医学界新聞

 

ストレスマネジメント
その理論と実践

[第1回 私の研究の源泉]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


厳しさを増す看護師の労働環境

 医療制度改革の新たな波が押し寄せ,医療現場はその対応に追われている。急性期病院では,1.4対1の人員配置にわずかな光はみられるものの,その実現のために周辺のシステムには新たな歪みが生まれている。患者が高齢化し,介護の医療化が進んだ地方では,今回の医療制度改革によって地域の医療保健福祉制度が根本から揺らいでいる観さえある。

 そんな厳しい医療現場で働く看護職に求められる業務は,複雑かつ多様でその密度も高まり,いつも時間に追われている。一方,患者が医療者に向ける目は厳しく,ちょっとしたミスも見逃さないと目を光らせている。そうした中では,患者との信頼関係はできにくく,どんどん悪循環になっている。

 24時間交代で常に患者のそばで医療サービスを提供する看護職は,かつてないほどのストレスにさらされている。その結果,バーンアウトしてしまう看護職や自分自身を守るために離職を選択する看護職も後を絶たない(この1年間でいったい何人の退職希望のスタッフと面接をしたことだろう)。

個人レベルの対処から組織的支援へ

 一方,働く人をとりまく厳しい現状は,看護職だけの問題ではない。1998年に自殺者が3万人を超えて以来社会問題化したメンタルヘルス不全者の急増に対して,国レベルの体系的な取り組みがなされている。

 筆者は,高齢化が進み,全国一(人口比)の病床数を持つ高知県の急性期病院において看護管理者として働きながら,産業カウンセラーとして,厚生労働省委託の「メンタルヘルス指針推進の為のモデル事業」に関わってきた。メンタルヘルス指針において,特に重要な点は,セルフケア,ラインによるケアである(図)。

 これを看護職に置き換えて考えてみると,看護師一人ひとりのストレスへの気づきとストレスへの対処,そしてラインの看護管理者が,いつもと違うスタッフの様子に気づき,ケアすることといえよう。それと同時に,ラインの気づきをつなげていく仕組みをシステムとして持つことが重要となる。そうしたシステムを持っていない場合,労災認定の裁判において,安全配慮義務違反として敗訴の判例もある。一般企業では,躍起になってシステムの整備を始めている。

 しかし,身分自身の周りを見てみると,なかなか一般企業のようなシステム創りは難しい。皆さんの病院はどうだろうか? 設置母体が企業であったり,先駆的な試みをしている病院では,こうしたシステムの整備がなされているところもあるだろう。しかし,それらはまだまだ少数派であり,多くは医療従事者ゆえに「健康管理やストレスマネジメントは自己管理すべきもの」という考えの病院が一般的ではないだろうか。

 筆者は,長く健診機関で保健師として,働く人の健康づくりに関わった経験やモデル事業で得た一般企業での視点を,新たな現場である急性期の病院での看護管理に活かすよう努めてきた。その中で出会った看護師たちは,過酷なまでの労働条件の中でも健気なまでにがんばり続けていた。しかし,忙しすぎる医療現場の中で,看護師としての仕事に様々な夢や希望を持ち,働いている頑張る看護師ほど,最後は疲れ果てて辞めていってしまう。真面目でストレスマネジメントの下手な看護師ほど,疲弊してしまっている。

 そろそろこうした問題に個人レベルで対処することを求めることは限界ではないだろうか。一般企業の取り組みから学んで,組織側からの支援体制ができないものだろうか。

 一方,同じ組織(病院)内でも部署により,離職者が多いところやストレス関連疾患の多いところとそうでないところがある。その違いはどこから生まれるのか? 仕事の質や量,人間関係,そして管理職の姿勢やその人自身の個人的要因が複雑に絡みあっている。そうした問題に関連する要因を明確にすることはできないだろうか?

 そんな思いが,現在の私の研究の源泉でもある。そして,その研究で得たものを,日頃の看護管理実践に活かしていきたい。少しでも看護職のメンタルヘルス対策に活かしたいと考えている。それが,保健師,看護管理者としての実践と研究者としての立場を行きつ戻りつしている自分自身の役割だとも思っている。

ストレスマネジメントに正解はない

 ストレスマネジメントに関するHow to本は数多い。それだけ,現場のニーズも高いのだろう。筆者も看護師や医療従事者を対象としたストレスマネジメントやメンタルヘルス対策に関する講義をする機会も多いが,最後に質問されるのは必ずといってよいほど「こんな事例で困ったんですが,答えを教えてください」という内容である。

 しかし,残念ながらストレスマネジメントに正解はない。それぞれの事例の抱える背景や構造的な問題を視野にいれつつ,それらの要因を整理し,次に出会う事例に活かしながら経験を積み,さらに整理する枠組みを明確にしていくことが重要だと思っている。その整理する視点を与えてくれるのが理論であり,過去の研究成果ともいえる。

 この連載を通して,ちょっととっつきにくい理論や過去の研究を紐解きながら,臨床現場における身近な困った事例を整理するお手伝いができればと願っている。

次回につづく


久保田聰美氏
高知女子大家政学部看護学科卒。虎ノ門病院看護師,高知県総合保健協会保健師を経て,2003年より近森病院へ。心臓血管外科外来,消化器内科病棟看護師長,外来統括看護師長を務める。今年度より休職し,高知女子大大学院健康生活科学研究科博士課程(後期)にて研究に専念。理論と実践の融合をめざす。