対策は取り上げられない。特に対策を立てていない医療機関では,厚生労働省のガイドラインをまず参照されたい。新型インフルエンザの蔓延が起こらないことはだれもが願うことであるが,蔓延した場合の準備を今こそ時間と予算の許す限りで行うことが求められる。


和田耕治氏
2000年産業医大医学部卒,06年マギル大産業保健学ポストドクトラルフェロー,07年北里大大学院労働衛生学博士課程修了。07年4月より現職。医療従事者の安全と健康を守る産業保健の立場から幅広く研究や教育を行う。著書に『医療機関での産業保健の手引き』(編集,篠原出版新社)がある。労働衛生コンサルタント(保健衛生),日本産業衛生学会専門医。

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