医学界新聞

連載

2007.08.06

 

レジデントのための

栄  養  塾

大村健二(金沢大学医学部附属病院)=塾長加藤章信(盛岡市立病院)大谷順(公立雲南総合病院)岡田晋吾(北美原クリニック)

第1回   栄養アセスメント

今月の講師= 大谷 順


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 患者の栄養状態の良否は,治療効果や合併症などの予後に大きな影響を与えます。栄養状態の維持・向上には適正な栄養管理が必要ですが,そのためには,まず栄養状態を的確に評価(アセスメント)する必要があります。

【Clinical Pearl】

・栄養アセスメントを行い,栄養不良の有無を見極めよう。
・生化学検査だけでなく,実際に患者さんを見て,触ることを忘れずに。アナムネにもヒントが隠れている。
・身体計測や,主観的栄養評価を積極的に併用しよう。
・栄養不良のパターンを意識しよう。


【練習問題】

 78歳男性。1年前に脳梗塞の既往がある。2週間前より発熱,腹痛,下血があり,大腸憩室炎に伴う憩室からの出血と診断され内科病棟に入院した。入院後は絶食のうえ,抗生剤投与と補液が施行され症状は軽快した。経口摂取は許可されたが,食欲がなく,流動食(850kcal,蛋白質30g)に留まっている。担当医であるあなたは,オーベンの指示により細胞外液(5%ブドウ糖含有)1,000ml/日の静脈内投与を行っていた。
入院時血液検査=白血球12,000/mm3,Hb11.8g/dl,CRP4.8mg/dl,血清総蛋白6.2g/dl,血清アルブミン3.1g/dl
身体構成成分(入院4日目)=身長175cm,体重59kg(先月は65kg,脳梗塞発症前は71kg)。軽度の筋肉量減少と浮腫(前脛骨部)を認めた。
食事摂取状況=当初は家族と同じ食事を経口で自力摂取していたが,患者の希望で半年前から粥と野菜の煮物中心の食事に変わっていた。
活動性=脳梗塞で左半身不全麻痺となり,在宅リハビリ中。室内での移動は杖,歩行器で可能,屋外では車椅子移動をしていたが,最近は部屋から出ることが少なくなった。

 入院7日目に,NST専門療法士である病棟ナースが「詳細な栄養アセスメントが必要では? すぐにNSTに相談したほうがよいのでは?」とあなたに聞いてきた。あなたは「入院時のアルブミンも3以上で,しかも点滴もしているのに,なんて失礼なナースだ」と少々おかんむりです。

Q ナースはなぜ,栄養アセスメントが必要であると思ったのでしょうか?
A SGA(主観的包括的アセスメント)を行い,栄養状態に異常があることを察知したのです。

SGAとは?
 SGA(Subjective Global Assessment)とは,体重変化や食物摂取状況・消化器症状・活動性・ストレスとなる病態の評価などの簡単な問診と身体状況の視・触診から構成される主観的な栄養アセスメント法です(表)。入院患者の中から栄養不良患者を簡便に抽出できるスクリーニングツールとして開発されました1。数時間の訓練で,コメディカルでも的確に栄養不良を抽出できることから臨床の現場で広く用いられています。

 SGAのポイント――病歴(5項目)と身体所見
体重変化 過去6か月と2週間の変化を質問します。6か月間にわたる体重減少は,慢性的進行性症状か食生活の変化が原因で,2週間という短期間での体重減少は栄養不良の危険性が高いとされています。
食物摂取状況
・内容
食物摂取習慣の変化の原因が病気の発生である場合は栄養不良の危険性が高くなります。摂取カロリーや蛋白量の推測が可能です。
消化器症状 長期間(15日以上)消化器症状が認められる場合は栄養不良を伴う危険性が高いとされます。また持続的な嘔吐や下痢に食欲不振や悪心が伴う場合にも栄養不良の危険性が高くなります。
身体機能 毎日の身体活動について質問します。栄養不良があると体力が低下し,運動する意欲も低下します。筋肉量の減少を推測するうえでも重要なポイントです。
疾患,疾患と
栄養必要量の関係
疾病が発生するとストレスにより身体の必要量が変化します。
身体所見 筋肉や脂肪の喪失,浮腫などから栄養不良による身体構成成分の変化を推測します。ただし浮腫や腹水は他の疾患の徴候でもあるので注意が必要です。

 本症例は,脳梗塞後の1年間に体重が徐々に減少しています。これは,脳硬塞によるADL低下と摂取量の低下により骨格筋量と体脂肪量の双方が減少したためと考えられます。さらに,大腸憩室炎を発症した後は,発症前の65kgから2週間で約9%という急速な体重減少を認めました。大腸憩室炎によるストレスが加わって増加した必要量が十分に満たされていなかった結果と考えられます。浮腫もあることから,低蛋白血症となっている可能性も示唆されます。なお,入院時の蛋白・アルブミン値は,脱水で修飾されている可能性があります。ナースはそれらをアセスメントして,この患者は栄養不良であると主観的に判断したのです。

 実際この症例におけるNSTの詳細なアセスメントの結果,身体計測では%IBW88%,%AMC75%,%TSF90%,生化学検査では血清アルブミン値2.9g/dl,総リンパ球数900/μl,コリンエステラーゼ168IU/l,総コレステロール90mg/dl,と客観的指標で低栄養と診断されました。

※用語解説 %IBW=体重/理想体重×100,%AMC=上腕三頭筋囲/基準値×100(筋蛋白量を反映),%TSF=三頭筋皮下脂肪厚/基準値×100(体脂肪量を反映)

【Check】

・血清蛋白値は体蛋白量の2-3%しか反映しない。脱水によるみかけ上の高値に注意!
・検査データによるアセスメントは基準値と比較すればよいので比較的簡単(身体計測値の標準値はJARD20012と比較)。
・栄養状態に関連した情報収集をいかにうまく行うかが主観的評価のカギ!

Q なぜナースはNSTへの依頼を勧めたのでしょうか?
A 緊急を要する栄養不良だからです。

栄養不良のタイプ
 臨床で観察される低栄養状態は,蛋白質の欠乏とエネルギーの欠乏が複合して起こるProtein-Energy Malnutrition(PEM)が大部分です。PEMはMarasmus;マラスムスとKwashiorkor;クワシオルコルに大別されますが,実際には混合型のKwashiorkor on Marasmus(マラスムス型クワシオルコル)が多くみられます。

 Marasmusは「慢性栄養不良」とも言われ,蛋白質とエネルギーがともに欠乏する飢餓にもとづいて生じます。経口摂取不能な食道癌患者や神経性食思不振症患者,経口摂取量の減少した高齢者などに代表される栄養不良のsubtypeで,長期間のエネルギーと蛋白質の欠乏により,骨格筋や貯蔵脂肪が崩壊するため体重減少は著明ですが,アルブミンなどの血清蛋白は比較的保たれており,浮腫はありません。

 Kwashiorkorは,蛋白(アミノ酸)摂取の不足や敗血症,手術などのストレスによる代謝亢進患者にみられる低栄養状態です。エネルギーは相対的に保たれていますが,蛋白質が著しく欠乏した状態です。脂肪組織や骨格筋は比較的保たれ,血清蛋白の低下による浮腫も加わることから体重減少は軽微で,身体計測上の異常は少なくみえますが,内臓蛋白の減少,免疫能の低下を伴い,予後はMarasmusよりも悪いとされます。

 本症例は,大腸憩室炎発症前は徐々に体重が減少したMarasmusの状態であったと思われます。そこに大腸憩室炎というストレスが加わり,必要量が増したにもかかわらず,エネルギーも蛋白質も十分に投与されていなかったため,特に蛋白質が不足するKwashiorkor型の栄養不良が加わったものと考えられます。現在の栄養療法をただちに考え直さなければならない,緊急を要する栄養不良と言ってもよいでしょう。したがってこのナースは,より専門的な栄養療法を提供できるNSTへの依頼を勧めたのです。

【Check】

・生化学検査だけではなく,アナムネや身体所見から栄養状態に影響を与える因子を分析して判断するところに,栄養アセスメントの醍醐味がある。

1 Detsky AS et al: Evaluating the accuracy of nutritional assessment techniques applied to hospitalized patients: methodology and comparisons. JPEN 8(2), 153-9. 1984
2 『日本人の身体計測基準値JARD2001』メディカルレビュー社

ひと言アドバイス

・栄養アセスメントの過程で,新たに見つかる疾患があるかもしれません。また,患者さんとのコミュニケーションが深まれば,退院後のQOL向上のヒントが得られます。栄養に興味を持つと,より多くの情報を得ることができるはずです。(岡田)
・栄養アセスメントは栄養管理の入り口です。患者さんの栄養状態に関心を持つだけでも大きな意義があります。低栄養を見逃さないように,医原性の低栄養をつくらないように心がけたいものです。(大村)
・新患例でのSGAを意識した問診・診察は,栄養障害の見逃しの防止につながり大変重要です。なお,高齢者では「食べています」という返事でも実は不十分なことがあり,食事摂取量は栄養士による聞き取り調査のうえ確認するほうがよいでしょう。(加藤)

つづく

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