双極性障害 第3版
病態の理解から治療戦略まで

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双極性障害の決定版入門書、待望の改訂第3版。概念の歴史から疫学、症状、診断、治療、治療薬の薬理、ゲノム研究、病態仮説の現状まで、臨床・基礎のあらゆる情報を網羅している。圧倒的な情報量ながら、随所に症例を交えた内容は読みやすく、理解がしやすい。この1冊で双極性障害の全体像を把握することができるだろう。
加藤 忠史
発行 2019年06月判型:A5頁:440
ISBN 978-4-260-03917-8
定価 5,500円 (本体5,000円+税)
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    2021.06.07

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第3版の序

 第2版の出版から,はや8年が経過した.
 この間にラモトリギン,アリピプラゾール,クエチアピンの双極性障害に対する適応拡大が行われ,治療の選択肢が増えた.
 2011年には日本うつ病学会による『双極性障害の治療ガイドライン』が発行され,日本における双極性障害治療の均てん化が図られた.8年前には,過少診断が懸念されていたが,今では双極II型障害の過剰診断が懸念されるほどの状況となっている.
 この間に最も進んだのは,おそらく病態研究であろう.日本でも約3,000名でのゲノムワイド関連研究が行われ,新たな候補遺伝子が見出されるなど,大きな進歩があった.
 そして,第2版の折には,「双極性障害」という名前が定着してきた,と書いたが,今度はまもなく発行される予定のICD-11から,bipolar disorderの日本語訳が「双極症」と変更される見通しとなり,病名も次のステージに進もうとしている.
 このように,双極性障害を巡る状況はめまぐるしく変化し,その情報量も膨大であり,全分野に対し,最新情報を正確に伝えることが一人の人間に可能なのか,そして自分が果たしてそれにふさわしいのか,と自問自答しながら本書を改訂した次第である.
 そんな訳で,双極性障害に関する膨大な文献すべてを網羅できたとは言えないが,双極性障害について筆者が理解している内容をコンパクトにまとめ,双極性障害の概観をつかめる本ということであれば,本書の意義もあるかも知れないと考え,何とか改訂を終えた次第である.
 本書を入り口として,さらなる臨床経験,研究経験,文献の渉猟などを通して,双極性障害の理解を深めていただければと思う.

 2019年5月
 加藤忠史

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第1章 歴史
 A 症状の記載
 B 疾患としての記載
 C 反精神医学
 D 非定型精神病概念の流れ
 E DSM−III
 F 双極II型障害の登場
 G 双極スペクトラム概念の登場
 H DSM−IV
 I 特定不能の双極性障害
 J DSM−5
 K RDoC
 L ICD−11
 M 病名

第2章 疫学と社会的影響
 A 疫学
 B 社会的影響
 C 生命予後
 D 双極性障害と犯罪
 E 双極性障害と創造性

第3章 症状・経過
 A はじめに
 B 躁状態(manic state)
 C うつ状態(depressive state)
 D 混合状態(mixed state)
 E 軽躁状態(hypomanic state)
 F 躁転・うつ転
 G 精神病症状(psychotic symptoms)
 H 緊張病症状(catatonic symptoms)
 I 急速交代型(rapid cycling)
 J 人格変化,閾値下気分症状
 K 認知機能障害(cognitive dysfunction)
 L 衝動性
 M 病前性格・気質
 N 不安症との併発
 O 発達障害との併発
 P 経過

第4章 診断
 A 診断基準
 B 診断の実際

第5章 治療戦略
 A 総論─エビデンスに基づいた治療を目指すために
 B 躁状態の治療
 C うつ状態の治療
 D 修正型電気けいれん療法(mECT)
 E その他の身体療法
 F 自殺予防
 G 維持療法─双極I型障害
 H 心理社会的治療
 I 双極II型障害の治療
 J 急速交代型の治療
 K 新薬,サプリメント,あるいは食事療法
 L 妊娠・出産
 M 双極性障害ハイリスク者

第6章 治療薬とその薬理
 A 気分安定薬とは何か
 B 非定型抗精神病薬とは何か
 C NbN
 D リチウム(lithium)
 E バルプロ酸(valproic acid)
 F カルバマゼピン(carbamazepine)
 G ラモトリギン(lamotrigine)
 H クエチアピン(quetiapine)
 I オランザピン(olanzapine)
 J アリピプラゾール(aripiprazole)
 K ゾテピン(zotepine)
 L リスペリドン(risperidone)
 M その他
 N ベンゾジアゼピン
 O 抗うつ薬
 P 薬理遺伝学

第7章 環境因

第8章 ゲノム研究
 A 遺伝の関与
 B 連鎖解析
 C 候補遺伝子の関連解析
 D 候補遺伝子の関連解析はなぜ一致しないのか(G72を一例として)
 E 関連研究における再現性の欠如
 F エンドフェノタイプ
 G DNAマイクロアレイによる候補遺伝子探索
 H 統合失調症との接点
 I ゲノムワイド関連研究
 J コピー数変異
 K メンデル型遺伝病の変異
 L 染色体異常
 M 全エクソーム/全ゲノム解析による双極性障害と連鎖する変異の探索
 N デノボ点変異
 O 体細胞変異
 P 遺伝的構造

第9章 脳研究
 A 形態
 B 生化学
 C 機能
 D ゲノム・エピゲノム

第10章 患者由来細胞を用いた研究
 A はじめに
 B 血液由来細胞
 C 培養リンパ芽球
 D 線維芽細胞
 E 嗅上皮
 F iPS細胞

第11章 バイオマーカー研究
 A はじめに
 B モノアミン
 C デキサメタゾン抑制試験
 D カルシウム
 E BDNF
 F 培養リンパ芽球の遺伝子発現
 G 酸化ストレスマーカー
 H 免疫学的マーカー
 I メタボローム解析

第12章 病態仮説
 A はじめに
 B 薬理学研究に基づく仮説
 C 生物リズム仮説
 D 小胞体ストレス反応障害仮説
 E ミトコンドリア機能障害仮説

文献

おわりに
索引

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豊富な経験と知見に基づく圧倒的な説得力を持った一冊
書評者: 渡邊 衡一郎 (杏林大教授・精神神経科学)
 本書は,現時点における双極性障害のまさに全てが詰まっている,と言っても過言ではない。双極性障害の歴史に始まり,疾患の概要,診断や治療戦略の立て方,さらには最新の生物学的知見による種々の病態仮説に至るまで幅広く網羅されており,引用文献だけでも813篇にのぼる。この著者の豊富な経験とこの膨大な知見に基づいた本書は,圧倒的な説得力を持っているといえよう。

 評者がまず驚いたのは,本書の礎となる初版は1999年に発表されているのだが,これは著者が医歴11年目にして執筆したということである。当時は,まだ双極性障害に対する理解も不十分であった中,医歴11年目にしてこのような成書を完成させたことに驚きを隠せない。このことからも,著者が双極性障害研究の第一人者であることは間違いない。

 初版の発表から20年,双極性障害についてはさまざまな議論がなされ,かつて無い程に注目を集めてはいるものの,現状としては未だ定説となるものが少ない。そんな状況の中出版されたこの第3版は,異なる説が存在する場合は両論を併記し,さまざまな病態の記載に続いて症例を提示するということで,発展途上ともいえるこの疾患の“今”を非常にうまく表現している。一般的な成書は,「この疾患の症状はこのようなものである」,という記載で構成されていることが多いが,字面だけでは精神科の専門医でさえも実臨床でのイメージが湧きにくいことがある。しかし本書では,疾患ごとの症状に加えて症例をみることでその病態をより深く,またどのように経過していくかをより具体的に知ることができる。さらに,混沌としているエビデンスに関しては,著者の丁寧な解説が入り,どのようにエビデンスを読み解くべきか,理解を深めることが可能となっている。

 双極性障害における名著としては,洋書ではあるが2007年に出版されたGoodwinとJamisonによる“Manic-Depressive Illness:Bipolar Disorders and Recurrent Depression”が一般的に有名であるが,本書はもはやそれを上回る名著といってもよいのではなかろうか。

 この分野の研究や治療は日進月歩である。数年後さらなる進化を遂げるであろう第4版を期待せずにはいられない。いずれにせよ,本書は双極性障害治療に携わる医療者の必携の一書である。読み応えのある一冊であるが,これまでの経験や知識の再確認ができると共に,新たな視点を得られるかもしれない。ぜひ臨床や研究の傍らに置き活用していただきたい。
本物の科学的臨床研究家による双極性障害という地図
書評者: 髙橋 三郎 (滋賀医大名誉教授)
 双極性障害とは臨床家にとっては単に一つの症状が上がり下がりするもの,つまり心的エネルギーの不安定さの表れだというが,これほどあやふやな説明概念はない。そして,その単純さゆえに多数の研究者が取り上げないか,取り上げても前進できず,末梢の臨床技術の小さな改良に終わってしまう。まず,加藤忠史氏がそれに正面から挑んだ勇気をたたえたい。

 東大精神科での1年間の初期研修を終えて,1989年に自ら進んで私の主宰する滋賀医大精神科に加藤氏はやって来た。2020年4月にはこれまでの実績が高く評価されて,順大精神科の主任教授に着任したばかりである。

 このような彼の前向きな取り組みは次々に幸運をもたらして彼の経歴を飾ることとなった。まず,1995-6年には,米アイオワ大精神科に留学し,双極性障害研究の第一人者である故George Winokur教授の薫陶を受けた。Winokur教授はIOWA 500プロジェクトでも世界的に知られ,精神疾患の科学的臨床研究の推進者でもありJournal of Affective Disorders誌を創刊してEditor-in-Chiefとして活躍された方である。たまたま私はこの方と知己があり加藤氏をアイオワへ文部省在外研究員として送り出し,そこで双極性障害研究の基本をよく勉強してきた。次いで2001年には自ら進んで理化学研究所精神疾患動態研究チームリーダーに転出して,双極性障害の研究を生涯のテーマとして取り組んだ。またスタンレー財団より研究費とこの疾患の死後脳の提供も受けた。このように地球規模で臨床研究を展開できた人はわが国では数少ない。だが,双極性障害という単純そうに見えて得体の知れない怪物は彼のような前向きな研究者が30年取り組んでもほんの少ししか見えてこなかったというのが実情であろう。文献には813にも上る論文が引用されているが,そのうち加藤氏の英文主著共著32編,和文17編が見いだされる。それらは一人の研究者の苦闘の歴史でもある。

 目次はまず,歴史・疫学・社会的影響に始まり,次に症状・経過と第4章の診断の実際(p.76)では彼が一人の精神科医として,受け持ち患者を診断し治療に専念したときの臨床経験を基に,経験した症例の要約を示しながら丁寧に記述される。私には,彼が当時受け持ちだった双極性障害の人をDSM-5に基づいて診断し退院後も外来で精神療法や家族面談をしていた姿がよみがえってくる。わが国の各地で活躍されている精神病理学専門の臨床家とは掘り下げ方が異なるだろうが,治療薬の使い分けや双極I型と双極II型の治療的異質性がよく説明されており,特に第5章治療戦略と第6章治療薬とその薬理は大多数の精神科医にとっては誠に良い指南書となるだろう。この本は,理化学研究所という経歴から見れば研究論文の集大成と見られがちだが,そうではない。例えば,自殺・暴力の評価(p.96),抗うつ薬服用中の躁転(p.97),小児思春期の双極性障害(p.97),双極性障害発症年齢の国際比較(p.98)など。しかし,もちろん,こうした治療の在り方についても,この本の基本テーマは第5章(p.121)に述べられたように,「我々は可能な限りevidence-based psychiatryを目指さなければならない」である。

 後半の約100ページは一転して,双極性障害発症の科学的根拠となる研究が述べられる。第8章ゲノム研究(p.253),第9章脳研究(p.281),第10章患者由来細胞を用いた研究,第11章バイオマーカー研究(p.311)へと続く。彼は1989年から臨床研究を手掛けてわが国における第一人者となったが,当時私は厚生省のうつ病研究班を任されており,ゲノム研究初期の連鎖解析が始まった時期だった。この本の文献中には,研究を通して私が知己を得た,Dunner,Akiskal,Coryell,Altamura,Andreasen,Robinsonなどの名前も認められ懐かしい。

 彼の双極性障害の研究の進め方で思い出すのは,幕末に日本全国を歩いて自分の足で確かめて日本地図を完成した伊能忠敬のことである。わが国では彼のような本物の科学的臨床研修の研究者を待ち望んでいたが,双極性障害を地図に例えれば,自分の手で確かめ自分の目で捉えた30年の成果をこの本にまとめた報告書ということができよう。締めくくりは第12章の病態仮説(p.335)であるが,加藤氏が一生のテーマとした双極性障害のミトコンドリア機能障害仮説が最後に置かれており,この仮説はどれだけ証明されただろうか。まず手始めに滋賀医大で犬伏俊郎教授の協力を得てMRIスペクトロスコピーに取り掛かり,理化学研究所では双極性障害の人の血小板細胞を用いた研究,死後脳サンプルでのmtDNA4977bp欠失,死後脳でのミトコンドリア関連核遺伝子低下と3243G変異,さらにPolgトランスジェニックマウス作成。しかし,「視床室傍核」を中心とする気分安定神経系仮説が最後の最後に置かれている。ほとんど研究専門の地位にあっても道はなお遠いのであろう。精神疾患の研究は臨床単位つまり行動表現型が,脳機能結合の異常からか,脳責任領域の異常からか,シナプス伝達異常からか,タンパク合成異常からか,遺伝子レベルによるものなのか,を意識して進めることが重要であると言われている。ミトコンドリア仮説,つまり分子レベルの研究と視床室傍核の機能障害(p.343)のつながりがどうなるのか興味あるところである。ぜひともこのことに答えを出してわれわれ読者を納得させてほしいが,著者は2000年の謎の解明がいよいよ射程内に入ったと楽観的である。

 本書の初版は1999年で201ページの小冊子だった。加藤氏が初版の序で述べているように「精神科の中で最もはっきりした病気で早く原因を明らかにすることができるだろうという見通しがあったが,実際に患者さんに接してみると,切実にこの病気だけは何とかしなければと思うようになった」と書いている。副題は「躁うつ病の分子病理と治療戦略」と題した野心的なものであった。第2版は2011年上梓で334ページと大きくなった。熱心な読者ならご存じだろうが,2009年にちくま新書から『双極性障害―躁うつ病への対処と治療』という啓蒙書も出版された。わが国のマスコミが取り上げるうつ病とは,心因論や家族関係論に基づくものであってわかりやすいが,言い換えれば底の浅いということである。加藤氏はこの風潮に一石を投じた。つまり彼の言うように「うつ病の新書はいくつもあるが,しかし,躁うつ病の現実を知らしめる本はなかった」。ここにも彼の推し進めるevidence-based psychiatryが見えていたのである。

 第3版の出版に当たって,研究面でも臨床でも豊かな経験のある滋賀医大精神科准教授藤井久彌子氏に査読をお願いしていただいたので,さらに読みやすくなったと謝辞が述べられている。このような協力がなされたことについては,かつてこの両氏を指導したものとして,喜びに堪えない。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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    2021.06.07