2週間で研修医を鍛えあげる方法(市立堺病院)
2007.06.11
2週間で研修医を鍛えあげる方法
市立堺病院(大阪府堺市)医師国試終了後,市立堺病院の内定者は総合内科・川島篤志氏からの手紙を受け取った。4月以降のスケジュールの連絡とともに,「ちょっとした宿題を出させていただきます」と宣戦布告されており,いくつかの書類が同封されている。
まずは院内で用いられる身体所見用紙と,ROS(Review of System)の日本語版/英語版。これらは言葉の意味がわかるようになること,特にROSの英語は「絶対にやっておいてください。医師になる前にやっておくと楽です」と,コメントがある。その他,「失敗リスト」と「仕事人リスト」(いずれも後述)。これらはざっと読む程度でいいらしい。文末には「医師として仕事を始めるとホントに休めないですから,最後はしっかり遊んできてください」という配慮の言葉も。新研修医は“ちょっとした宿題”を済ませ,オリエンテーションに臨む――。
講義は必要最小限Shadowingと実習を重視
市立堺病院では,途中で看護実習2日間(日勤+深夜勤)とACLS講習1日(日本救急医学会/ACLS大阪認定コース)をはさみながら,2週間を新研修医オリエンテーションにあてている。オリエンテーションの最大の特徴は,講義を必要最小限にとどめ,各科の先輩医師につき日常診療を見学する“Shadowing”と実習に重点を置く点だ。従来は,各診療科による講義中心のオリエンテーション方式が採られていた。しかし,2004年に新研修医が無記名で記載するアンケート調査(5段階評価)を行ったところ,講義形式中心のプログラムの多くは評価が低かった。「医学的知識が2週間で劇的に向上することは期待できない。それよりも,ひと通りの手技や病院のルールなどを知ってもらって,一般業務にスムーズに入るほうが大事」という結論に達し,改革に着手。2005年度からはShadowingを中心とした現行のオリエンテーション方式に改めた。
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グループ制でのShadowingと「仕事人リスト」
Shadowingも工夫がなされている。まず,後期研修医を含めたグループ制(図)の導入だ。1年目研修医2人と2年目研修医2人で2組のペアをつくり,オリエンテーションの前半が終わる1週間後にペアを交代。さらに,後期研修医が2組のペアをサポートする体制で進められる。実際に1年目をマンツーマンで指導するのは2年目研修医で,後期研修医はミーティングで研修の進捗状況を確認するなどの監督的な立場を担う。後期研修医を含めることで“チームとしての責任”を明確化するとともに,「後期研修医が初期の教育に関与しないと意味がない。1―2年目に影響を与える存在でいてほしい」(川島氏)というねらいがある。チーム分けも後期研修医に任されている。
また,オリエンテーション期間中,新研修医は「仕事人リスト」と呼ばれるA4用紙1枚を常時持ち歩いている。これは福岡県の麻生飯塚病院で使用されているものがオリジナルで,病院業務を円滑に行えるようになるためのチェックリストだ。堺病院では,入院・退院等における業務内容,処方・注射時における注意事項など約100の項目が,紙の両面に記されている(表)。オリエンテーションのいわば「院内到達目標」のようなものか。
表 仕事人リスト(一部抜粋) | ||||||||||||||||||||||||
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新研修医からは「ただ漫然と先輩の後をついていくのではなく,学ぶべきことがリストになっているのでわかりやすい」との感想が聞かれた。学ぶ側にとってShadowing中の観察ポイントが明確になるとともに,指導する側にとっても教える内容の“漏れ”が防げる。オリエンテーション期間中にすべての項目がチェック済みとなるのが望ましいが,「業務中にやり方だけ見せたい」(2年目研修医の意見)という項目も実際には含まれている。こういった項目に関しては,経験した研修医によって翌年には更新される。
身体診察の教育は最初から徹底
市立堺病院の初期研修は,問診と身体診察を重視した教育が大きな特徴だ。他の市中病院で初期研修を行った後期研修医は「前の病院では身体診察はほとんど教えてもらえず我流だったが,この病院はシステムとして教育し間違いは修正してくれる」と驚きを口にしていた。オリエンテーションでも,こうした教育方針の一端が垣間見られる。取材日の午前中は,感染症専門医として著名で,『感染症レジデントマニュアル』(医学書院)の著書もある藤本卓司氏(総合内科部長)が身体所見の取り方を講義した。心臓や肺の聴診,足の触診などはもちろんのこと,頸静脈圧(JVP)の測定,眼底鏡と耳鏡を用いた診察まで,研修医同士で実際に診察しながら学んでいく。
肺の聴診においては,「少なくとも12か所。区域を分けて聞くことが大切」とポイントを述べたうえで,肺音分類(宮城征四郎氏の分類をアレンジしたもの)を解説し,テープで実際に肺音を確認。その後,副雑音の聞き取りテストを行った(全問正解の研修医は1人)。「大学実習では肺音が正常か異常かも教わらなかった」という研修医は,「自分でもう一度調べてみたい」と講義後に意気込みを語ってくれた。
藤本氏自身は「内容を詰め込みすぎたかな」とやや反省気味だったが,終了後は研修医同士で「わかりやすかった」と興奮気味に話す姿があった。「診察の段階を踏んでひとつずつ教えてもらえるので,実際に患者さんを前にした時にどういう手順で診察すればいいかがわかった」という。時に冗談を交え研修医一人ひとりに問いかけながら進める講義形式に,「知識を教えるより,伝わるかどうかを重視している。ぼくらに教えるのは,患者へのインフォームド・コンセントと同じでは」と見事に解説してくれる研修医もいた。
身体所見に関しては講義のほか,オリエンテーション期間中に小テストが用意されている。単純な身体所見の取り方ではなく,「どんな時にどんな身体所見を取ることによって,診断や重症度判定の検査前確率をあげられるのか」という“活きた身体所見”が試されるのがポイントだ。設問は例えば,「脱水を疑った時にチェックする身体所見は?〈少なくとも3つ挙げよ〉」「原因がはっきりしない発熱(特に亜急性から慢性)があれば,○○を疑って,心臓以外に○○をチェックする〈○○に入るものは?〉」などで,院内で使用される身体所見のフォーマットに関連づけて問われる。最初から全部解ける必要はなく,和気あいあいとした雰囲気の中で定期的(3か月間隔で年4回)に行うが,1年経てば正解率が9割以上になるとのことだ。
「失敗リスト」で失敗共有の意識づけ
冒頭の“ちょっとした宿題”で紹介した「失敗リスト」は,歴代研修医の失敗を「純粋な医学的事項」「指示上の失敗」「コミュニケーション」に大別してまとめている。失敗が起きやすい時期の前に失敗事例を予期してもらうと同時に,「失敗を恥ずかしがらず,共有する意識を最初に持ってほしい」(川島氏)という思いが込められている。研修医室の机には,オリエンテーション期間中の失敗を記載したノートが置いてあり,主に毎朝の採血実習(2年目研修医が各病棟で指導する)での失敗が誰でも閲覧できるようになっていた(研修初期はこの取り組みが継続される)。
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そのほか,オリエンテーション期間中は2年目から1年目へのミニレクチャーが適時ある。今年からテーマ選定も2年目研修医に全面的に任されており,「入退院時にやること」「鎮痛薬・解熱」「採血のタイミング」など病棟実務で必要な事項が挙がっていた。
Shadowingを筆頭に,新人オリエンテーションは2年目研修医の担う役割が大きい。その理由は,屋根瓦方式ならば,毎年同じ教育体制が維持できること。それに加え,実はもうひとつのねらいがある。研修医の兄貴分的存在の川島氏は,1年目が2年目にあがる数か月前,「1年目と2年目の実力差は100倍ないとダメ。これぐらいは当たり前にできると後輩に見せつけてほしい」とハッパをかける。「たとえそれまでの研修がうまくいってなくても,その時期にリセットして伸びる人がいる。新人が入るのは全体が活性化するチャンス」と捉えているのだ。
市立堺病院のオリエンテーションは「グループ制でのShadowing」の導入や「仕事人リスト」「失敗リスト」の活用によって年々ブラッシュアップされ,ほぼ完成形に近いという。課題としては,後期研修医のスタート(後期のオリエンテーションは現在1週間)を改善したいとのことだ。
なお,オリエンテーションについての問い合わせは下記・川島氏まで。
kawashima-a@city.sakai.osaka.jp
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