医学界新聞

寄稿

2007.01.22

 

【投稿】

SHEA/CDC共催による院内感染対策講習会に参加して

吉澤定子(東邦大学医療センター大森病院感染管理室)


 SHEA(Society for Healthcare Epidemiology of America)とCDC(Centers for disease control and prevention)共催による院内感染対策に関する講習会は,アメリカとカナダで年に2回行われている。今回,私はアトランタで行われた講習会を受講し,実践的な院内感染対策を学ぶことができた。今後,院内感染対策を行う可能性のある方々に少しでもそのエッセンスを紹介できればと思い,講習会のトピックスを中心に内容を紹介する。

包括的・理論的な院内感染対策

 近年,“院内感染”という言葉が頻繁に報道されるようになった。本邦では一般的に,院内感染=医療ミスという認識があり,公になった場合,マスコミのバッシングなどによってその後長期にわたって痛手をこうむることになりかねない。このような現状の中,院内感染対策の強化が重要視されてきているが,現状では院内感染のスペシャリストは少なく,たまたま担当となった医師が診療の合間をぬって院内感染対策を行っているのが現状であり,また,専任として配置した場合でも,大病院を1-2名の専任医師で切り盛りするケースも少なくない。このような状況の中,院内感染対策の実務にあたる者には,実践的な知識と習熟が求められる。

 そんな中,今回参加した講習会は,米国らしく非常に包括的・理論的であり,EBMに基づいた実際的な手法が4日間に濃縮されていた。講義は一流講師によって行われる充実した内容で,また院内感染アウトブレイクの実例を小グループに分かれて討論しながら解決していく時間もあり,実践に役立つものと思われた。実際,私は当院におけるセレウス菌の調査を帰国早々行うこととなり,すぐに学んだばかりの知識を生かすことができた。

統計学の知識の重要性

 講習会に先立ち,最低限知っておく必要がある統計学的知識がメールで送られてきた。恥ずかしながら私は統計が大の苦手で,それを読んだ際,「講習会はさぞかし難解であろう」と一抹の不安を感じてしまった。しかし実際に参加してみると意外にすんなり順応でき,院内感染対策においては統計学が重要であることが,講習会を受講するにつれてひしひしと感じられた。

 私が当院で感染対策を行っていた時は,いつもただひたすら対応に追われており,一応報告書なるものを作成しても詳細な統計的な処理はおざなりになっていた。しかし,講習会では違った。可能な限りCase-control studyかCohort studyに設定し,調査を進めることが徹底されていた。

 米国では,大学病院規模の病院には感染症専属の病院疫学者がいて,データの解析をしてくれる。講習でもさまざまなStudy designが紹介され,Relative risk, Odds ratio, p-value, 95%Confidence Intervalを用いた評価が繰り返し呈示されていた。

 また,複数の先生が「何か事例が発生した際には重要と思われる菌株を保存しておくこと」と強調していた。当院では菌株は意識的に保存しているが,院内感染の疫学調査では菌株の調査が最終的な鍵となることが多いので,保存を行うことは重要であることが再認識できた。

HAI報告の義務づけ

 米国では,約20州において医療関連感染(Healthcare-Associated Infection; HAI,本邦ではいまだに院内感染と言われることが多い)の報告が義務づけられている。同様なシステムの導入は本邦では難しいと思われるのだが,近年はさらにPay for performanceといった斬新なプロジェクトが出てきている。これはCMS(Centers for medicare and Medicaid services)が行っているもので,5つの臨床分野で適切な対応を行った病院の上位20パーセンタイルまで,メディケアにボーナスを与える仕組みとなっている。このシステムには38州で約260の病院が参加しており,これまでのところ効果は良好,経費削減や患者予後の改善などが見られるということだ。米国らしい合理的な考え方である。

院内感染への対応法・予防法

 今回の講習会で印象的だったのが,Root Cause Analysis(RCA)という概念である。これは,「どうしてその事例が発生したか」ということについてさまざまな仮説を立てながら原因を解析し,最終的に事態の根源となったものを探り当てていく作業のことである。

 この概念は,ほとんどの事例が一連の過程のどこかでトラブルが発生したことに由来する,という考え方に基づいている。もちろん,原因は1つだけではなく複数の要素が関与していることが多く,その事例が関与する一連の過程を把握し,1つひとつ順を追って調査していくことで原因を追及し,今後の対策を強化するのだが,非常に理論整然とした手法であると思われた。

 また,Failure Mode and Effects Analysys(FMEA)という概念も紹介されたが,これは一連の過程を把握し,その中で起こりうるミスを仮定して事前に予防していくという考え方である。RCAやFMEAでは,過程をFish bone diagram(フローチャートのようなもの)などを用いて図示し,解析していくことが多いようである。

サーベイランスの重要性,抗菌薬の使用法

 日常的なサーベイランスなくして,早期にアウトブレイクを把握することは難しい。何らかのサーベイランスを既に行っている施設は多いと思うが,漠然と恒常的に行われていたり,情報を多く収集しすぎて集計困難になっていることもしばしばあると思われる。講義では,「なぜサーベイランスが必要か(サーベイランスの定義付け)」「誰がデータを収集するのか(サーベイランスを継続していくうえで重要)」「得られた結果でどのような分析を行うのか」「サーベイランスを何に活かすのか(期待される有効性)」といったことを大前提に,定期的にサーベイランスの手法を見直すことが重要とされていた。中でも,サーベイランスの開始時に定義づけを行い,紙面に明記することが大切とのことであった。

 抗菌薬の管理に関しては,従来の“antibiotic control”といった考え方から“antimicrobial management”に進展し,現在では“antimicrobial stewardship”といった概念に至っていると紹介されていた。“antimicrobial stewardship”とは,薬剤師,感染管理医師などが一丸となって抗菌薬の管理を行う方向性を示しており,抗菌薬の適正使用から耐性菌問題まで含めた包括的な対策となっている。抗菌薬の適正使用は,耐性菌を制御するのに不可欠であり,本邦でも大きな課題となっている。

 このほか,実際のアウトブレイクへの対応についても,基本的な対処法から実例を用いた演題練習まで,非常に包括的に構成された講義が行われたがここでは紙幅の都合で割愛する。

 今後,感染対策に携わる方々には,ぜひ一度参加することをお勧めしたい講習会であった。しかし,今回の私もそうであったが,なかなか渡米してまで講習会に参加するのは日常業務上難しい場合も多いと思われる。今後は,本邦においても,専門機関による今回のような短期講習会が定期的に開催されることを期待したい。


吉澤定子氏
1995年東邦大医学部卒。横須賀米海軍病院にて研修後,国立国際医療センター・エイズ治療研究開発センターにてHIV診療に携わる。2000年より東邦大微生物・感染症学講座大学院生。04年より同講座から出向して総合診療・急病科学講座感染症科病院助手,ならびに感染管理室ICD。各種院内感染対策,感染症診療を行う傍ら,臨床で認められた現象を基礎的検討により検証し,感染症分野における基礎と臨床の融合を試みている。

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