医学界新聞

インタビュー

2007.04.09

 

【interview】

三浦公嗣氏(文部科学省高等教育局医学教育課長)に聞く


■医学部に入った瞬間,
 国家試験に合格した瞬間のその時々の想いを,
 人生において何度も何度も振り返ってほしい。

 昨年9月,厚労省と文科省の間で人事交流が始まり,新たな試みとして注目された。医系技官として初めて文科省の医学教育課長に就任した三浦公嗣氏が,医学教育の充実に向けた文科省の取り組みのほか,未来の地域医療を担う医学生・若手医師への期待を語った。


――文科省高等教育局医学教育課長だった栗山雅秀さんが厚労省医政局医事課長に,厚労省老健局老人保健課長だった三浦さんが文科省高等教育局医学教育課長にそれぞれ就任されました。こうした人事交流のプランは,以前からあったのですか?

三浦 プランまではわかりませんが,「今後の医療を考えるうえで医学教育課が要である」という認識が,医療関係者の間に従来からあったことは間違いありません。その意味でも,きわめて責任の重い仕事を与えられたと受け止めています。

――異動の辞令を聞いてどう思われましたか?

三浦 正直言って,非常にうれしかったです。前職の老人保健課で高齢者にかかわる仕事をする中で,人間の尊厳を基にした全人的な医療がもっと日本で広がっていくべきだと感じていましたし,良医をより多く育てたいという思いはかねがねありました。

社会の要請に応える人材養成を

三浦 今回の人事交流に関して,私がいつも申し上げているのは歴史的経過です。日本で初めて総合的な医療関係の制度,「医制」が公布されたのが明治7年(1874年)で,そこには「医制は文部省で行う」旨が明記されていました。その前々年には文部省に医務課(翌年に医務局に昇格)が創られています。もともと文部省は医療関係行政全般を司っていたというのが歴史的経過なのです。

 それが,翌年の明治8年に医療制度と医育制度が分離し,医療制度は内務省の所管となり,以来さまざまな経緯があって厚生省,現在の厚労省に移ってきました。つまり,両省がそれぞれ行政を担ってきた歴史は百年以上になります。これは両省の専門性を考慮して始まったものだと推測していますし,その歴史を前提に,両省のよい面を活かしていけばよいと思うのです。

――卒前は文科省,卒後は厚労省ということで,「縦割り行政」という指摘もあります。

三浦 たしかに文科省と厚労省という2つの役所はあります。しかし,保健・医療・福祉サービスのユーザーとしての「国民の視点」はどちらの省にとっても重要なもので,しかるべき対応はおのずと決まってくるでしょう。以前から両省の情報交換は活発に行われていますし,そのプラットフォームを活かして,今後さらに連携を深めていくということです。

 また,文科省の政策立案にあたって大学の先生方のご意見をうかがうのと同様に,厚労省がかかわる国家試験や臨床研修などに関しても,やはり大学が深くかかわっています。つまり,役所としてみれば2つに分かれているとしても,大学という共通の基盤がある。卒後教育は卒前に,卒前教育は卒後にそれぞれ影響を受けますし,両者は一体不可分です。大学が双方にかかわっているのは非常によいことで,縦割りの弊害が言われるほど生じているとは思っていません。

 ただ,文科省は大学という大きな組織を対象に行政を行ってきて,極端に言うと大学のクライアントは学生になる。それに対して,厚労省において主役はあくまでも国民です。ですから立脚する視点に多少の違いはあるのかもしれません。しかし近年は,大学の先生方も,社会の要請に応えていける人材を養成しなければいけないと理解してくださっていますし,その点は共通認識になってきたと思います。

卒前教育に不可欠な中・長期的展望

――臨床研修が整備されたことによって,卒前教育と後期研修の課題が改めて浮き彫りになってきました。卒前・卒後の一貫性に関して,どうお考えでしょうか?

三浦 私は,こう考えます。技術・知識・人格に優れた,いわば一人前の医師が担わなければいけない仕事というのは,国民のニーズに応えていくことです。その国民ニーズを踏まえれば,臨床研修が終わった段階でどのような技術・知識・人格を備えていなければいけないかということは,おのずと決まってくるでしょう。

 すると,臨床研修の前に医師国家試験でどういう資質を評価しなければいけないのかということが決まってくる。そして,その医師国家試験が職業人としての入り口だと考えれば,そこに達するために卒前で何を教えなければいけないのかが決まってくるはずです。

 卒前・卒後の一貫性というのは当然必要です。ただここで難しいのは,卒後教育が目の前にある健康ニーズに応えるといった面がより強くなる一方,大学における医学教育では,10年後,20年後の国民のニーズを見据えた,中・長期的な展望が必要です。それをサポートしていくのが,文科省の医学教育課の大きな仕事の1つだろうと思っています。

――例えば,リサーチマインドの育成などは,中・長期的にみると国民のニーズに応えるもので,卒前教育で強化すべき点ということでしょうか。

三浦 そのとおりですね。いま,文科省では「医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」(座長=自治医大学長・高久史麿氏)を開催していますが,その中で研究者の育成が非常に大きな課題になっています。その際,研究を職業とする医師の育成と同時に,もう1つ,臨床医であっても研究的な視点を持つ医師の育成が重要だと言われています。臨床上の疑問から研究は生まれてくるわけですから,そこからの発信ができなくなってしまえば研究も進みません。

――厚労省の医師臨床研修部会で臨床研修制度の検討が行われていますが,いくつかの基本的手技についても,臨床研修ではなく卒前の実習段階で習得すべきだという意見があります。

三浦 卒前でできることがあれば卒前で行うのが適切だというのは,そのとおりだと思います。これも調査研究協力者会議でまとめようとしていますけれども,見学型ではない,いわゆる「診療参加型臨床実習」を充実させることが今後の課題です。その場合,侵襲的な医行為を伴う場合もあるわけですから,教育内容の改善と同時に,患者さん・ご家族に医師育成の重要性を理解していただくことが必要です。それはとりもなおさず,日ごろの診療を通じて,大学病院がより地域に根ざした組織となることも不可欠でしょう。

――昨年はモデル・コア・カリキュラムの改訂も行われました。

三浦 これも,社会の要請に応えていくという観点から,日本人の死因の3分の1を占めるがん,あるいは救急医療や医療安全などについて,大学教育においてさらに充実させる必要が高いことから改訂されたものです。

 特にがんに関しては,文科省で「がんプロフェッショナル養成プラン」(2008年度予算14億円)も始まります。従来のがん対策は厚労省が中心で,文科省では研究支援が主だった傾向がありますが,今年度からは,大学院・大学病院におけるがんに特化した医療人養成の取り組みを支援します。これはまさに,中・長期的展望での人材養成ということになります。

――医師不足の問題については,いかがでしょう。医学部の入学定員の拡充を望む声もあります。

三浦 新設医大の設置以降,わが国の医師数は従前よりも速いスピードで増えてきていることは間違いありません。厚労省の「医師の需給に関する検討会」報告書によれば,2022年には需給が均衡します。養成数を増やして効果が出るのは10年後,20年後の話になってしまいます。いま現在,医師が不足する分野・地域があることに対して,養成数を増やす効果は一定の限界があるでしょう。

 むしろ,現在の医学生・研修医らに対してのアプローチが必要ではないでしょうか。これは文科省と厚労省が力をあわせてやっていかなければいけない,大きな仕事の1つだと思います。文科省としては,入学試験の段階で地元の高校の卒業生を受け入れる地域枠の拡大を全国の医学部にお願いしています。幸い,地域枠の設定を行う大学は毎年増加しています。地域に育ち,地域に育てられ,地域を愛する医師がもっと増えてほしいものだと考えています。

桜の花と医師の原点

三浦 医学生,研修医の皆さんにぜひ申し上げたいのは,桜の花を見るたびに,医学部に入った時の気持ちをもう一度振り返ってほしいということです。その時はまだ医師の仕事の中味はよくわからなかったかもしれません。けれど,自分が国民や地域にどんな貢献ができるのかを考えた瞬間があったはずです。そうやって医学部に入った瞬間,あるいは卒業し国家試験に合格した瞬間のその時々の想いを,人生において何度も何度も振り返っていくべきだろうと思うのです。これは1人の,同じ医学教育を受けた人間としての私の願いです。

 ちょっと青臭い議論かもしれませんが,医師という職業を,高度な専門性を持った社会の公器として考えてほしいし,最終的にはそのことが国民,地域のニーズに応えていくことにつながるのだと思います。

 余談ですが,先日,高等学校卒業30周年の同窓会がありまして,私がいままでの人生においていちばん感銘を受けた言葉をくれた担任の先生にお会いしました。「僕は,先生のひと言で人生が変わりました。そのことをもう一度先生に伝えたいと思って,今日は来ました」と言ったら,「そんなことあったかなぁ。言ったほうが忘れてるよ」と返されたんですけど(笑)。

 そのひと言が私は忘れられない。感動的な言葉なんです。「君たちも,いちおう世の中から見ればエリートの端くれだ。エリートだったら,畳の上で死のうと思うな。人の役に立って死ね」と,高校1年生の男子50人に聞かせたわけです。大した高校じゃなかったんですけど,私はそれをすごく意気に感じました。言った本人も覚えてないっていうんだから無責任といえば無責任ですけど(笑),そういう気持ちはすごく重要だと思うのです。

――まさしく“社会の公器”という気概ですね。三浦さんは,大学時代から無医地区に通っていたそうですね。

三浦 北海道の無医地区に,結局10年近く通いました。厚生省に入ってからは,休暇を取って通っていました。そんな大それた目的があったわけではなくて,「去年会った,あのおじいちゃんは元気にしてるかな? 会いたいな」という気持ちで行くわけです。

 大学での実習で出会う人とは違う人たちが地域の中にいるのを見た瞬間というのは,非常に感動的でした。病気や障害を持った人たちが,自分の家や地域で生きいき生活しているんですね。最初は学生でヒョロヒョロしていた私も,国家試験に合格して「あんたも医者になったんだねぇ」と言われ,次に会った時は「役人なんだって?」というふうに,地域がずっと私を見ているわけです。すると,もう裏切れないというか,地域とともに歩む医師はすばらしいと実感しました。

 医学生,研修医の皆さんには,社会の要請,地域のニーズに応えていく中で,“歓び”を感じてほしいと願っています。そのためには,個々人の取り組みも大事ですが,大学側にもそうした体制を取れる努力をしてもらうようお願いしています。文科省としてもぜひ応援していきたいと思っています。

(了)

SideMemo「職業としての医系技官」
 「中央省庁の局長を見てみたかったから,興味本位で医系技官に応募した」「面接で趣味の読書について聞かれて,“最近は『国家試験突破シリーズ』を読んでます”と答えた」と,偽悪的に語る三浦さん。しかし本当は,高校時代の恩師の言葉に感銘を受け,ノブレス・オブリージュ(高貴の義務)を胸に秘めていたのではないだろうか。学生時代から無医地区に通い続けた三浦さんは,後に介護保険の創設や療養病床の再編など高齢者医療・介護の改革に取り組み,現在は文科省で良医育成を担うこととなった。

 医系技官は,専門的知識を背景として国民の健康と安全にかかわる政策を具現化する役割を担っている。詳しくは,厚労省の下記HPを参照してみてほしい。応募資格は原則として大学卒業後5年未満の者。業務説明会や見学ツアーなども開催されている。
 URL=http://www.mhlw.go.jp/general/saiyo/ikei.html


三浦公嗣氏
1983年慶大医学部卒,旧厚生省に入省。88年米国ハーバード大公衆衛生学大学院修士課程修了。介護保険制度施行準備室次長,広島県福祉保健部長,老健局老人保健課長などを経て,2006年9月より現職。

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