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≪シリーズ ケアをひらく≫
べてるの家の「非」援助論
そのままでいいと思えるための25章

浦河べてるの家


「自分で自分に融資の決済」
 ──べてるどりーむばんく頭取・大崎洋人物語

 外来患者の途切れた精神科の待合室の長椅子には、腹ばいになってタバコを吸い、ときおり意味不明の大声を張り上げる男の姿がいつもあった。入院中の大崎洋人さんだ。

 彼は、回復者クラブ〈どんぐりの会〉の主要メンバーだった。車の運転ができるため、遠出の際にはメンバーの足としても活躍していた。

 元銀行員だったが、精神分裂病を発病して職場を辞めて以来、さまざまな職業を転々としながら再発を繰り返し、十数年の長期入院となっていた。

●大崎さんを復活させよう!

 彼にとって最大の安心は「退院しないこと」だった。退院の二文字を聞くと彼はこころを閉ざし、了解不能の世界にこもってしまう。そこには、回復者クラブの有力メンバーだったころのかつての面影はなかった。

 どこからとなく、往年の彼の活躍を知る人たちから「大崎さんを復活させよう!」という声が上がりはじめた。

 「大崎さん応援団」として結成された特別チームは、主治医と看護婦、ソーシャルワーカー、べてるの家のメンバーから構成された。応援団の作業は、まずいまの大崎さんを知ろうということからはじめられた。

 あらためてかつての彼の活躍ぶりを語り合い、同時に現在の彼自身の絶望感、喪失感に思いを寄せた。そして最初のアプローチとして、「ガス抜き」と称して、最低でも週一回以上大崎さんから話を聞くことからはじめた。

 当時、そうしたこととは別の流れで「べてるに銀行をつくろう」という構想が急浮上していた。「ロサンゼルスの当事者の活動組織〈ビレッジ〉には銀行があるそうだ」──そんな情報を耳にして、べてるのメンバーは大いに乗り気になった。なにしろかれらがいちばん苦労しているのが、生活費のつなぎ資金であったり、運転免許をとるための費用であったり、旅行費用の用立てであったから。

●大崎さん、力を貸してください

 「べてるにも銀行がほしい」という思いがみんなに広がっていった。やがてそれは、どんな銀行にしたいか、誰を頭取にするかという議論に発展していった。その話し合いのなかから、元銀行マンの大崎洋人さんを推薦する声が上がってきたのだった。

 絶不調で入院中の大崎さんのもとに伝令が飛んだ。

 「大崎さん。相談ですが、ぜひ力を貸してほしいことがあります。今べてるでは〝銀行〟をつくりたいと考えています。ついては、その銀行の頭取に就任してもらえないでしょうか。これはみんなの総意です」

 「ええ? このぼくが……」

 「そうです。元銀行マンの大崎さんにお願いしたいんです」

 「そうですか……。よろしいです。では頭取になりましょう」

 ゆっくりとした口調で頭取に就任を承諾した大崎さんの顔は、いままで見たことがないような晴れやかさだった。

 さっそくみんなで銀行の名前と理念の検討に入った。名前は、多くの候補のなかから、松本寛さんから提案のあった〈どりーむばんく〉に決まった。

 そして、「みんなから出資してもらった資金をベースに無利息でお金を貸す」という前代未聞の銀行の具体的な理念は、次のようになった。

 《お金も貸します。苦労も貸します》──お金も大切だけど、苦労も大切。だから苦労も貸してあげよう。

 《鈍足対応》──融資には理事が集まり話し合うが、理事も病気をかかえながらの仕事だから大変だ。

 《優柔不断》──話し合ってもなかなか融資は決まらない。借りたい人も粘りが必要。

 《信用絶無》──借りるほうも貸すほうもお互い信用はない。あるのは病気という担保のみ。

●私が頭取の大崎でございます

 その年の春に開かれた毎年恒例のべてるの家の総会では、どりーむばんくの創設が決議された。挨拶に立ったのは、頭取に就任した大崎洋人さんだ。

 「みなさん、私がこのたび、どりーむばんくの頭取に就任いたしました大崎でございます。道内でも銀行が相次いで倒産しています。そのなかで、べてるが銀行をつくるということはたいへん意義深いことだと思います。かつて銀行で働いた経験を活かし、みなさま方に喜んでいただける銀行、愛される銀行をめざしたいと思います」

 大崎さんは、この日のために格調高い挨拶原稿を書き、読み上げた。そして頭取就任のお祝いに、出資者から営業用のカバンとネクタイがプレゼントされた。

 大崎さんは、いまや全国各地を、講演を兼ねた「営業」に走り回るようになった。退院のことも少し考えられるようになってきた。

 最近の口癖は、「入院しているとぐあいが悪くなる」「忙しいほうがいい」だ。しかも頭取自身が最近金欠病で、バンクの有力な利用者となり、みずからの融資にみずから決済をするという、ますますの「繁盛」ぶりだ。

(本文p.72-76より抜粋)