てんかん診療スキルアップ

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てんかん診療に対する苦手意識を克服したい精神科医に待望の1冊。精神科外来に訪れるてんかん患者にどのような発作がみられるのか、その発作を他の精神疾患とどう鑑別するか、また診断に必須である脳波判読、薬物療法の基礎など「これだけは知っておきたい」という診療のポイントを余すところなく収載する。また併発しやすい精神疾患、随伴して現れる精神症候も解説されており、てんかんの精神科的問題を理解したい医師も必読。 シリーズセットのご案内 ●≪精神科臨床エキスパート≫ シリーズセット III 本書を含む3巻のセットです。  セット定価:本体15,500円+税 ISBN978-4-260-02007-7 ご注文ページ
シリーズ 精神科臨床エキスパート
シリーズ編集 野村 総一郎 / 中村 純 / 青木 省三 / 朝田 隆 / 水野 雅文
編集 吉野 相英
発行 2014年05月判型:B5頁:248
ISBN 978-4-260-01958-3
定価 6,380円 (本体5,800円+税)

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 明日の精神医療を担う若手精神科医や後期研修医にとって,診療すべき対象はICD-10のFコードかDSM-5にリストアップされている病名がすべてです.したがって,どちらにも載っていないてんかんの診療に対する関心が低くなるのは必然かもしれません.しかしながら,実際問題として精神科医がてんかん学との関わりを断つことは不可能です.精神科外来には多種多様な「発作性エピソード」を主訴とする患者が訪れてきます.離人,健忘,遁走のエピソードを訴える患者では,解離症と診断する前にてんかん発作との鑑別が必須でしょう.鑑別のために神経内科を紹介する方法もあるでしょう.でも,その神経内科医は解離についても知識をもち合わせているのでしょうか.こうした精神医学と神経学の境界領域を誰が診療すればよいのでしょうか.てんかん学の知識も有する精神科医が重宝されるのにはこうした事情があるからです.非けいれん性の奇妙なエピソードを呈するてんかん発作に悩む患者が最初の受診先として精神科を選択することがいかに多いことか.そうした例は枚挙にいとまがありません.リエゾンで診察を依頼されたせん妄は非けいれん性発作重積かもしれません.治療抵抗性のパニック発作はてんかん発作かもしれないのです.たとえ,てんかん発作を直接診療することからは免れたとしても,精神症状を併発しているてんかん患者の診察を免れることはできません.てんかんはさまざまな精神障害を併発しやすく,そのなかにはてんかん特異的精神症候群と呼ぶべきものもあります.そのうえ,てんかんを併発しやすい精神障害も数多く存在することも認識しておかなくてはなりません.
 本書は「てんかんは神経疾患ではあるけれども,精神医学から切り離すことはできない」という視点に立ち,精神科医がもつべきてんかん診療技術のminimum requirementの提供を目指します.
 本書ではまず,発作性エピソードの診断を取り上げます.発作性エピソードとはいっても,けいれんを主訴に精神科を訪れる患者はまれでしょう.したがって,本書で扱う発作性エピソードは意識減損,健忘,異常行動が中核となります.とはいえ,それぞれの鑑別診断は多岐にわたりますので,鑑別についても最低限の知識が必要です.こうした観点から,第1章『精神科外来を初診するてんかん発作』と第2章『精神科領域における発作性エピソードの鑑別診断』を設けました.
 脳波も多くの精神科医が苦手とする領域のひとつですが,発作性エピソードの診断には欠かすことができません.第3章を読んでいただければ,脳波判読の基礎を身につけられるだけでなく,苦手意識も薄れるにちがいありません.
 てんかん患者のQOLに影響を与えるのはてんかん発作だけでありません.抗てんかん薬の副作用と併発精神障害もQOLを大きく損なわせます.したがって,発作を抑制することだけでなく,より副作用の少ない薬物治療を心がけること,併発精神症状を見極めることもきわめて重要となります.第4章では日常臨床で必要となる抗てんかん薬の実践的知識が十二分に身につくはずです.第5章ではてんかんを併発することの多い精神疾患として自閉スペクトラム症,ADHD,アルツハイマー病を取り上げています.さらに第6章では発作後精神病などのてんかんに特異的に併発するさまざまな精神症候群について詳述してあります.
 本書ではできるだけ多くの図表や症例を組み入れ,読者が発作を「体感」できるわかりやすい教科書に仕上がるよう心がけたつもりです.また,各章の執筆者はそれぞれの臨床経験に裏打ちされた知見を示してくれているはずです.そして,本書が精神科を訪れる「発作性エピソード」の診療の手引きとして活用されるだけでなく,てんかんも診療できる精神科医を志す研修医がひとりでも多く誕生することに期待したいと思います.最後に,この春に厚生労働省より告示された精神医療指針の「多様な精神疾患・患者像への医療の提供」には児童・思春期精神疾患,自殺対策などとならんで「てんかん」が加えられていることを付記しておきます.

 2014年3月
 編集 吉野相英

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第1章 精神科外来を初診するてんかん発作
 A.てんかん発作の基礎知識
  概要
    1.てんかん発作とは
    2.てんかん原性領域と発作症状出現域
  てんかん発作型分類
    1.1981年てんかん発作型分類
    2.2010年てんかん発作型分類(案)
  てんかん発作か否かの判別のポイント
  てんかん症候群ごとにみたてんかん発作
 B.夢様状態を含む“精神発作”
  分類
  局在
  各発作の詳細
    1.夢様状態
    2.恐怖発作
    3.その他の精神発作
  鑑別診断
  症例
 C.複雑部分発作
  概要
  分類
  鑑別
    1.単純部分発作と複雑部分発作の鑑別
    2.自動症を伴う欠神発作と複雑部分発作の鑑別
    3.てんかん以外の疾患による症状との鑑別
  各発作の詳細
    1.側頭葉てんかん
    2.前頭葉てんかん
  症例と解説
    1.症例1の解説
    2.症例2の解説
 D.非けいれん性てんかん重積状態
  分類
  各重積の詳細
    1.欠神発作重積
    2.late-onset de novo absence status epilepticus
    3.複雑部分発作重積
    4.単純部分発作重積
    5.subtle GCSE(generalized convulsive status epilepticus)
  鑑別診断
  症例

第2章 精神科領域における発作性エピソードの鑑別診断
 A.意識消失
  失神
    1.失神の定義
    2.失神をきたす主な原因
    3.診断のための問診・検査
    4.失神の予後
    5.てんかんとの鑑別
  日中の眠気(ナルコレプシーと睡眠時無呼吸症候群)
    1.日中の眠気
    2.眠気の詳細な情報,評価
    3.ナルコレプシー
    4.睡眠関連呼吸障害群
    5.てんかんとの鑑別
  解離性障害
    1.ヒステリーと解離性障害
    2.解離性障害と意識
    3.解離性昏迷(ヒステリー性昏迷)
    4.解離性障害の対応
 B.健忘
  一過性全健忘
  解離性健忘
 C.異常行動
  REM睡眠行動異常症
    1.REM睡眠行動異常症の総論,疫学,臨床症状
    2.診断基準
    3.鑑別診断
  心因性非てんかん性発作
  パニック発作

第3章 最低限知っておくべき脳波判読
  脳波の基礎知識
    1.そもそも脳波とは何か
    2.なぜ心電図を同時に記録するのか
    3.検査法としての長所と短所
    4.脳波が役に立つ病態は何か
    5.脳波を賦活させるのはなぜか
    6.脳波のルーチン記録法と目的指向的記録法
    7.脳波の判読とは何をすることか
    8.脳波像の区別と個々の波形の区別
    9.なぜ判読レポートを書くのか
  てんかん性脳波異常
    1.脳波異常とは何か
    2.てんかん性脳波異常とは何か
    3.発作間欠期のてんかん性突発波
    4.突発波が現れたらてんかんなのか
    5.突発波が現れなければてんかんではないのか
    6.発作時のてんかん性放電
  誤りやすいアーチファクト
    1.突発波と誤りやすいアーチファクト
    2.基礎波と誤りやすいアーチファクト
  脳波判読の練習法
    1.視覚的パターン認識の練習法
    2.言語化の練習法
    3.度胸の訓練法

第4章 てんかんの薬物治療
  治療導入における患者指導の原則
    1.医師-患者関係と服薬
    2.規則的な服薬を維持する対策
    3.発作の誘因
  抗てんかん薬の作用機序
    1.実験てんかんモデル
    2.神経細胞レベル
  従来型の抗てんかん薬
    1.フェノバルビタール
    2.プリミドン
    3.フェニトイン
    4.カルバマゼピン
    5.ベンゾジアゼピン系薬剤
    6.バルプロ酸
  新規抗てんかん薬
    1.ゾニサミド
    2.ガバペンチン
    3.トピラマート
    4.ラモトリギン
    5.レベチラセタム
  難治てんかん(治療抵抗性てんかん)への対応-外科治療を中心に
    1.難治てんかんとは何か
    2.難治てんかんの診断をめぐる問題点
    3.難治てんかんに対する外科治療
    4.難治てんかんのための包括医療
  妊娠,てんかん発作,および抗てんかん薬
    1.妊娠がてんかん発作に及ぼす影響
    2.妊娠がAEDに及ぼす影響
    3.発作が母体と胎児に及ぼす影響
    4.AEDと催奇形性
    5.胎児の発育,新生児仮死,児の神経発達障害
    6.出産時,産褥期,出産後の注意点
  抗てんかん薬は自殺を招くのか
    1.てんかんにおける自殺率
    2.てんかんにおける自殺とその要因
    3.てんかん性脳機能障害
    4.AED
    5.心因
    6.まとめ

第5章 てんかんを併発しやすい精神疾患
  自閉スペクトラム症
    1.自閉症概念の変遷
    2.自閉スペクトラム症のてんかん有病率
    3.自閉スペクトラム症のてんかん発症年齢
    4.結節性硬化症
    5.自閉スペクトラム症と関連するてんかん症候群
    6.自閉症児のてんかん診療
    7.まとめ
  注意欠如・多動症(ADHD)
    1.ADHD概念の変遷
    2.ADHDのてんかん有病率
    3.ADHD併発てんかんの治療
    4.ADHD治療薬をめぐる問題
    5.まとめ
  アルツハイマー病
    1.アルツハイマー病の概要
    2.高齢初発てんかん
    3.アルツハイマー病とてんかん
    4.アルツハイマー病の病態生理とてんかん発作
    5.まとめ

第6章 てんかん特異的精神症候群
 A.発作間欠期不快気分症
  Kraepelinの周期性不機嫌症,てんかん性人格変化
  Blumerの発作間欠期不快気分障害
  Mulaらの発作間欠期不快気分障害と発作後不快気分症状
  不快気分の精神病理学史
  不快気分の鑑別手順
  てんかんに関連する精神症状との鑑別点
    1.発作時精神症状
    2.発作前・発作後精神症状
    3.発作間欠期精神症状
  一般的な精神障害との鑑別点
    1.月経前不快気分障害
    2.間欠性爆発性障害
  治療
  まとめ
 B.発作後精神病
  症例
  歴史的経緯
  臨床症状
  発症要因と発症機序
  治療
  まとめ
 C.発作間欠期精神病
  症例
  歴史的経緯
  臨床症候と発症関連要因
    1.臨床症候
    2.発症関連要因
    3.統合失調症とてんかん発作
  発症機序
  治療と予後
    1.治療
    2.予後
  まとめ
 D.術後精神病
  症例
  歴史的経緯
  臨床症状,発症要因と機序
  治療と予後
    参考:精神病既往例とてんかん外科治療
  まとめ
 E.Geschwind症候群
  症例
  歴史的経緯
  臨床症状,発症要因と機序
  治療
  まとめ

略語一覧
索引

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精神科医以外も読むべき「精神科医の教科書」
書評者: 中里 信和 (東北大大学院教授・てんかん学)
 てんかんの有病率は約1%であり,医療関係者のみならず一般社会の誰もが知る病名である。しかし,一般社会のみならず医療関係者の多くが,これほど誤解し偏見を持つ疾患も少ないのではなかろうか。ありふれた疾患に誤解と偏見に満ちた医療が施されたのでは,患者や家族はもちろん,医療費を支える国民全体にとっても大きな損失である。

 本書は精神科医のために企画された「精神科臨床エキスパート」シリーズの一つである。「精神科医のための教科書」という位置付けなのだが,てんかんを取り上げたという点に驚いた。日本においては,てんかんは精神科医によって診療されていた時代があった。その後てんかんは神経疾患に分類されるようになり,精神科医の「てんかん離れ」が進んだ。それなのに,あえて「精神科医がもつべきてんかん診療技術のminimum requirementの提供を目指す」という方針は称賛に値する。

 私の友人でもある「てんかんに詳しい精神科医」たちは,皆,自らを「絶滅危惧種」と呼ぶ。本書はその中でも比較的若手の,いわば「超」絶滅危惧医たちによって執筆されている。各章を読み進めていくうちに,一つ一つの文章の中に「てんかんに詳しい精神科医」たちの強い思いが読み取れた。この教科書は,精神科医だけに読ませるのではもったいない。むしろ,てんかん診療に携わる精神科以外の医師にも読んでもらいたい教科書だと思う。

 第1章と第2章は,てんかん発作の症候学と鑑別すべき疾患について書かれている。精神科医の手による教科書であるから,てんかんと鑑別すべき精神疾患や,てんかん性精神病については,特に詳しくまた整理されている。

 第3章は脳波の項であるが,ルーチン記録法の限界についても触れられており,必要に応じて「ビデオ脳波同時記録(による長時間モニタリング検査)」を依頼すべき,との記述は「わが意を得たり」と感じた。

 第4章の薬物治療の章では,外科治療についても大きく取り上げられていて,従来の精神科の教科書としては異例であり歓迎したい。

 最後の第5章と第6章は,てんかんの精神症状について書かれていて,本書の中でもクライマックスといえる部分である。この部分は,精神科以外のてんかん診療医にぜひとも読んでもらいたい。てんかん性精神病を扱った教科書は古くから数多く存在しているが,本書のそれは一言でいうとモダンである。脳磁図などの最新診断機器の知見が紹介されていることもあるが,精神疾患の概念の変遷にも触れつつ,てんかん性精神病の最新の考え方についての理路整然とした記述が,読んでいてなんとも爽やかなのである。

 この本を読み終え,「絶滅危惧種」が再び繁栄することを,心から願う。
精神科におけるてんかんのルネッサンスを思わせる本
書評者: 兼本 浩祐 (愛知医大教授・精神科学)
 一読して精神科におけるてんかんのルネッサンスを思わせる本だという感想を抱いた。わが国では少なくともつい十年前,世紀の変わり目の前までは精神科医が成人てんかんの診療の主体を担っていて,1990年代半ばにリューダース(Hans Lüders)を招いて行われた神経内科の学会でのシンポジウムでは,200~300人規模の会場にわずか十数人の聴衆しか集まらず,しかもその聴衆のほとんどが精神科経験者であったことが隔世の感をもって思い起こされる。今や精神科医でてんかんを専門とする医師の数は減少の一途にあり,最近は講演会に呼ばれるたびごとに自嘲の意味も込めて絶滅危惧種と前ふりをしてから話すことも多かった。

 しかし,てんかんで精神症状を併発する人は3割にのぼるともいわれ,今や国際抗てんかん連盟の執行部会議でもいかにして精神科医をてんかん診療に参加させるかということが話題にのぼるほどである。ある意味でわが国は,てんかんの精神科的側面の診療に関しては先進国であったのであり,本書のレベルの高さを見てもそれは十分納得できる。

 本書の著者には,精神科でのてんかん診療の火を守り続けてきた「てんかんの精神症状と行動」研究会のメンバーも目立つが,わが国での精神科におけるてんかん研究を世界に向けて発信している著名な研究者とともに,新たにてんかんにおける精神科的側面というマイノリティとなった分野に果敢に参入してきた若手の精神科医も目に付く。

 今や精神科は,co-morbidityという言葉を錦の御旗として診断の保留が大手を振って通用する特異な診療科となっている側面がある。可能であれば,一つの統一的な原因から現在の病態像を説明することをわれわれは研修医のときに教えられるが,例えば一つの病態には社会的な水準と心理的水準,脳的水準などさまざまな水準があって,できるだけ多くの水準にまたがって記載すればするほどより記載は完璧に近づく,といった考えは,現在精神科における大きな潮流であろう。確かにそれはそれで大事なことではある。だが,だからといって原因の追究へのこだわりを今,ここでの診断に関わることではなくて百年後の課題と割り切ってしまってよいのかどうか。てんかんという病態に関わることは,こうしたあれもこれも大事ではなく,てんかんかそうではないのかの二者択一を迫るという意味で,精神科医の襟を正すところはあろう。

 最後に,本書を通読して印象に残った言葉として,「脳波判読は度胸」という文言を挙げておきたい。この言葉は,大事なことをまずは大づかみにつかんで,とりあえず今ここで使用可能な治療資源を利用して治療に役立てるという精神科医ならではの姿勢をよく表している象徴的な言葉だと思われるからである。廃れ行く伝統芸能を見守る係を密かに自認していたが,意外にも素晴らしい若手のこの分野への参入が昨今目立っており,本書はまさにそれを象徴する一冊であるといえるのではないか。

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