医学界新聞

連載

2007.02.12

 

【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

桝井 良裕
箕輪 良行田中 拓
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case11]   高齢者+黄疸+腹痛=??


前回よりつづく

この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
黄疸,高齢者の陰性身体所見,胆石症,Murphy's sign

Case

 土曜日の午後は発熱の患者が引きもきらない。「年末には嘔吐や下痢でERを受診する患者が多かったし,やはり感染症は人類最大の敵になるのかもしれない」などと偉そうなことを考えている河田君を,カルテが現実に引き戻した。主訴は「体が黄色くなってきた」と書いてある。

 患者は84歳の男性。息子が車椅子を押して診察室に入ってきた。脳梗塞後遺症と糖尿病のため在宅で近医から訪問診療を受けている。確かに身体が黄染しているなと見やりながら河田君は挨拶をしたが,返事がない。同行してきた息子に話を聞いたところ,身体の黄染に気づいたのは今朝から。最近2-3日食欲がなかった。軽度の認知症があり,もともと口数の少ない人で,自分から話をすることは少ないが,今日は一言も話さない。再び患者本人に「お腹が痛いですか?」と問うとうなずき,時々表情をゆがめるがすぐに無表情になる。

 嘔吐なし,下痢なし。内服薬は2年前から変更なく,最近生で食べた物もない。バイタルサインは意識清明,血圧120/70mmHg,脈拍100回,体温38℃,SpO2 98%であった。身体所見では全身の黄染あり。眼球結膜の黄染あり,眼瞼結膜蒼白なし。呼吸音・清,心音・整,心雑音なし,腹部は平坦で軟らかいが,どこを押しても顔をしかめる。下肢に浮腫なし。

■Guidance

河田 確かに眼球結膜の黄染はあるようです。腹部の圧痛の評価が不十分ですが,既往歴では胆石を指摘されたことがあるようですし,まずは採血ですかね(Check Point1)。

栗井 そうだね。血圧は保たれているけれど,高齢,脈拍が少し速いこと,発熱があってSIRS(Systemic Inflammatory Response Syndrome;全身性炎症反応症候群)もあやしいから,ABCを確保してから次に進もう。

 ところであまり話をされず,病歴,身体所見を取るのが難しいようだけれど,ここまででどのような病態を想定してるんだい?

河田 まずは肝胆道系の悪性疾患を検索する必要があると思います。そのほかにウイルス性の肝炎やアルコール,薬剤も考えなくてはいけません。次に胆道系の結石を始めとした閉塞による閉塞性黄疸を考えます。自己免疫性肝炎や原発性胆汁性肝硬変,体質性黄疸という可能性もあると思いますが,年齢からは否定的です。

栗井 そうだね。一般的に血中ビリルビン値が2mg/dl以上で眼球結膜や皮膚に黄染が出現すると言われている。ビリルビンは2つのタイプに分けられるね?

河田 直接(抱合型)ビリルビンと間接(非抱合型)ビリルビンです。

栗井 そうだね。一般的に黄疸は肝細胞性黄疸,肝内胆汁うっ滞性黄疸,溶血性黄疸,体質性黄疸,閉塞性黄疸といった分類がなされるけれど,間接ビリルビンが増加するのはほとんどが溶血による黄疸だ。その他は直接ビリルビンの上昇を伴う。ところで,腹部の所見はどこに注目して取ったんだい?

河田 お腹は平坦ですし,腸の蠕動音も若干弱いようですが聴取できます。肝腫大もありません。Murphy's signをとりましたが,お腹全体を痛がるように顔をしかめるのではっきりしません。腹壁の反跳痛も認めません。

栗井 Murphy's signは胆嚢炎に有用な所見だけれど,高齢者ではあまりあてにならないという報告があるんだよ(Check Point2)。この患者さんでは河田君の言うように,悪性疾患の検索を始めとした血液検査,画像検査を進める必要がありそうだね。

Disposition
 血液検査の結果,T-bil10mg/dl,GOT430IU/L,GPT380IU/L,γ-GTP900IU/L,WBC 18000/μlと著明な上昇を認めた。また腹部超音波検査で総胆管,肝内胆管の拡張を認め,腹部CTにて総胆管内に結石を認めた。急性閉塞性化膿性胆管炎の診断にて消化器内科コンサルトとなった(Check Point3)。

Check Point 1

胆石症
 胆石症患者の約15%に総胆管結石を伴うとされており,有症状時には胆嚢,胆嚢管,総胆管の評価が必要である。リスクファクターとして年齢(40歳以下に比べて40~69歳では4倍),女性,妊娠,経口避妊薬(エストロゲン),胆石の家族歴,肥満(特に女性,若年),急な減量,糖尿病,肝硬変,非経口栄養,脊髄損傷,薬剤(セフトリアキソン,ソマトスタチン,クロフィブレート),運動不足(週5日,30分以上の運動で30%以上予防できる),クローン病などがある。

Check Point 2

Murphy's sign
 急性胆嚢炎に特徴的な腹膜刺激症状。中鎖骨線内側と心窩部の間を下から右季肋部に向かって手で圧迫しながら患者に大きく息を吸ってもらう。鋭い痛みのため吸気が停止すると陽性。高齢者では感度48%,特異度79%であり,陽性であることは有用であるが,陰性であっても否定はできない。

Check Point 3

化膿性胆管炎
 古典的な所見としてCharcotの三徴といわれる発熱・右上腹部痛・黄疸が上げられるが,認められるのは50-75%のみと言われている。これに敗血症性ショック,意識障害を加えたものをReynoldsの五徴と呼び,急性閉塞性化膿性胆管炎で認められ,死亡率が上がる。しかし高齢者やステロイド使用中の患者では血圧低下のみが唯一の所見であることがあり,注意を要する。

Attention!
●黄疸でもまずバイタルサイン&ABC!
●高齢者の陰性身体所見にごまかされるな!

次回につづく

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