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JIM 2011年12月号(21巻12号)

家庭医のクリニカル・パール
『ティアニー先生の臨床入門』を読んで

藤沼 康樹(医療福祉生協連 家庭医療学開発センター)


 僕も医師経験28年となった.それゆえ「臨床入門」という題のついた本を改めて読むというのは,ちょっと気恥ずかしいものがあったが,以前から気になっていたティアニー先生の本を購入し,読み始めたところ,えらくおもしろくて,一気に読了しまった.たとえば,ティアニー先生が診断を考える時にどのような枠組みで考えているかなど,多くの発見があったし,取り上げられたケースが比較的リウマチ・膠原病疾患が多いものの,自分にとっては普段あまり接しない疾患群でもあったので,非常に勉強になった.そして,家庭医歴18年になった自分の臨床推論能力もそれほど衰えていないのではないかと,ちょっと安心したりもした.経験を重ねてくると,ついつい自分の弱点に直面したくないものであるが,しかし,そうした自分自身への振り返りが生涯学習のキーだということは確かではある.こうしたすばらしい本は,おそらくこれから医師になる医学生や,熱心な研修医は必ず目を通しているものである.そうした若者に接する機会がある現役ベテラン家庭医にもぜひ一読をすすめたい.

 この本でとくに印象に残ったのは,クリニカル・パール(臨床における先達の格言のようなもの)を重要な医学教育,学習の方法としてティアニー先生が大変重視していることだった.たとえば,「脳卒中と思われる患者では50%のブドウ糖液を50ml静脈投与するまで脳卒中と診断できない」とか,「50歳以上の患者で多発性硬化症を診断したら,真の診断は他にある」といった具合である.こうした非常に含蓄のあるパールの背景には,膨大なリサーチエビデンスと卓越した臨床家の経験があるので,単なるコツとかマニュアル的に覚えるものでもないということも重要であろう.よく味わい,背景となるべき知識を学ぶトリガーにしたいものである.ちなみに,この本に紹介されていたパールは,自分自身もそのように認識していたものが多かったので,読みながらちょっとうれしかったりもした.そして,ティアニー先生のクリニカル・パールを集めた本も最近刊行され,読むのが楽しみである.

 さて,家庭医としての自分のもっているクリニカル・パールはどんなものだろうとちょっと考えてみた.実は,僕が運営している家庭医療後期専門研修で定期的に実施しているクリニカル・ジャズという事例検討のセッションで,参加者全員で共有していくプロダクトとして生み出しているのが,クリニカル・パールである.心理社会的な問題のからんだパールが多いのがその特徴である.僕が好きなパールというのはいくつかあるが,2つを紹介したい.

 「ライフヒストリーを聞くことは,マイナートランキライザーよりも効果がある.」

 さまざまな理由で,家庭医が向精神薬を投与しようかな?と思ったら,その前にその人がどういう人生を送ってきたかを聞いてみなさい,というようなことである.これは病棟でも外来でも通用する.これが劇的に困難な状況を切り開くことにつながる場合がある.

 「初老の独身男性で母親と二人暮らしの場合は母親に注目せよ.」

 家族ライフサイクル上の問題が多くあるということである.母親としての役割と高齢者としての人生の課題への適応の間の矛盾が,病いを生み出しやすいということである.

 ティアニー先生のすばらしい本を読んで,家庭医らしいパールを家庭医療の実践のなかで生み出し,発信していくことはとても重要であるし,また若い家庭医の教育方略としても有効なものだということ再確認したのである.

文献1)ローレンス・ティアニー,松村正巳:ティアニー先生の臨床入門.医学書院,2010.