医学界新聞

寄稿

2007.07.09

 

【寄稿】

実践的EBMのセンスを身につける

古谷伸之(東京慈恵会医科大学・総合診療部講師)


 皆さんは「EBM」という言葉を見たり聞いたりするたびに,「EBMは必要だろうけど,日々の臨床でやるのは無理」と思ってしまうことはありませんか。逆に「UpToDateなどを使えばよいと言われるけど,それでは教科書を読むのと変わらないのでは」と考えてしまいませんか。また,統計がわからないことや,文献読解に自信がないことが壁となっているのではないでしょうか。実際にEBMを行っている方でも,文献のevidenceと臨床への応用にギャップを感じて,ためらうことも多いはずです。

 これらの壁を破って,日常臨床で効果的に簡単にevidenceに基づいた医療を実践していくための方法(プラクティカルEBM)を考えてみましょう。

 プラクティカルEBMでもっとも重要なのはevidenceの患者への適応を考えることです。多くの臨床医がここで立ち止まってしまい,臨床とevidenceのギャップを埋められずにいます。またテキストでも,このことについてはうやむやになっているものが多いのが事実です。しかしこの部分が明快でない限り,臨床でEBMを行うことはできません。

『p値』を打ち破る

 この問題をもっとも複雑にしているのは,『p<0.05信仰』です。この,理解困難な判断基準を打ち破ることからはじめなければ,臨床的な考え方ができなくなってしまいます。

 なぜ,いつもp値を頼りにしているのでしょうか。「p=0.05以下で有意差があるから」という答えがよく返ってきますが,そこにどのような意味があるのでしょうか。  p=0.15は有意差がないのでしょうか。いったい,p=0.15すなわち15%の確率とは,何の確率でしょうか。

 これは,2つの治療がまったく同じ効果を持つと仮定した時に,グラフに示したような結果が「偶然」出てしまう確率です。そして「p値がこれ以上低いと,もはや偶然とは言えない」として,2つの治療が同じであるという仮説を捨て去る基準が有意水準です。

 本来,その基準は自由に決められるものです。有意水準が5%である理由は論文を書く側が「みんなそうしているから」という,便宜的な理由でしかありません。臨床における最終判断が患者側にあるのであれば,当然,有意水準は患者の価値観によって決められなければならないのです。患者と一度も会ったことのない「論文の著者」が決めることではないのです。

 それでは,どうやって患者と有意水準を決定すればよいのでしょうか。あなたが患者だとすれば,有意水準をどのように決めますか。実際は,このp値という概念は,寛解率や奏功率などのように直感的に理解しにくいもので,決められるはずがありません。

 すなわち,情報を仲介する医師が理解できないものを患者が理解できるはずもなく,意思決定をするにはp値はあまり適切でないということになります。それでは,事例1のグラフを見ていったい何人の方がPEMI療法を希望するでしょうか。あなたが患者ならTAMP療法を選択するのではないでしょうか。つまり,あなたの心の中では2つの治療法に有意差がでているのです。

◆事例1

研修医「この前の抄読会の論文では,癌の治療にはPEMI療法よりTAMP療法のほうがよさそうな結果が出てましたよね。先生,◯○さんの治療はPEMI療法じゃなくてTAMP療法を選択したほうがよいと思うのですが」

指導医「あ,でもあれ有意差なかっただろ。だから予定通りPEMIでやろうよ。なっ」

*(PEMI療法もTAMP療法も架空の治療法です。)

EBMで患者と対話する

 では,EBMを使った臨床はどのように行えばよいのでしょうか。

 確かに事例2のグラフでは,エビスタチンの服用により,心筋梗塞の発症率がプラセボに比べて相対的に33%低下していることが示されています(相対危険減少率)。しかし,よく見るとそれは5年間もの服用で3%の発症率がやっと2%に,つまりたったの1%減ったに過ぎません(絶対危険減少率)。すなわち,外来で100人の高脂血症患者全員に5年間服用してもらっても,1人しかその利益がないことになってしまいます(治療必要数:NNT)。さて,いったいどうすればよいのでしょうか。

◆事例2

研修医「コレステロールのための食事療法をしっかりされているようですが,なかなか十分には下がらないですね。そろそろ,薬での治療をはじめましょうか」

患者「そうですか。本当は薬を使わないで済めばと思っていたんですが……。でも,私の家系はみんな心筋梗塞か脳溢血で死んでいますからね」

研修医は,エビスタチン(架空)により33%危険率が下がると製薬会社のMRが言っていたことを思い出しました。

 このように,患者と共に治療を決定していくために,グラフそのものを見せる他,いくつもの数字(パラメータ)があると,どのように説明すべきかわからなくなってしまいます。

 しかし,実際の患者は体の3%だけ心筋梗塞になるなんてことはなく,なるかならないかどちらかなのです。すなわち,事例のように心筋梗塞になることを恐れている患者にとっては,やはり33%の危険率の減少が重要になるわけです。一方,心筋梗塞を心配していない患者にとっては,97%の安全率が98%になったに過ぎません。

 では,治療必要数とはどのような意味があるのでしょうか。これは,経営者や医療政策者の視点となります。患者側の考え方ではありません。

 このように,EBMの実践は患者との対話の中から患者の価値観をとらえながら行うものなのです。

さらにevidenceを応用する

 その情報が患者の役に立ちそうだと思った時は,その情報のevidenceをもう少し調べてみます。まず重要なのは,evidenceにおける研究対象と実際の患者との比較です。Evidenceはあくまでも研究対象の平均的結果であり,「体の7割が女性」というような実際には存在し得ないものになっていたりします。そこで,実際の患者が平均的研究対象と比較して,より心筋梗塞を発症しやすいかどうかが,どのパラメータを用いるかの判断根拠になります。

 さらに,検討されている治療方法が実際に行えるかどうかも重要です。特に手術療法などのように技術的不確定要素が大きいものは,evidenceをそのまま適用することが難しいのです。そして,対象患者数や研究デザインを確認し,evidenceそのものの信頼性や精度について考えます。このような詳細な情報はこれまでのEBM同様に文献を詳細に読みこなす必要性が出てきます。

日々,センスを磨こう!

 日々遭遇する溢れるほどの情報を常に患者と結びつけて考えるところからはじめてください。いつでもどこでも気軽に考えることができます。論文読解や統計数学に終始するのではなく,まず患者への応用について考えていくことが,プラクティカルEBMの最初の一歩なのです。


古谷伸之氏
1988年慈恵医大卒。現在は同大内科総合診療部講師,同教育センター,明治薬科大大学院客員教授を併任。医学や医療技術を用いて患者に貢献できる医療人をめざしています。患者さんばかりでなく,学生や研修医からも日々教えられることも多く,卒前・卒後教育を通していつか檜になるため,彼らと一緒に翌檜(あすなろ)医者でありたいと思います。失敗だらけの私の人生ですが,失敗がいつも私を成長させてくれます。皆さん,一緒に成長しましょう。

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