医学教育(6)
連載
2007.03.12
連載 臨床医学航海術 第14回 医学教育(6) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
前回まで医学教育の(1)基礎学力の低下,(2)ギャップの存在,(3)教育・学習方法,(4)評価方法,および,(5)人間関係の5つの問題点について述べた。これらのことと関連して,今回は筆者が経験した医学教育に関する奇妙な出来事を紹介する。
奇妙な出来事
試験問題私が受けた眼科の卒業試験問題の一つにこんな問題があった。
「眼内手術では眉毛・睫毛は短く切っておく」 ○か?×か?
答えは×である。理由は,眼内手術では睫毛は短く切っておくことはあっても,眉毛を短く切っておくことはないからである。この問題は,要は「眉毛・睫毛」と「睫毛」の引っ掛け問題である。注意散漫と言われればそれまでだが,実際の手術では眼内手術で眉毛を短く切ってしまう人はほとんどいないはずである。この引っ掛け問題にみごとに引っ掛かった私は,せっかく勉強したのに卒業問題が医学の本質を問う問題ではなく,このような単なる言葉の引っ掛け問題のために自分が努力をしていたのかということを知り,非常に虚しくなったのを今でも憶えている。
学科試験では識別率という数値が計算されて,受験者を適度に振り分ける問題を出題者は作らなければならない。しかし,だからといって単に言葉の引っ掛け問題を出題するのはどうかと思う。研究や診療で忙しいのはわかるが,大学教官ならばもっと国家試験の模範になるような医学的思考能力を試す良問を作れないのだろうか?
この問題の場合,眼内手術の後に「眉毛・睫毛」と並んで書かれていたのでついつい引っ掛かってしまったのである。もっとも,選択肢中の引っ掛けの箇所が「眉毛」ではなく,せめて「腋毛」にしてくれれば,注意散漫な筆者でも気づいたかもしれない。
ラグビー・ボール
ある大学教官はラグビー部の顧問であった。その先生は試験前になると自分が監督するラグビー部の学生にこう言っていた。
「俺が出題した記述試験で何も書けなかったら,答案用紙にラグビー・ボールを書け。そしたら,ラグビー部だってわかるから合格点やる」
この先生の意図は,たまたま試験で解答できなかったら,ラグビー部は練習や試合で大変だから大目に見てやろうという温情であろう。大学の試験なんてそんなおおらかなものということであろう。実際ほんとうに論述試験問題に解答できなくて,答案用紙にラグビー・ボールの絵を書いたラグビー部員がいたかどうかは不明である。
このように自分の子分の学生が優位になる言動によって,この教官は確かに自分のラグビー部員からの評判はよくなったかもしれない。しかし,これが果たしてほんとうの教育者のする言動であろうか? もしもこの教官が単なる冗談ではなくて真剣にこのような発言をしたとしたならば,こういうことを言う教育者は,学生が社会に出て実際に患者を診てどうしてよいのか分からなかった場合,「『あなたの病気が何なのかは現時点ではわからない。だけど,私は学生時代にラグビーをしていたので,カルテにラグビー・ボールの絵を書いておきます。今日のところはこれで様子をみましょう』などと患者さんに言え」というようなことを指導しているようなものである。
論述試験とは認知能力を判定するための評価手段である。その論述試験で問われている医学的認知能力の返答が不可能であるからといって,問われていない実技能力,それも,医学とは直接関係ないスポーツの実技能力でごまかそうというのは虫がよすぎる話である。医学教育の評価方法で,認知能力だけではなく,情意や精神運動能力を判定することが勧められていることは医学教育の評価方法の回(第12回医学教育〈4〉)に述べた。しかし,いくら情意や精神運動能力を判定するといっても,ラグビー・ボールを書かせるというのは違う気がする。
学生がプロ精神を持っていない理由の一つには,大学教官のこういった学生を甘やかした態度も多分に影響していると思う。
・基礎医学から臨床医学の時代へ
・疾患志向型から問題解決型の時代へ ・専門医から総合医の時代へ ・単純系から複雑系の時代へ ・確実性から不確実性の時代へ ・各国主義からGlobalizationの時代へ ・画一化からtailor-madeの時代へ ・医師中心から患者中心の時代へ ・教育者中心から学習者中心の時代へ |
・プロ精神を持つ
・フィールド・ワークを行う ・真理の追究目的から患者の幸福目的へ ・知識を知恵にする |
・基礎学力の低下
・ギャップの存在 ・教育・学習方法 ・評価方法 ・人間関係 |
(次回につづく)
(編集室註:本稿は不正確な記述があったため,一部修正しました。 )
この記事の連載
臨床医学航海術(終了)
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