医学界新聞

連載

2007.06.11

 

【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

桝井 良裕
箕輪 良行田中 拓
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case14]   動悸の原因は心房細動,でもその原因は??


前回よりつづく

この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
動悸,発汗,心房細動,出産後,無痛性甲状腺炎

Case
 梅雨空で小雨続きの今日は,普段にも増して忙しい。てんてこ舞いの河田君のもとへ,26歳の女性が動悸を主訴に来院した。自力歩行は可能だが,症状はかなりつらそうで,胸に手を当てて気持ち悪そうである。動悸は1か月ほど前から出現。脈が速く,時々抜けるような感じを自覚していたが,15分程度で消失するし,2か月前に出産したばかりなので,疲れのせいかと思い放置していた。動悸の頻度や持続時間が徐々に悪化し,今日も2時間ほど前から強い脈の乱れが続いたため受診した。

 症状は動悸だけで,呼吸苦や胸痛,眼前暗黒感や失神はない。既往歴は特になく,妊娠経過も順調で妊娠中毒症などの指摘はない。体温37℃,血圧132/50mmHg,脈拍130-140で不整,呼吸数16/分でSpO299%。貧血・黄疸なし,咽頭所見も正常で表在リンパ節は触知しない。胸腹部に所見なし。心電図モニターを装着したところ心房細動が認められたため,すぐに鼻カヌラからの酸素2L/min投与と輸液ラインの確保,心エコー図検査を行った後,12誘導心電図,胸部X線写真をオーダーして栗井先生に報告した。

■Guidance

河田 モニター上は心房細動なので循環器内科にコンサルトしようと思います。不安定な症状・所見はなく,胸痛や呼吸苦もなし。失神もしていません。心電図はオーダー中ですが,バイタルサインも安定しています。

栗井 発作性の心房細動なんだね?

河田 ええ。2か月前出産されましたがその際の心電図は正常洞調律です。

栗井 かなり若い患者さんだけど,発作性心房細動の原因は(Check point1)? ACLSコースでも不整脈はその原因が重要だと教えられたよね。

河田 心エコー図検査での壁運動も良好で,弁膜症を含めて明らかな異常は認めません。出産後で疲れていたとのことですし,lone Afだと思います。あ,そういえば疲れがひどくて寒い日でも汗をかくことが増えたそうです。

栗井 発汗ね。じゃあ質問を変えよう。発作性心房細動の原因を挙げてみて。

河田 冠動脈疾患,心筋症,心臓弁膜症,COPDといったところでしょうか。喫煙・飲酒歴もないので心疾患や高血圧,肺疾患の可能性も低いと思います。

栗井 僕は出産後というのが気になるんだよね。

河田 えっ? 妊娠経過も順調で妊娠中毒症もなかったようですよ。

栗井 他の身体所見はどう?

河田 すごくきれいな女性ですね。旦那さんが羨ましい限りです!

栗井 前も同じようなこと言ってなかった? 真面目に聞いてるんだからね!

河田 すみません,彼女イナイ歴が長いもので,つい……。心音・呼吸音は清明,頸静脈の怒張や下肢の浮腫もなく,肝臓も触知しません。

栗井 ちゃんと心不全の有無は確認したんだね。すばらしい。じゃあ脈拍欠損(pulse deficit)は(Check point2)?

河田 脈拍欠損って何でしたっけ?

栗井 動脈閉塞とかじゃないよ。心房細動時の心室の空打ちのこと。

河田 すみません,確認してません。

栗井 まあいい。じゃあ甲状腺は触知した? 圧痛などの有無は?

河田 あっ,甲状腺のことを忘れてました! 甲状腺の診察はしていません。

栗井 心房細動の患者さんを診たら,まず甲状腺機能異常を否定しないとね。TSHやfree T4はチェックした?

河田 それも忘れてました。急いで追加のオーダーをします。

栗井 出産後というのも気になるし,発汗もあるから甲状腺機能異常が隠れている可能性が大きいね(Check point3)。いっしょに検査結果を確認しよう。

Disposition
 栗井先生が診察したところ,甲状腺腫は触知するが圧痛はなかった。採血検査では電解質異常や脱水所見はなく,炎症所見もないもののTSHは<0.1MIU/mlと低値を示し,一方free T4は4.56ng/dlと高値を示していた。その他の検査所見では12誘導心電図は心房細動はあるもののST-T変化はなく,胸部X線写真でも心肥大や肺水腫などの所見はなかった。β-blockerを使用して心房細動のrateをコントロールしつつ代謝内分泌内科にコンサルトしたところ,後にこの患者は無痛性甲状腺炎であったことが判明した。

Check Point 1

甲状腺機能異常を見落とさない
 急性発症の心房細動の原因はアルコール摂取が28%と最多で,以下弁膜症19%,COPDを中心とする肺疾患17%,心筋症8.3%,高血圧5.6%,冠動脈疾患5.6%と続く。甲状腺機能異常による心房細動は決して多くはないが,心房細動で救急外来を受診する患者の5%は甲状腺中毒症が基礎にあるとする報告もある。中でも注意したいのは,TSH低値の甲状腺機能異常以外に,心筋症,冠動脈疾患,慢性心不全(心室機能低下),弁膜症,その他の不整脈が併存する例,高血圧,肥満,を併存する心房細動では,各種合併症(心不全や塞栓症等)のリスクが明らかに増加する。

Check Point 2

脈拍欠損
 心房細動時に心室応答が早くなりすぎると,有効な心房収縮が消失しているために,心室に十分血液が貯留していない状況で心室が収縮する,いわゆる空打ち状態となりやすい。空打ちが多くなると心電図上はQRS波が出現して心室収縮があるのに,末梢では脈を触知できなくなる。心房細動の際の脈拍欠損とはこの差を指す言葉で,“心電図モニター上の脈拍から末梢で触知する脈拍を差し引いたもの”と表せる。脈拍欠損が多いということは心臓が無駄なエネルギーを消費しているということであり,心不全になりやすい。一般的には脈拍欠損が30以上の場合は心室機能低下がなくとも心不全に移行するリスクが高いと考えるべきである。

Check Point 3

無痛性甲状腺炎の鑑別
 無痛性甲状腺炎は慢性甲状腺炎(橋本病)や寛解バセドウ病の経過中に発症する。亜急性甲状腺炎と同様に甲状腺濾胞の一過性の障害により,甲状腺摂取率が著しく低い(24時間値で4%以下)点がバセドウ病との鑑別点となる。また,亜急性甲状腺炎とは異なり,急性期にも発熱その他の全身炎症症状がなく,甲状腺の明らかな圧痛がないことも特徴である。しばしば出産後数か月で発症し,一過性の甲状腺中毒症に引き続いてやはり一過性の甲状腺機能低下症を呈した後,euthyroidに復していく経過をとる。通常甲状腺中毒症状は比較的軽度であり,病初期の甲状腺中毒症が見逃されやすいためにその後の一過性の甲状腺機能低下症で気付かれることも少なくない。検査所見では抗TSH受容体抗体陽性例が稀に存在する。無痛性甲状腺炎の診断ガイドラインは以下の通り。

 a)臨床所見として,甲状腺痛を伴わない甲状腺中毒症,甲状腺中毒症の自然改善(通常3か月以内)。
 b)検査所見として,遊離T4高値TSH低値(0.1MIU/ml以下),抗TSH受容体抗体陰性放射性ヨード(またはテクネシウム),甲状腺摂取率低値。無痛性甲状腺炎と診断されるのはa)およびb)のすべてを満たすもので,a)のすべてとb)の1つを満たすものは無痛性甲状腺炎の疑いとされる。

Attention!
●不整脈を診たら治療だけではなく,その原因も考える!
●心房細動では甲状腺疾患の可能性を考える。特に出産後では無痛性甲状腺炎の可能性も考慮する!

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