看護研究 2009年08月号(42巻04号) 研究ノート


研究活動に不可欠となる基盤

『看護における理論構築の方法』
『フォーセット看護理論の分析と評価』の活用


江本 リナ ・ 川名 るり  日本赤十字看護大学准教授



◆はじめに

 筆者らが,Walker & Avant(2005/中木・川崎訳,2008)の『Strategies for Theory Constructionin Nursing』( 『看護における理論構築の方法』 )およびFawcett(1993/太田・筒井監訳,2008)の『Analysis and Evaluation of Nursing Theories』( 『看護理論の分析と評価』 )をはじめて手にしたのは,大学院で学んでいたときのことだった。「理論を理解するためのバイブル」とも呼ばれていたこれらの書は,実は,修士課程にいた頃には,なんだか難解で,何に役立つのかもよくわからず,ただ手にとって「見た」だけで終わってしまっていた。ところが,博士課程で研究活動をはじめるとき,まず研究テーマを吟味する最初の段階から,これらの書無くしては研究をはじめられなくなってしまったのである。「自分が取り上げようとした現象はどういう概念で説明できるのか?」「この理論や概念にはどんな基盤があるのか?」「本当に研究に取り入れられるもの?」などなどの疑問を解決して研究を進めていくためには,概念分析や理論分析が必須であった。また,自分の研究は理論開発をめざすものなのか,理論検証をするものなのかなど,研究の位置づけを明確にするためにも,これらの書から学ぶ必要があった。

 しかし,博士課程で学ぶことを待たずとも,研究を手がける修士課程から,概念や理論を十分に吟味することは重要なのではないかと考える。欧米の看護系大学院においては,これらの書はまさに必須テキストとなっており,研究活動を進めていく上での基礎を示してくれるものとなっている。そこで本稿では,これら2つの書をもとに,研究活動(特に大学院生などの研究初学者)にどのように役立てることができるのかを述べたい。


◆看護研究に取り組むとはどういうことなのだろう?

 私たち研究者や臨床家らは,何のために看護研究に取り組んでいるのだろうか。そして看護研究は,心理学,社会学,教育学,経済学などといった他領域の研究と,はたして何が違うのだろうか。心理学の研究者が病んでいる人間の心を明らかにしたり,経済学者が医療経済をマクロな視点から分析したりすることもあるが,それは,私たち看護者も取り上げるような課題でもある。

 そもそも看護研究とは何だろうか?

 少なくとも明らかであることは,看護研究によって導き出される事象は,ケアを受ける人々に還元されるものであり,ケアをよりよくすることをめざしているということではないだろうか。看護研究は,病んでいる人の心を明らかにするだけで終わるのではなく,そのような心がわかることでケアが変わるのだということを示すように,看護になんらかの示唆を与えるものであり,看護への提言を探究しようとするものであると考える。

 つまり,さまざまな学術領域で同じような事象に注目するとき,そのなかで看護研究は何を取り扱うのか,それにより看護がめざすものは何なのかを,明確に示すことが必要となるということである。そのためにも,看護研究が看護独自のものとなることが求められている。それを明瞭に伝えるものとして,看護を説明する概念や理論が重要となってくるのである。


◆臨床でみられる現象を捉えるには

 概念や理論が私たちに与えてくれるものは,臨床で起きている現象をどのように捉え,どのように表わすことができるのかという問いに,答えてくれるものであると考える。

 訳出されたFawcettの書のなかで,Fawcettは,概念を「ある現象についての心的イメージを表現する言葉,もしくは言葉のグループ」(p.46)と説明し,私たちが臨床で捉えた事柄や,臨床で行なっている事柄のありようを,言葉で表わすことが可能であることを示している。例えば,「手術前に,これから起こる出来事を患者に丁寧に話すことを何と表現したらよいのだろう?」と思ったとき,「説明」という概念で表わすことができるかもしれない。しかし,子どもと大人への説明方法は異なるため,「説明」とは何かを言葉で表現したとしても,それは誰にでも通用するものにはならないかもしれない。では,子どもへの「説明」と大人への「説明」は異なった概念ということになるのだろうか?─このようなことが吟味されていく形で現象を表現しているものが,「概念」である。

 またWalker & Avantの書では,「理論開発とは実践の本質において鍵となる考えKey ideasを明らかにし,表現する方法を提供することである」(p.4)と述べられており,臨床でのケアの本質を探究するために,理論構築というプロセスの必要性が主張されている。さらに,理論は「実践のための広範な枠組みとして役立つ」(p.5)もので,看護の「最終目標の核となる価値を明示」(p.5)するものであると述べられているように,理論は,看護の本質を表わす重要な役割をもっていることがわかる。

 つまり概念や理論構築は,まだ十分に説明できない現象を,1つひとつ吟味し説明するための1つの手がかりとなる。


◆言葉を吟味することの大切さ

 ある現象を説明しようと試みるとき,その現象をイメージ化させた概念を用いようとすることは,上述したとおりである。しかし,その概念がどのような意味合いをもっているのか,またその概念で現象を表わすことが本当にできるのかは,吟味する必要がある。なぜなら,理論の構成要素でもある概念の背景には,哲学的背景,世界観,他の学問領域の知識が基盤にあるからである。

 Fawcettの書に紹介されているレイニンガーとワトソンの理論を例にあげてみよう。どちらも,ケアリングという概念が主要概念として取り上げられている。しかし,社会・言語・文化のなかにある世界観をもつ「ケアリング」(レイニンガー)と,精神性,魂,内的な力,超越といった意味合いをもつ「トランスパーソナルケアリング」(ワトソン)とでは,現象の捉え方が異なる。このように,概念がどのような意味をもち,またどのように使われているのかを,吟味する必要がある。

 そこで,気になっている現象を表わす概念を明確にする手段の1つに,概念分析という方法がある。Walker & Avantは,概念分析について,「概念の構造と機能を調べ」(p.89),「概念の基礎となる要素を調べる過程」(p.90)であると述べている。

 筆者(江本)も研究活動において,概念分析を行なった経験がある。学童が頻繁に受ける採血に臨む心構えはどのようなものなのか? そしてその心構えを支えるものは何か? を探ることをテーマとして,研究を行なった(江本,2002)。この研究は,採血を受ける学童の心構えとして,「採血を受けるために自ら協力した行動(例えば椅子に座る,腕を出すといった行動)をとることができる」という学童の思いも含め,そういった子どもの力を発揮させる看護は何かという研究疑問が発端となった。まず「自らできる」という思いを「self-efficacy」という概念で表わせるかどうかを吟味する必要があった。「self-efficacy」は認知心理学で発展した概念であったが,看護の領域で,しかも子どもに適用が可能であるかどうかを検討するため,Walker & Avantの概念分析プロセスを参考に,self-efficacyという概念の分析を行なった(江本,2000)。そして概念分析により,理論的背景やself-efficacyの構成要素をもとに,出来事の達成感が学童のself-efficacyを強めたり,仲間の体験を聞くことや周囲からの励ましも,学童のself-efficacyを強めることが明らかとなった。このように概念を再吟味することで,学童の心構えを根拠ある言葉で表わすことが可能となった。

 概念分析の作業は時間と労力を要するため,修士課程では十分に吟味できない場合もあるだろう。しかし,たとえ概念分析に至らなかったとしても,自分の研究の主要となる考えやキーワードを言葉で表現する前に,その言葉が示す範囲や意味を吟味することを心がけたいものである。


◆理論を吟味することの大切さ

 既存の理論を看護研究や臨床に役立たせようとする前に,理論を吟味する必要がある。そのために「理論分析」という方法がある。

 本稿で取り上げているWalker & Avant,Fawcettどちらの書のなかでも,理論分析と評価について紹介されている。どちらも,理論を分析し評価することで,ある理論がどのような構造になっているのか,どのような要素で成り立っているのか,理論によって何が明確にされるのか,などを理解するのに役立ち,その理論の応用範囲を示してくれるものであると,それぞれ説明されている。Fawcettによると,理論の分析と評価はその目的が異なる。理論分析は,理論の構造を詳細に分析することであるが,一方,理論の評価は,その理論の重要性・内的一貫性・簡潔性・検証性・経験的適切性・実践的適切性を判断することであるとされている(pp.41-57)。

 では,理論の分析と評価はどのように役立つのだろうか。

 臨床ではどうであろう。ある理論について分析・評価を行なった場合,その理論が,人・環境・健康・看護をどのようなものとして捉えているのか,そしてそれらはどのような関係にあり,その理論がめざす看護はどのようなものなのか,などといった側面から,理論を理解することができる。理論を理解することができれば,臨床で起きている現象を,経験やカンで理解するのではなく,その理論を用いることで,根拠のある枠組みで捉えていくことができる。また理論がめざす看護の実現化に向けて,実際にケアを変えていくことも可能となる。

 では看護研究を進めていく場合はどうだろう。

 まず,研究の重要な概念を説明する枠組みとして,理論を用いる場合がある。理論は,どのような物の見方で現象を捉えようとするのかという,研究に向き合う自分の立ち位置ともなる哲学的基盤(理論的前提)を示すものである。さらに,その現象に迫るためのアプローチの仕方を示すものでもある。例えば,リンゴを「物体である」と捉えるのか,「実体のないもの」として捉えるのかでは物の見方が異なり,それぞれへのアプローチの仕方も異なってくる。それらを導くものが理論である。ゆえに,研究を成り立たせるには,理論が不可欠である。だからこそ,理論がどのようなものであるかを吟味する必要がある。

 例えば,筆者(川名)は,看護の「技」は臨床でどのように伝達されるのだろうかということに関心をもっていた。これまで,臨床における看護の「技」の伝達過程は,十分に説明されている現象ではなかった。そこで,看護の「技」の伝達過程を博士論文のテーマに,研究を行なった(平井,2000)。この研究では,理論的前提(分析的視座)として「Legitimate Peripheral Participation」(レイヴとウェンガーによる正統的周辺参加論。以下,LPP)論をおいたのだが,研究計画書作成以前の段階で,Fawcettの理論の見方を参考にして,既知の教育論,学習論,熟練論といった関連理論をも十分に吟味することからはじめている。そして,LPP論を分析的視座とするには,これまでの看護領域における実践の見方とは異なる「社会的実践」という見方で,看護実践を見ることが前提となるということがわかった。そこで,アプローチとしてエスノグラフィーを用い,現象を追求することにしたのである(川名,2009)。

 理論の分析には膨大な時間を要するが,理論を丁寧に吟味し,現象の捉え方(立ち位置)とアプローチが合致するとき,その研究は光り輝くことであろう!


◆おわりに

 Walker & AvantおよびFawcettの2つの書は,研究基盤となる概念や理論の理解を助け,それらを吟味する重要性を痛感させるものである。自分自身の研究過程において,言葉に敏感になる必要性や,1つひとつの概念とその関連性を明確にすることなどに役立てられるのはもちろんのこと,既存の研究を再吟味する際の視点も提供してくれるであろう。またFawcettの書には「文献解題」として,文献の概要や,理論家自身による解説などが掲載されており,理論の理解をより深めると同時に理論への関心を一層ひくものとなっていることが魅力である。

 これらの書を参考に研究活動が推進され,看護研究の発展と看護の質向上が実現されることを願ってやまない。




■引用文献
江本リナ(2000).自己効力感の概念分析.日本看護科学学会誌,20(2),39-45.
江本リナ(2002).注射及び採血を受ける学童の自己効力感─不安,達成感及び学童が捉えた医療者の関わりとの関係.日本赤十字看護大学大学院看護学研究科2001年度博士(看護学)論文.
Fawcett, J.(1993)/太田喜久子・筒井真優美監訳(2008).フォーセット 看護理論の分析と評価 新訂版.医学書院.
平井るり(2005).小児病棟における乳幼児を対象とした技術の社会的学習過程─間身体性スキルに焦点を当てて.日本赤十字看護大学大学院看護学研究科2004年度博士(看護学)論文.
川名るり(2009).乳幼児との身体を通した熟練した技術の性質─小児病棟におけるエスノグラフィーから.日本看護科学学会誌,29(1),3-14.
Walker, L.O. & Avant, K.C.(2005)/中木高夫・川崎修一訳(2008).看護における理論構築の方法.医学書院.